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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十六.これが、わたしたちの未来です!
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8.未来に向けて。

 

 

 

『ありがとう』


 黒陽はそう述べて、九十九たちの前に歩み出た。

 だが、シロは目を伏せて膝を折る。黒陽と目線をあわせて、頭に手を伸ばした。


「礼を言われる謂れはない……儂は、お前を」


 シロの過ちによって、黒陽は命を絶たれている。四国に住む多くの狐たちも、同様に犠牲となった。

 月子の命を救って摂理を曲げた代償は、命でしか贖えない。選択したとき、シロはその意味を知らなかっただろう。あんなことになると知っていれば、別の選択をしたかもしれない。

 だが、選択は変えられない。命は戻らない。ここにいる黒陽も、かつて失われた片割れとは別の存在だ。

 それでも、シロは謝罪したかったのだろう。

 シロの表情に悲壮感はない。むしろ、穏やかな面持ちであるように、九十九には思えた。

 ずっと言えなかった謝罪ができて、シロの心も救われたようだ。


『いいえ。私は感謝してる』


 黒陽は首をふって目を閉じた。


『再び生まれてこられて、嬉しい。九十九と白夜、どちらが欠けていても、私はこの世に存在し得なかった』


 黒陽はふたりに頭を垂れる。

 シロがいなければ存在できず、九十九がいなければ分離できなかった。なにかをしたという自覚はなかったけれど、積み重なった奇跡のようで、黒陽を見ているだけで安宅かくなれる。


『だから、私が白夜の代わりになる』

「代わり……?」


 申し出の意味がわからず、九十九が聞き返してしまう。


『白夜の代わりに、結界の役を担うよ』


 けれども、シロが首を横にふった。

 黒陽はシロの代わりに結界の檻となろうと言うのだ。そうすれば、シロが役目を離れても、結界は維持される。

 湯築屋がなくならずに済む。


「それは、ならぬ。これは、儂の――」

『あなたは、もう充分罰を受けた』


 黒陽はシロの身体に前脚を置いた。そして、その頬を優しく舐める。

 まるで、赦しを与えるかのように。

 シロはずっと、自らを許してこなかった。

 許せずに、辛くて、苦しくて……永い刻の中で、後悔ばかりしていた。


「儂は……」


 シロの頬に、一筋の涙が流れる。

 九十九はシロの涙を初めて見た。しかし、悲しみではなく、黒陽に許された救いの涙なのだと理解できた。


「シロ様」


 九十九はシロの頬にハンカチを当てて、涙を拭う。シロはその手を包むようににぎって、九十九を自分のほうへ引き寄せた。


「情けないところを見せた」


 いまさら、なにを格好つけているのだろう。九十九は急におかしくなって、笑みを浮かべた。


「シロ様が残念で情けないのは、まあまあいつものことですけど」

「なんと」


 シロは不服を口にするが、顔は冗談っぽく笑っていた。

 空気が和み、気が抜けてくる。


「湯築九十九」


 宇迦之御魂神は、改めて九十九を呼ぶ。お客様から、そんな風に名前を呼ばれたことがないので、なんだかむず痒い。


「白夜をおねがい」


 九十九の力で、シロを結界から引き離せということだ。シロの代わりには、黒陽が就く。


「でも、わたし……今、神気がそんなに……」


 ここへ来るまでに、ずいぶんと消耗してしまった。お袖さんの変化術が影響しているのだろう。もう立っているのでやっとであった。

 だが、宇迦之御魂神は腰に手を当て、手草を向けてくる。


「目の前の夫から、ちょっと分けてもらいなさいな」


 急に大雑把なことを言いはじめるので、九十九は困惑した。

 これからシロは結界から離れるのだ。神気を分けてもらって、大丈夫だろうか。


「でも、シロ様からいただくのは……」

「なるほど、そうしよう」


 尻込みする九十九など置いて、シロまで納得してしまった。こうなってしまうと、誰も反対できない。


「九十九」


 シロは九十九の頬に手を当てる。長くて綺麗な指で急に触られると、身体がビクリと強張ってしまう。

 指先が顎へと移動して、九十九の視線が持ちあげられる。

 シロとの距離が縮まって、息づかいまで聞こえてきた。


「え? シロ様?」


 今の話の流れで、どうしてこの距離になるのだろう。これは、間違いなくアレの流れ。宇迦之御魂神たちも見ているのに?

 九十九は戸惑ったが、シロは意に介していない。宇迦之御魂神も、にこにこと成りゆきを見守っている。

 ええい、どうにでもなれ。

 九十九は目を閉じた。

 その瞬間に、シロとの距離がゼロになる。

 やわらかな唇を通じて、温かな神気が身体に流れ込んできた。心臓の脈打つ音にあわせて、力が身体を巡っていく感覚。

 九十九は白い肌守りをにぎりしめる。

 薄くまぶたを開けると、辺りが真っ白な光で包まれていた。しばらくもしないうちに、景色が塗りつぶされて更新されていく――。

  

 

 

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