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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十六.これが、わたしたちの未来です!
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6.答えは、もうここにある。

 

 

 

 夕方近くなると、道後温泉街の色合いは変わる。

 昼間は明るく人の多い観光地だ。けれども、暗くなってくるとガス灯を模した街灯に、やわらかな明かりがつく。飛鳥乃湯泉や、放生園のカラクリ時計、道後公園のオブジェがライトアップされ、別の趣が漂いはじめていた。

 人が減る代わりに、各宿泊施設の浴衣を身にまとった客たちが出歩くのも情緒がある。

 九十九は道後温泉本館の屋根に止まった。

 本館は、改修工事中だ。古くなった屋根瓦は、新しいものへ取り替えられている。しかし、古い瓦も使えるものは残されていた。緑青ろくしょうを帯びていた銅板も一新され、赤い色がキラキラと夕陽に輝いている。

 改修前とは印象が変わる部分も大いにあるだろう。保存工事とはいえ、新しい部分はやっぱり目立つ。古めかしい本館のイメージを惜しむ声も、たしかにある。

 けれども、また歴史と共に歩むものだ。歳月を経て、別の顔を見せてくれるのだと思うと、今から楽しみでもある。

 本館の屋根から、九十九は辺りを見回した。貧乏神から言われて来たけれど、黒陽は現れるのだろうか。


「あ!」


 しかし、杞憂だった。

 屋根に止まっている九十九を、黒い狐が見あげている。まるで、こっちへ来いと言っているかのようだ。

 九十九は素早く飛び立ち、黒陽の前におりる。


「黒陽」


 九十九は黒陽を呼びながら、アスファルトに着地した。

 黒陽はすぐに逃げず、九十九と見つめあっている。


「あなたは、本当に黒陽なんですか?」

『…………』


 黒陽は、ここにいるはずがない。最初は夢に出てきたので、九十九が創り出したものだと思っていた。だが、今現実に黒陽は存在している。スマホにも影が写っていた。

 この現象は、どう説明されるのだろう。九十九はそれが知りたい。


「生きていたんですか?」

『…………』


 黒陽は黙したまま、九十九の問いを聞いていた。

 逃げもせず、答えもしない。

 けれども、やがて九十九に尻尾を向けた。


『捕まえて』


 黒陽はそれだけを言って、九十九の前から去った。

 九十九は追いかけようと羽を広げる。けれども、急に身体が重くなる感覚があった。

 身体の周りから、白い煙が立ち込めはじめる。ハラリと頭から落ちたのは、お袖さんがのせてくれた葉っぱだ。翼は両手に変わり、九十九は人間の姿へと戻ってしまった。

 お袖さんが施した変化の術が解けたのだ。

 人間の姿で地面を歩くと、また感覚が違う。さっきまで、鳥だったせいで足がもつれて転びそうになった。

 九十九はよろめきながら、細い坂道をのぼっていく。道後温泉本館の裏手から、上人坂へと延びていく道だ。


「待って……!」


 九十九は黒陽に呼びかけるけれども、待ってはくれない。本当に捕まえるまで、会話することすらできないようだ。

 しかし、今のままではイタチごっこである。


「大丈夫かしら?」


 よろよろと歩く九十九の姿が目に留まったようだ。

 坂の途中に位置する圓満寺から、火除け地蔵が出てきた。

 火除け地蔵は、仏堂に鎮座する大きなお地蔵様だ。湯の大地蔵尊とも呼ばれ、奈良時代の僧侶・行基が彫ったとされる。

 古くから火除けの地蔵と親しまれており、その名が転じて浮気防止や夫婦円満の御利益が信じられている。

 見目は麗しい淑女のようだが、背丈が高く肩幅も張っていて、声も太い。性別の概念がないお地蔵様らしい見目、というよりは、女装した男性という風貌であった。


「火除け地蔵様……」

「顔色がとっても悪いわ。少し休んでいきなさい」


 そんなに顔色がよくないのだろうか。火除け地蔵は、心配そうに九十九の身体を支えた。


「いえ、平気です」


 九十九は火除け地蔵の手を振り解いて、坂のうえを見据えた。

 だが、やはり足がもつれて、上手く歩けない。呆気なく、火除け地蔵のたくましい腕に倒れ込んでしまった。


「宿に連絡して迎えにきてもらいましょ」

「でも、今追わないと……」


 見失えば、また一からやりなおしだ。

 だが、火除け地蔵は九十九を行かせようとはしなかった。


「無理をしなくちゃいけないことなの?」


 そこには、本当に九十九を案じる表情が浮かんでいた。そして、無理をしようとしている九十九を叱っている色も見てとれる。


「今のまま追いかけても、絶対に捕まらないわよ」


 火除け地蔵は、そう言って九十九の肩を強く押さえつける。


「え……火除け地蔵様、知っているんですか……?」


 言い回しが引っかかって、九十九はつい聞き返した。九十九は火除け地蔵に、まだ事情を話していない。


「実はね。さっき、燈火ちゃんから連絡もらって」


 火除け地蔵は、スマホを見せながらウインクした。どうやら、いつの間にか燈火と連絡先を交換していたらしい。最近は、神様もスマホを持っているケースが増えた。そして、圓満寺はフォトジェニックなスポットで女性に人気が高く、燈火もお気に入りだ。

 燈火は、協力できるところへは、みんな連絡してくれたようだ。本来なら、九十九がやらなければいけないのに……今日はそこに思い至ることができなかった。燈火の成長に、九十九は舌を巻く。


「絶対に捕まらないって……?」

「そのままの意味よ。今のあなたには、むずかしいわ」


 九十九の問いに、火除け地蔵は当然のように答える。肩にかかった長い髪を振り払い、九十九を真正面から視線で射貫く。


「だって、あなたのねがいが決まっていないもの。ねがいのない者に、光はつかめない」


 九十九は口を半開きにしてしまった。

 黒陽を追いかけることばかり考えていたが、ここで最初の問題に立ち返る。

 九十九は、なにをねがえばいいのだろう。


「追っても捕まらないのは、あなたにねがいがないから。あなたの望みは、なに?」

「わたしの……」


 わたしの、望み。

 九十九の頭は空っぽだった。ねがいを考えなければいけないのに、すぐにはなにも浮かんでこない。

 しかし、しばらく頭を空っぽにしていると、沸々と胸の奥から湧き出る感情があった。その感情に名前をつけることができなくて、九十九は口をぱくぱくと、開けたり閉じたりしてしまう。

 そんな九十九を、火除け地蔵は優しげに仏堂へ導く。大きな木造のお地蔵様が見守る前に、九十九を座らせた。


「落ちついて。あなたは、たぶんわかっているから」


 火除け地蔵は、九十九の肩をなでながら優しく言い聞かせる。そんなことを言われたって、九十九には答えがわからない。黒陽も、遠くへ逃げてしまったかもしれない。

 途方に暮れて視線をあげると、鮮やかな色が目に入った。

 圓満寺の名物として、仏堂の入り口に吊してある色とりどりのお結び玉だ。恋のねがいを書いて結んでおくと、成就するというものだった。玉飾りは、道後温泉のシンボル「湯の玉」をイメージしている。

 数々のねがいが結ばれ、鮮やかなカーテンのようになっていた。写真映えするスポットとして、若い女性に人気がある。九十九はこの場所を、燈火にも案内したことがあった。

 九十九は無心で立ちあがり、一歩一歩、お結び玉に向かって歩く。

 たしか……。

 圓満寺には、多くの観光客が訪れる。次から次へと増えるお結び玉は、数え切れないだろう。

 しかし、その中から、九十九は黄色のお結び玉を手で分けて探した。一つひとつ、ねがいを確認していく。


「あ……」


 しばらくすると、見覚えのある字を見つけ出す。


 シロ様と幸せになれますように。


 九十九が結んだ玉だ。

 油性ペンで、「シロ様が幸せになれますように」と書いたあと、一字書きなおした。そのあとも、ずっと胸に刻んでいたはずの言葉でもある。

 見つけた瞬間、九十九は膝から崩れるように、その場に座り込んでしまう。身体から力が抜けて、立ちあがる気力が起きない。

 九十九のねがいは、決まっていたはずだ。

 シロと一緒に幸せになりたい。

 どちらか一方ではなく、お互いが笑っていられる未来を望んでいる。

 改めて自覚した途端、天之御中主神の選択が目の前に立ちはだかった。

 シロを檻の役目から解放し、九十九と同じ時を過ごすか。

 だが、その選択をすれば湯築屋の結界は維持されない。永い歴史を持つ湯築屋を、九十九の決断で終わらせなければならなかった。

 シロの自由か、湯築屋か。

 選ぶのは、シロだ。

 けれども……。

 九十九は――シロと一緒にいたい。

 同じときを過ごし、同じ景色を見て、同じ場所で笑っていたかった。

 でも、そんなのワガママだ。九十九の身勝手で湯築屋を潰したくはない。

 今日だって、お袖さんや貧乏神、火除け地蔵にお世話になった。儀式にだって、たくさんの神様が来てくれた。

 こんなに神様から助けられているのに、湯築屋を失わせるわけにはいかない。

 シロがどんな未来を選んでも、九十九は受け入れるつもりでいる。だけど、そこにシロや九十九の幸せがあるのだろうか。

 なにかを得るためには、犠牲が必要だ。きっと、そう。

 しかし、それは……九十九の望みではない。

 

 

 

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