表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十六.これが、わたしたちの未来です!
283/288

5.福の神ダヨ。

 

 

 

 空から見おろす松山の街は、いつもと違っていた。

 鳥の視界は人間と異なって特殊だけれど、不思議とすぐに慣れる。九十九は両腕、いや、翼を広げて悠々と空を旋回した。

 いよてつ髙島屋の屋上にある観覧車くるりんが、小さく感じる。西洋風のお城が建つ松山総合公園から、スポーツ競技場の並ぶ松山中央公園まで、広い範囲が見渡せた。九十九の通う大学や、道後の界隈は思いのほか狭くてびっくりしてしまう。

 九十九が見ているのと、違う世界。

 シロが使い魔から見ているのは、こういう景色なのだろうか。

 しかし、感心するばかりではいられない。九十九は翼を傾けて、松山城へとおりていく。

 松山城は加藤嘉明によって建てられた城である。日本に十二基しか少ない現存天守の一つだ。ちなみに、愛媛県では宇和島城も現存天守に数えられている。

 九十九は天守閣の瓦に舞い降り、羽を休めた。

 お袖さんのおかげで、ずいぶんとショートカットできた。

 目を凝らして、黒陽の姿を探す。


「いた!」


 九十九は思わず声を出す。もちろん、鳩なので「クルッ」と鳴き声に変換された。いちいち、調子が狂う。

 本丸広場を横切るように、黒い狐が走っている。

 九十九は黒陽めがけて、白い翼を動かした。風を切る感覚が気持ちよく、あっという間に天守から広場へと到達する。

 鳩の姿で、九十九は黒陽の前に降り立った。というより、人間に戻る方法がよくわからない。


「黒陽……!」


 九十九は黒陽に呼びかけた。九十九の言葉がわかっているのか、黒陽は耳をピクリと動かして、こちらを見据える。

 小さな足で、ちょんちょんと九十九は黒陽との距離を詰めた。


『まだ、捕まえられない』

「え?」


 黒陽は素早く身を翻し、九十九の前から逃げ去った。九十九は慌てて羽ばたくけれど、なぜか追いつくことができない。黒陽が逃げるスピードがあがっているのだ。

 どうして。

 これでは、とても捕まえるなんて無理だ。

 九十九はいったんあきらめて、甘味処の屋根に止まった。鳩の姿は便利なものの、思うように体力が続かない。休み休み飛ばなければ、すぐ動けなくなりそうだった。


「誰かと思えば……若女将チャン?」


 鳩の姿で声をかけられると思わず、九十九は反応が遅れてしまう。鳥らしく首を傾げると、こちらに手をふる者がいる。

 素肌にボロボロの革ジャンを羽織る青年。前髪を留めるシュシュの色は変わっているものの、清潔感のなさはあいかわらずだ。セロハンテープで補修したサングラスがキラリと太陽に反射する。

 貧乏神だった。読んで字のごとく、憑いた人間や家を没落させる神様だ。一般的には縁起がよくない神様とされている。

 以前、湯築屋にも宿泊しており、顔なじみだ。


「貧乏神様、どうされたんですか?」


 九十九は貧乏神の肩に降り立つ。


「どうしたってのは、こっちのセリフだヨ」


 それもそうだ。九十九はこんな姿で、鳩語をしゃべっている。これまでの経緯を、簡単に説明した。


「黒い狐なんて見てねぇな。俺は甘いもの食べた気分に、なりに来ただけ」


 貧乏神は空っぽの財布を引っくり返しながら、甘味処を指さした。甘いものを見ていたら、余計に食べたくなるだけではないのか……しかし、細かいところは指摘しないでおいた。


「若女将チャンは、その狐を探してるんだ?」

「はい……」


 九十九が困っていると、貧乏神は指先で頭をなでてくれた。


「それで。君はその狐に、なにをおねがいするつもりなんだい?」

「え」


 問いに、九十九はすぐに答えられなかった。居心地悪く羽を動かして、顔を背けてしまう。そうするつもりはないのだが、鳩の身体が感情にあわせて、そう動くのだ。


「君のねがいは、なに?」


 九十九のねがい……。

 黒陽を探しながら、考えないようにしていた。


「わたしは……黒陽が、どうしてこんなことをするのか知りたくて。ただ、話してみたいだけなんです」


 追う理由はあるけれど、ねがいはとくにない。


「ふうん」


 九十九の話を聞いて、貧乏神は無精髭の生えた顎をなでた。

 貧乏神は、九十九に自らの指を差し出す。のれという意味だろうか。九十九は小さな足で、ちょこんと飛び移る。


「たぶんだけどさ。その狐は、君の福の神ダヨ」


 軽薄な口調だが、言葉には真摯さが含まれている気がした。


「捕まえたほうがいいと思う。でも、今は捕まらない気がするなー」


 今は捕まらない……たしかに、この姿でも、九十九は黒陽に追いつけなかった。あんなにすばしっこく逃げられたら、手も足も出ない。


「道後のほう、行ってみ」

「え?」


 なにか根拠があるのだろうか。しかし、貧乏神は多くを説明せずに、九十九に道後の方角を示した。

 まっすぐ飛べば、九十九が住む道後の街だ。


「でも、貧乏神様」

「いいからサ」


 戸惑う九十九の身体を、貧乏神は宙に向けて放り出す。九十九はされるがままに、空に向かって羽ばたいた。

 地面がどんどん遠くなっていく。貧乏神は、ニカッと笑いながら九十九に手をふっていた。

 どうしよう。

 本当に、このまま道後に行っていいのだろうか。貧乏神は、黒陽を見ていないと言った。けれども、道後に行けと助言している。

 なぜ、彼がそんなことを言うのか、九十九にはわからない。

 しかし……貧乏神は九十九を騙したり、陥れたりする神様ではない。

 九十九は再び、翼を動かした。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ