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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十六.これが、わたしたちの未来です!
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4.がんばりたまえ!

 

 

 

『九十九ちゃん、たぶん見つけたよ! 市役所のところ。写真送っておくね!』


 小夜子からの電話を受けて、九十九は走る方向を変えた。メッセージアプリに添付された写真には、くっきりと黒い影が写っている。

 九十九の大学から市役所は、自転車ならすぐの距離だが、徒歩なら電車のほうが速い。ちょうど、駅に路面電車が停車していたので、九十九は勢いでのり込んだ。

 いつもながら、のんびりとした松山の景色が車窓を流れる。だが、今の急いた気持ちだと、それが冗長にも感じてしまった。無理だとわかっていても、早く目的地に着きたくて焦りを掻き立てられる。

 松山市役所前駅で降車し、九十九は辺りを見回した。小夜子から連絡が入って十分も経っていないが、それでも遅れている。黒陽の足だと、もうどこか遠くへ行っているかもしれない。


「やあ。誰かと思えば、君はこの間の花嫁さんじゃないか」


 芝居がかった口調で話しかけられて、九十九は反射的にふり返った。

 すぐうしろから、女性が歩いてきている。裾がフレアに広がった黒いコートに、ふわふわの襟ファーを巻いているのがお洒落だ。あまり身体のラインが出ない服装なのに、手足がモデルみたいに細いのがわかる。アシンメトリーなボブカットを揺らして、親密な笑みを向けていた。


「お袖さん!」


 八股榎大明神に祀られる狸、お袖さんだ。いつもながら、気さくに笑いながら近づいてきた。


「どうした、どうした。そんなに慌てて……いや、ちょっと待っておくれ。今、私がクリエイティブに想像してみせようじゃないか」

「実は、黒い狐を探しているんです! 見かけませんでしたか!」


 お袖さんは人間観察をライフワークにしている。毎回、想像の話を聞くのは楽しいが、今はちゃんと聞いている余裕がなかった。

 九十九の問いに、お袖さんは得意げに顎をなでる。


「ははん。なるほど、なるほど……それならね、さっき見たよ」

「本当ですか?」

「ああ」


 お袖さんはピンと伸びた指先で、遠くを示した。


「城山をのぼっていくところだったよ」


 聳え立つ勝山の頂上に見える天守を示し、お袖さんは胸を張った。松山のシンボルとも言える現存天守、松山城だ。

 せっかく市役所まで来たのに、今度は松山城……九十九は膝から崩れそうになった。松山城へのぼるなら、来た道を戻ってロープウェーにのったほうがいい。ここまで来たのがくたびれ損となってしまう。

 もちろん、市役所側からものぼれる。が、その場合は、徒歩で長い階段を踏破しなければならないのだ。

 やるしか……ない、よね?

 九十九は弱気になりそうになったが、パチンと顔を叩いて気合いを入れた。


「んんんッ」


 気合いを入れなおす九十九の隣で、急にお袖さんが咳き込んだ。彼女はなにか言いたげに、額に手を当て大袈裟なポーズをとっていた。どことなく、わざとらしくて、九十九は眉根を寄せる。


「お袖さん、ありがとうございます」


 そういえば、お礼を言っていなかった。九十九はていねいに頭をさげて、歩き去ろうとする。


「おいおい、待て待て」


 けれども、なぜかお袖さんから待ったの声がかかった。九十九は不思議に思いながらふり返り、首を傾げる。


「目の前に、都合のいい女がいるだろうに」

「つ、都合のいい女……?」


 要領を得ない返事をすると、お袖さんはため息をついた。

 そして、自らの胸元に手を置く。


「なぜ、君は頼ろうとしないんだ。私だって、神の端くれだよ。求められれば、ねがいを聞いてやらないこともない」


 まったく想定していなかった申し出に、九十九はポカンと口を開けた。


「君には、タダで宿に泊めてもらった恩があるからね」

「でも、あれは……」


 九十九の神気が制御できなかったころ、お袖さんには迷惑をかけた。お袖さんが「同居人」と呼んで大切にしていた堕神を消滅させ、挙げ句、彼女の神気の一部を奪ってしまったのだ。湯築屋での湯治は、そのお詫びだ。九十九に返してもらう恩なんてない。


「神は依怙贔屓するんだよ。お気に入りの人間には、力を貸したくなる」


 しかし、お袖さんは九十九の力になりたいと言ってくれる。それが単純に嬉しくて、胸の奥から温かさがこみあげてきた。


「お袖さん……おねがいします!」


 九十九は改めて、お袖さんに頭をさげた。

 お袖さんは得意げに笑って、胸を叩く。


「承知したよ。では、気をつけて」


 お袖さんは、九十九の頭を優しくなでてくれる。

 いや、ただなでているだけではない。と、九十九の頭のうえに、葉っぱがのせられた段階で気づいた。


「そーら、行きたまえ! ぽんっ!」

「え?」


 お袖さんが宣言した途端に、九十九の身体から煙があがる。もくもくと白い煙が九十九の視界を奪っていった。

 なにが起きているの? 把握する前に、耳元でバサバサッと羽音が聞こえる。鳥が近くに降り立った……違う!


「えええええええ!?」


 思わず声をあげてしまった。

 九十九の身体は、人間ではなくなっていた。腕は羽に、足は短く細く、身体中に羽毛が……九十九は、白鳩の姿になっている。もちろん、発した言葉は「クルックー!」と鳩語らしき鳴き声に変換されていた。

 お袖さんは、九十九に化け術を施したようだ。化けるのが得意な将崇ですら、他人に術はかけられない。さすがは、神様となった化け狸である。

 空を飛んだことなんてない。でも、なぜか飛び方はわかる。九十九は精一杯、翼をはためかせた。


「がんばるんだよー!」


 お袖さんの声援を背に、九十九は風を切る。

 

 

 


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