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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十六.これが、わたしたちの未来です!
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3.黒陽を追って。

 

 

 

 外へ出ると、乾いた風が頬をなでる。冷たいけれど、空は晴れていて気持ちのいい天気であった。

 もうすぐ試験期間だ。高校までのテストとは勝手が違って戸惑うばかりだが、前期の試験で要領はつかめてきた。後期はレポート課題も多いので、コツコツとこなさなければ、授業の単位を落とす。


「あれ」


 キャンパス内を歩いていると、視界の端を黒い影が横切る。

 最初は野良犬かと思った。けれども、すぐに違うと悟る。


「黒陽……!」


 大学のキャンパスに現れたのは、黒い狐であった。

 九十九が名を呼ぶと、黒陽はこちらに向かって歩いてくる。


「どしたん、ゆず?」

「九十九さん?」


 一緒にいた京と燈火が心配そうにする。二人には、黒陽の姿は見えていないようだ。

 九十九は、どう説明しようかと迷う。


「えっと……」


 戸惑っている間に、黒陽は九十九の前へと近づいた。

 ずっと逃げていくばかりだったので、真正面から目があってドキリとする。

 シロ様と、同じ瞳の色……。


『叶えてあげる』

「え?」


 清らかに澄んだ大人の女性の声がする。口は動いておらず、頭の中に直接語りかけてくるようだった。

 黒陽に話しかけられるのが初めてで、九十九は言葉に詰まってしまう。


『私を捕まえて』


 捕まえる?

 九十九が疑問に思っていると、黒陽はわずかに目を細めた。笑っているみたいに、優しく穏やかな表情だ。


『私を捕まえれば、あなたのねがいを叶えてあげる』


 黒陽はそれだけ言って、九十九に背を向けた。


「ああ! ちょっと待って……!」


 九十九は声をあげるが、黒陽は構わず走り去ってしまう。

 どうしよう。

 とっさに、京と燈火をふり返った。二人とも、なにが起こったのかわからず、ポカンと九十九を見ている。

 黒陽について説明するのは時間がかかるし、シロの秘密に触れてしまう。けれども、早く行かなければ、黒陽に逃げられる。


「ゆづ、うちらなにしたらええん?」

「九十九さんの妖怪退治、また見られるの!?」


 困惑している九十九に、二人が詰め寄った。どうやら、急いでいるのだけは伝わったらしい。妖怪退治はしないけど。


「二人とも」


 細かい説明はいいから、先に動け。京はそう言いたげに、九十九の肩を押した。

 九十九はとりあえず、走り出す。


「黒い狐を追わなきゃいけないの!」


 京と燈火も、九十九のあとについて走った。


「それ、ゆづには見えとるん?」

「うん!」


 黒陽は長い尻尾をふりながら、キャンパスの外へと駆けていった。九十九も追って、キャンパスから道路へ出る。

 少しうしろから、スマホのシャッターを押す音が聞こえた。


「あ、ゆづ! うちにも見えた!」


 京が声をあげながら、今撮った写真を示した。

 少々ブレているが、大学の外の風景が写っている。その中に、ぼんやりとした黒い靄がかかっており……黒陽が走った位置と一致した。


「すごい、京」

「心霊番組でやっとったんよ。見えない幽霊が写るかもって」


 それはアレでは。心霊写真というやつでは。

 神様や妖と日常的に接しているのに、幽霊だけは苦手だ。九十九は顔を引きつらせたが、とにかく役に立ちそうなので、サラッと聞き流す。

 黒陽の足は速く、九十九たちはどんどん引き離されてしまった。もともと、動物と人間では身体能力が違う。


「はあ……はあ……」


 そのうち、黒陽の姿を見失う。

 週一回、体育の授業はあるものの、九十九たちは運動部ではない。体力にも限界があり、三人の足は止まってしまった。


「ど、どうしよう……探さなきゃ」


 九十九は白い肌守りをとり出す。大山祇神の試練を乗り越えたときのように、黒陽の神気を追えないだろうか。

 念じると、以前よりも素早く結晶が作れた。それを透明な羽根に変えて、九十九は宙にかざしてみる。

 けれども……羽根はなにも反応しなかった。いや、正確には方向を示すのだが、くるくると回って落ちてしまう。

 まだ九十九は神気を自由自在には操れない。動きが素早い黒陽に、羽根がついていけていないのだ。

 これでは、探せない。

 スマホのカメラに写るとはいえ、どこへ行ったかわからない黒陽を探すのは骨が折れる。闇雲に探すにも、人数が必要だった。


「も、も、もしもし……!」


 しかし、最初に動いたのは燈火だった。

 素早くスマホで、どこかに電話をかけている。


「朝倉さん、で、ですかッ!」


 燈火が電話しているのは、小夜子のようだ。要領を得ない口調で、燈火は小夜子に経緯を説明して、応援要請をしていた。

 小夜子はこの近くにある看護師の専門学校に通っている。たしかに、協力してくれるとありがたい。

 燈火は人見知りで口下手なところがある。違う学校に通っている小夜子に、積極的に連絡をとるのが九十九には意外だった。

 知らないところで、友達になれていたようだ。それが嬉しくて、頼もしくもあった。


「うちも、刑部に連絡すらい」


 京も、スマホのメッセージアプリを起動させていた。

 九十九のために、二人とも協力してくれる……考えるだけで、元気が出る。


「手分けしたほうがいいと思う。うちは、あっち行くけん……ゆづと種田は、向こうをおねがい!」


 京はスマホを片手に走っていく。

 燈火もうなずいて、反対方向へと向かった。

 九十九だけ立ち止まるわけにはいかない。


「わたしの、ねがい……」


 突発的に黒陽を追いかけているが、そこだけが九十九の胸に引っかかる。

 九十九は黒陽に、なにをねがえばいいのだろう。

 天之御中主神の選択ばかりを考えていて、自分のねがいなんて頭になかった。

 黒陽が捕まれば、答えが見つかるだろうか。

 夢に出てくるようになった謎もあるし、とにかく、今は黒陽と話したい。

 九十九は軽いとは言えぬ足を、足を前に踏み出した。

 

 

 

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