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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十六.これが、わたしたちの未来です!
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2.それぞれの価値観。

 

 

 

 便箋に文字を詰め込んで、九十九は一息ついた。

 手紙なんて慣れていないので、骨の折れる作業だ。しかし、今日はもう五通も書けた。一日三通の計画だったが、これはなかなかいい調子だろう。

 問題があるとすれば、書く内容がないということだった。

 だんだん、日記のような有様になってきているが、それでも足りない。正直、今書いた手紙の内容も、以前、シロに話したと思う。

 シロは神様なので、ずいぶんと前の出来事も、昨日のことのように思い出せる。だから、わざわざ思い出話を手紙に書く必要もない。

 これは……なにか手を打たないと、すぐに頓挫しそうだ。


「ゆづ、なんしよん?」


 考え込む九十九のうしろから、麻生京がひょこりとのぞき込んできた。京は大学では違う学科だが、昼休憩中に食堂で手紙と格闘する九十九を見つけて気になったのだろう。


「あー……手紙だよ」


 まさか、シロに遺すための終活をしているなんて言えるはずもない。九十九はあいまいに誤魔化しながら、手紙の束を片づけた。


「ふうん。なんか、思い詰めとったみたいやけど」


 九十九の態度が白々しかったのか、京は不機嫌そうに頬杖をついた。


「そんなに思い詰めてた? 文面むずかしくて、考え込んでただけだよ」

「何年、一緒におると思っとんよ。ゆづのことなら、わからい。今度は、なに隠しとん?」


 京は白状しろと言わんばかりに、テーブルをバシッと叩いた。


「お見通しかな……」

「ほうよ」


 京には神気を操る力はない。幼稚園からの幼馴染なのに、湯築屋のことも、ずっと話していなかった。しかし、友達なのに、ずっと隠しているのは気分がよくない。京も、九十九の家になにかあるのは薄々勘づいている状態だった。

 つい最近、湯築屋について明かしたばかりだ。もちろん、九十九とシロの関係も知っている。ただ、シロの過去や秘密については、九十九しか知らないことだ。内容には気をつける必要がある。


「シロ様への……手紙」

「どしたん? 喧嘩でもしたん?」

「そうじゃなくて。終活、的な?」

「しゅうかつぅ? 就活って、うちらまだ一年生やん。どこの企業受けたいん?」

「そうじゃなくて、わたしは……神様のシロ様よりも先に死んじゃうから……寂しくないように」

「はー……なるほど?」


 京は大袈裟に声をあげながら、額に手を当てた。当たり障りない程度に伝わったはずだ。オレンジに染まったベリィショートの髪を掻いて、九十九を睨みつける。


「それ、今必要? 余命宣告でもされたんか」

「う、ううん。将来に備えて、だよ」


 京は訝しげな視線で九十九を見ていたが、嘘ではないと伝わったようだ。大きなため息をつかれてしまった。


「そんなんしたって、寂しいに決まっとるやん。それより、めいいっぱいイチャイチャしておくほうが建設的やと思うけど」


 ごもっともなことを言われて、九十九は目をそらした。


「種田を見習えって」


 京は言いながら、遠くに向けて手をふりはじめる。九十九がふり返ると、昼食のトレーを持った燈火が、こちらに気づいて歩いてくるところだった。


「あ、麻生さんが、ボクに手をふるとか……珍しい」


 燈火は困惑しながらも、ちょっと嬉しそうに頬を赤くした。


「そんなに珍しい?」

「うん」

「まあ、学科違うけんね」


 燈火はうなずきながら、九十九の隣の席にトレーを置いた。カレーの匂いがこちらまで漂ってきて、空腹を刺激する。九十九も、幸一に作ってもらったお弁当をリュックからとり出した。


「種田。アレ、ゆづに話したん?」


 京に聞かれて、燈火は首を横にふった。


「今日……話すつもりだった……」


 燈火はカレーをスプーンですくいながら、うつむいてしまった。顔が赤くて、恥ずかしそうにしているのが伝わってくる。

 燈火の持っていたトートバッグからは、白い蛇のミイさんが頭をのぞかせていた。知らない人が見たら、ギョッとする光景だろう。


「あのね。ボク……ミイさんと、結婚することにしたんだ」


 燈火は微笑みながら、カレーを一口食べた。

 九十九も、何気なくお弁当のからあげを箸で持ちあげる。が、言葉の意味を呑み込んだ途端、箸からポロリとからあげが落ちた。


「え!?」


 九十九が目を剥くと、燈火は照れくさそうにはにかんだ。


「燈火ちゃん、しばらくミイさんの求婚は保留にするって話じゃ……」

「うん……だから、受けることにしたんだ」


 燈火はミイさんから結婚を申し込まれていた。しかし、神様との結婚には何らかの代償が伴うこともある。人間である燈火が安易に返事をすべきではないと思い、保留を勧めた経緯があった。


「燈火ちゃん、それ大丈夫なやつ……?」


 念のために聞くと、燈火はコクンとうなずいた。


「不死じゃないけど、不老にはなるらしいよ」

「それ、本当に大丈夫!?」


 九十九はもう一度聞いてしまった。

 不老不死、いや、不老って……それはもう、人間ではなくなるということだ。

 なのに、燈火はあっさりと決めてしまった。

 九十九は……永遠の命を拒んだ。

 シロと一緒にいられる未来を選ばず、人間としていきたいとねがった。その選択を間違えたとは思っていない。

 しかし、たしかにわずかだが、迷っていた。九十九もシロと同じ時間が過ごせたらいいのにと、天之御中主神の提案を魅力的に思えた瞬間があるのだ。

 結局は選ばなかったけれど……今、燈火を少しだけ「うらやましい」と感じてしまった。

 九十九にできない選択をした燈火がうらやましい。


「後悔しない?」


 問うと、燈火の唇が自然な弧を描く。普段、自信なさげにうつむくことが多い燈火が、こんなに穏やかな表情をするのは珍しい。

 本当に幸せそう。

 返事を待たずに、九十九は燈火の気持ちを悟った。


「後悔は……したくない。がんばるよ」


 言って、燈火はカレーを食べる。


「そっか……がんばってね」


 九十九も、お弁当のからあげをつまみあげた。

 素っ気ない会話になってしまったけれど、燈火なら大丈夫だと思ったのだ。向かい側の席で、京もニヤニヤと笑っている。


「二人とも、恋しとるなー……うちも、彼氏欲しいー……」


 京がうだうだと言いながら、テーブルに頬杖をつく。その間に、燈火はカレーを完食していた。


「京も、そのうちできるって。合コン行ってるんでしょ?」

「行っとるけど、全然駄目。松山の男は見る目ないわ」


 京は肩を竦めながら嘆息する。


「京の場合、高望みしてるような気もするけど」


 九十九が苦笑いすると、隣で燈火も水を飲みながらうなずく。


「ほうかなぁ? ねえ、ゆづ~。お客様に、いい人おらんの? 神様以外で」

「うちのお客様は、神様ばっかりだから……」

「ですよねー」


 落胆する京には悪いが、こればっかりは力になれそうにない。

 九十九は残りのお弁当を食べて、荷物を整理する。シロへの手紙は、また帰宅してから書くことにしよう。それまでに、書く内容を考えておかないと、また取り留めのない内容になってしまう。

 時間があるし、空き教室で勉強でもしようか。そういう話になって、九十九たちは食堂から出ていった。

 

 

 


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