表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
275/288

6.選択。

 

 

 

 でも……。


「シロ様の結果が消えたら、湯築屋も……なくなってしまうんですよね?」


 シロが神様ではなくなり、結界の力が消滅れば……湯築屋は消える。婚姻の儀で見た夢が現実となるだろう。

 それが幸福な未来であると、九十九には断言できなかった。

 ずっと続いてきた湯築屋が終わる。

 シロが大切にしてきた場所が。

 九十九の大好きな日常が。

 なくなってもいいはずがない。従業員たちがいて、お客様に囲まれて……この日常がなくなるなんて、九十九には耐えられない。


『であれば、結界は残すか?』


 結界を残せば、湯築屋は消えない。

 シロは神様として、湯築屋に存在し続けるだろう。

 だけど……湯築屋が受け継がれる未来。あの夢で見たシロの顔が、九十九の頭を離れなかった。

 どうしようもなく寂しげに、遠くを見つめる瞳。そこではないどこか、いや、誰か別の人を探していた。

 あの未来におけるシロは本当に幸福なのだろうか。

 シロと天之御中主神が上手くいったとしても――九十九は、シロを置いていく。かつてのシロが月子を追い求めたように、今度は九十九を……。

 そんな未来を暗示させる夢だった。

 無限に連鎖するだけではないか。


『結界が消えれば、其方らは共に生きられる。我は枷を失い、各地を再び彷徨うこととなるが、それもまた悪くはなかろうよ』


 天之御中主神の言葉はいつになく多かった。


『宿が消滅するとはいえ、中の人間たちは追い出されるだけで、命は繋がる。新たな生活というのは、人にとっては当たり前の営みではないのか?』


 天之御中主神の指摘どおりだ。

 湯築屋という場所はなくなるが、誰かが消えるわけではない。お客様たちは別の溜まり場を探すだろうし、従業員も現実の世界で暮らしていける。結界はなくとも、似たような宿屋を開くという選択だってあるだろう。

 最初は悲しいかもしれないけれど、きっと立ちなおれるはずだ。

 人とは、そういう強さがある。

 だけど……。

 宴席で楽しそうにする神様たちの姿が頭から離れない。九十九はあの光景を壊してしまいたくはなかった。


「九十九」


 シロが九十九の肩に手を置いた。

 いつの間にか、震えていたようだ。

 九十九はこの場の調停役である。冷静さを失ってしまうのはよくない。

 一度、目を閉じて深呼吸した。だんだん思考がクリアになっていく。


「わたしは……」


 それでも、提示された二つの選択肢は、九十九にとっては重い。

 九十九が見た二つの未来は、どちらにも喪失が伴っており、誰もが幸せとは言い難い。選ぶことによって、必ずあきらめるものがある。

 シロの自由か。

 湯築屋か。

 そんな選択を、今ここでするのは無理だ。

 シロを見あげると、むずかしい顔を浮かべるばかり。


『まあ、考えておくとよい』


 天之御中主神は、そう言って翼をはためかせた。

 神が飛び立つと、瞬く間に身体が白鷺へと変化する。白い羽根を数枚残して、天之御中主神は去ってしまった。

 九十九は追おうとするけれど、なんと声をかけてよいかわからない。

 気がつくと、月子の姿もなかった。

 そのすぐあとで、強い目眩が襲って、九十九の足元が覚束なくなる。


「あ……」


 夢が消えてしまったのだ。

 九十九の創り出した空間から、シロの結界に戻ってきたとはっきりわかる。入るときは無意識だったのに、今は感覚が如実にある。

 倒れそうな九十九の身体を、シロが支えてくれた。

 力を使いすぎたみたいだ。身体が消耗しているのがわかり、九十九はぐったりとシロに寄りかかってしまう。


「九十九」


 シロはごく自然な動作で、九十九を抱きあげた。九十九もされるがままに、シロの腕におさまる。


「シロ様……ごめんなさい」


 天之御中主神と対話をしてほしい。そうねがったのは九十九だ。

 なのに、なにもできなかった。新しい選択を提示され、それさえ選べず、シロを困らせてしまう結果となった。


「否。九十九は悪くない。悪いのは――」


 シロは暗い顔で、九十九を抱きしめる手に力を込めた。力強くて嬉しいはずなのに、まったく喜べない。


「少し眠るといい」


 そう言われると、九十九のまぶたが重くさがってきた。今まで、夢の中だったのに。不思議なものだ。きっと、厳密には睡眠ではなかったのだろう。


「あ……」


 意識を手放す直前、虚無の空間を横切る影があった。

 黒陽だ。九十九のほうを見つめたあと、再びどこかに向かって走っていく。

 もう、夢から醒めたはずなのに……。


「シロ様……あれを」


 九十九はシロに知らせようと、懸命に指し示した。


「どうした? 九十九?」


 けれども、シロには伝わらなかったようだ。

 いや……見えていない?

 あの黒陽は、九十九にしか見えないのだろうか。

 考えているうちに、意識が深い眠りの沼へと沈んでいった。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ