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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十四.湯築屋の未来が見えました!?
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12.黒陽。

 

 

 

 はっ、と気がついたように、肩が揺れた。

 その反動で、九十九は両の目を大きく見開く。

 身体が前に倒れかけていたようだ。畳には御神酒がこぼれ、九十九をシロが支えていた。

 夢から……醒めた?


「九十九!」


 シロが叫び、九十九の肩を揺らしていた。切迫した声で、何度も何度も、九十九を呼びながら縋るように抱きしめる。


「シロ様……」


 まだ頭がぼんやりとしていて、動悸が酷い。それでも、シロを安心させたくて、九十九は声をしぼり出す。


「九十九……大事ないか?」


 身体は大丈夫だ。意識もはっきりとしている。


「はい」


 九十九はコクリとうなずいた。

 なにがあったのだろう。九十九にも、わからない。

 ただ……九十九は、畳にこぼれた杯を見おろす。

 大中小の杯には、意味がある。小さい一の杯は、過去。二の杯は現在。そして、大きい三の杯は未来だ。

 未来を意味する御神酒に口をつけた瞬間に見た白昼夢。

 あれは、湯築屋の未来?

 そう考えた途端、背筋が凍った。


「どうした、九十九。顔色が悪い……」


 シロが九十九の顔をのぞき込む。


「い、いえ……」


 しかし、九十九は首を横にふった。


「お酒が、口に入っちゃったみたいで……」


 なにがあったのか、とても言えない。

 九十九は下手に誤魔化して、苦笑いをした。こっぴどく酔っ払ってしまった前科があるので、説得力はあるだろう。

 湯築屋がなくなる夢なんて……。

 それに、夢に出た狐。今にして考えると、シロの神気と似ていた。そして、どこで見たのか、完全に思い出してしまう。


 あれは、黒陽こくよう


 シロと対となる存在で、宇迦之御魂神の神使だ。

 けれども、黒陽はもういない。シロが月子を救ったとき、代償として命が絶たれてしまったのだ。こんなところで、九十九の夢に出るのは、おかしい。

 とてもシロに言える話ではなかった。


「それなら、よかった」


 九十九の言葉に、シロが心底安堵している。細い身体をきつく抱きしめられたので、九十九もシロの背に手を回した。まるで、怯える子供だ。早く落ちついてほしくて、そっと背中をなでてやる。

 夢のことも、あとで考えればいい。

 九十九は一度、思考を放棄した


「シロ様、九十九ちゃん」


 しばらくそうしていると、小夜子から声をかけられた。優しく笑いながら、九十九のそばに立っている。

 小夜子だけではない。参列していたお客様も、従業員も、みんな九十九たちを囲んで笑っていた。どちらかというと、「にやにや」といったところか。

 九十九の顔が熱くなっていく。一方のシロは、まだ九十九に抱きついていた。頬ずりなどされてくすぐったい。


「九十九、九十九」

「し、シロ様……! ちょっと離れませんか!」


 見られすぎて恥ずかしい。九十九はシロの身体を引き離そうと、ぐいぐい押した。だが、シロは九十九にしがみつく。


何故なにゆえ。九十九と儂の仲睦まじい夫婦っぷりを、皆に見せつければよかろう!」

「わかってるんだったら、離してくださいよ!」

「嫌だ!」

「ワガママですか!」


 途中から、確信してやっていると気づき、九十九はシロの肩をバシバシ殴った。けれども、それくらいではビクともせず、顔にニヤリと笑みが描かれる。なんだかとっても腹が立つ。


「さあさあ、イチャイチャはそこまでにして」


 不毛な遣り取りをしていると、登季子が両手を叩いて注目を集めた。イチャイチャしていたつもりはないのに……。


「みなさま、宴の準備ができておりますよ」


 にっこりと笑いながら、登季子が広間の襖を開ける。

 続き間には宴席の用意がしてあり、すぐに飲み食いできる状態だった。いつの間にか、八雲や碧が、おもてなしの準備をしていたようだ。


「おうおう。祝いの席には、酒がないとはじまらぬ」

「飲み明かそうではないか」


 お客様たちが楽しげに宴席へと移動していく。結婚式の披露宴、というよりは、宴会のノリだ。

 宴席会場となった広間には、それぞれの御膳が並べてあるほかに、大皿に盛られた特別料理も用意されていた。

 お祝いの席らしく、大きな真鯛が尾頭付きで舟盛りの刺身になっている。それだけではなく、一尾丸々の煮つけが添えられた鯛素麺。四色の彩りをつけて糸こんにゃくのうえに盛られた、ふくめん。鯛、海老、ハマグリなどの食材を豪快に焼いて大皿にのせた法楽焼など……どれも愛媛県の祝い事で振る舞われるメニューだ。

 中央には、ウエディングケーキも用意してあった。薔薇の生花によって飾りつけられた意匠が美しく、一際目を惹く。こんなもの、いったい、いつ用意したのだろう。幸一や将崇が、九十九に隠れて準備したと思うと、感心するしかなかった。

 でも、お祝いのお料理を囲むお客様の人数は多いけれど……いつもの湯築屋の光景であった。

 神様たちが集い、語らい、美味しいごはんを食べている。

 湯築屋の日常だ。

 他愛もない、しかし、かけがえのない。


「九十九、行くぞ」


 ぼんやりしとしている九十九を、シロが抱き起こす。


「はい」


 返事をする九十九の脳裏には、夢で見た未来がよみがえってしまう。

 今、目の前に広がる日常。

 これが消えるなんて……考えられない。

 もしも、そんなことがあるのならば、九十九は絶対に阻止したい。


「…………」


 お客様たちは、みんな楽しげに飲み食いしている。

 けれども、その中で宇迦之御魂神だけは、黙って九十九たちを見つめて佇んでいた。

 九十九が首を傾げると、ただ宇迦之御魂神は微笑みで返す。


「さあ、宴なのだわ。主役がいないと駄目でしょう? ケーキ入刀とやらを披露してちょうだい」


 手招きされて、九十九は慌ててうなずいた。

 神様たちの宴は、深夜まで続いた。

 

 

 

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