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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十四.湯築屋の未来が見えました!?
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6.準備はよいかな?

 

 

 

 湯築屋の外でも梅のつぼみがほころび、白や赤の花が顔を見せはじめている。吹く風は冷たいけれど、陽射しが温かい。

 冬の寒さは厳しく、それでも、わずかに春の兆しが確認できる日和。熱めの湯温に設定された道後温泉へ入るには、ちょうどよい季節だ。アーケード商店街でも、多くの観光客が歩いていた。

 そんな道後のメインストリートから外れて。熱田津にきたつの道を、九十九はゆっくりと進んでいく。

 昔は道後の近くに海があったという。熱田津の道は、港と道後を繋いで人々が行き来した通りである。

 石畳風に整備された道は歩きやすい。道沿いをのどかに小川が流れ、ゆったりとした空気を味わえる。観光客向けの商店も多いが、比較的人通りが少ないため、のんびりと景色をながめる余裕があった。

 そんな熱田津の道沿いに建つ酒蔵は、一際目立つ。

 暖簾のかかった入り口からは、神輿や酒樽の展示がチラリと見えた。しかし、その奥では実際に従業員たちが働く姿もあり、きちんと稼働する酒造であるとわかる。

 販売所へと回り込み、九十九は固唾を呑んだ。

 シロのために必要なもの。

 宇迦之御魂神は、「儀式」を行うと、九十九に告げた。

 九十九は儀式に必要なものの調達を、宇迦之御魂神から仰せつかっている。


「大丈夫かな」


 と、言っても……お酒なんだよね……。

 儀式に使用するお酒を選んでくるように。というのが宇迦之御魂神からの言いつけであった。なるべく土地の酒がいいらしいが、とくに指定がない。


 ――あなたが気に入ったものを選びなさいな。


 などと言われたものの、九十九は二十歳ではない。

 通常、二十歳未満はお酒を買えない。しかしながら、この酒造とは古くから湯築屋と取り引きのある。たいていは番頭の八雲が買いにくるのだが、九十九の顔も覚えてもらっていた。

 買うことはできるものの、お酒を選べと言われたって、九十九には善し悪しがわからない。そもそも、試飲ができないのだ。

 お勧めを聞いて、買って帰ればいいよね。ここの商品はシロも気に入っている。だったら、なにを買っても外すことはないだろう。

 九十九は販売所の戸に手をかけた。


「あ……」


 入った瞬間、香りが鼻孔をくすぐる。

 酒粕のような甘い匂いが漂っている。お酒を飲まない九十九にとっても、優しくて温かい香りだ。甘酒を飲んでいるときみたいに、ほっと心が安らぐ。

 店内には、商品である日本酒や焼酎の瓶が並べられている。ほかにも、日本酒を使用した化粧水や美容パックまであり、九十九はそちらにも目を奪われた。大学に入って化粧をするようになったせいか、お肌のメンテナンスにも興味がある。


「なんだぁ、客人かー?」


 店の奥から、荒々しい口調の声が聞こえてきて、九十九は肩を震わせた。

 出てきたのは明らかに店員ではない。

 まとっている衣は、洋服と形容するには、いささか……襤褸ぼろと称するのが正しそうだ。胸元が豪快にはだけ、たくましい大胸筋が露出している。腰に大きな刀を帯びており、とても現代の格好とは思えない。

 海賊……そんな単語が頭に過った。

 けれども、この方の顔を九十九は知っている。


大山祇神おおやまつみのかみ様、お久しぶりです」


 九十九がにっこりと笑うと、どう考えても店員ではない大山祇神は、「おう!」と片手をふりあげた。

 大山祇神は、山の神である。全国に分布する大山祇神社や三島神社の祭神だ。とくに、大山祇神社の総本山は愛媛県の大三島にあり、湯築屋にもときどき訪れる神様だった。

 彼は山の神だが、同時に海の神でもある。そして、軍神という側面も持っているため、古代から武将や海賊からの信仰が厚かった。

 大三島の大山祇神社には、中世の武具が多く奉納されている。その大部分が重要文化財や国宝に指定されており、大三島は「国宝の島」とも称されていた。源義経みなもとのよしつねが着用した八艘飛びの胴丸など、九十九も印象に残っている。


「いつもとお姿が違うので、ドキッとしちゃいましたよ……」


 湯築屋へ来るときの大山祇神は、武者姿だ。鎌倉時代から南北朝時代を想起させる大鎧に身を包み、武装しているのが常だった。

 今、目の前にいる姿も、武装と言えば武装なのだが、方向性が異なっている。


「宇迦之御魂神から、店員をやれと仰せつかったからな。お前がこちらのほうが、それらしいだろう?」


 大山祇神は、見せびらかすように、その場で一回転してみせる。襤褸切れをまとっているが、海賊然とした風格はワイルドでかっこいいとも言えた。


「店員らしいかどうかはアレですけど……お似合いですよ」

「はっはっ、正直者めが。本当のことを申すと、店の入り口で兜が引っかかってな。仕方なく脱いだが、直垂で商品を倒しそうになってしまった。こちらのほうが軽装で動きやすくてのう」

「なるほど、そういうことだったんですね」


 大山祇神は豪快に笑って解説してくれた。海賊に扮しているが、立ち振る舞いは武将という雰囲気だ。


「ところで、どうして宇迦之御魂神様は大山祇神様に、お店を?」

「おうよ。お前を手伝ってやれと、頭をさげられてな」


 大山祇神は、宇迦之御魂神の祖父に当たる。日本神話の神々は血縁を持っていることが多いのだが、宇迦之御魂神がわざわざ頭をさげたというのが引っかかった。


「お手伝いなんて……お買い物ですし」

「大事な儀式だからな。よい酒を用意してやらねばなるまい」


 大山祇神は当たり前のように言いながら、適当な商品を手にとる。一升瓶に入った大吟醸が、音を立てた。


「俺の得意分野だ」


 大山祇神には、本当に様々な側面がある。山の神、海の神、軍神。それだけではない。酒造りの神としても信仰されている。彼には酒造業の守神、酒解神さかとけのかみという別名もあった。

 そんな神様に、お酒選びを手伝ってもらえるなんて心強い。が、同時に、湯築屋を訪れるお客様でもあるので、お手を煩わせて悪いと思ってしまった。


「まあ、よいよい。とりあえず、飲んで決めろや」


 大山祇神は豪快に笑いながら、試飲の準備をはじめる。

 けれども、九十九は両手を前に出した。


「い、いえ……わたしは、まだお酒が飲めないので……お勧めを教えていただけたら、それを買います」


 お酒は二十歳からだ。それに、九十九は以前、天照に飲まされて痛い目を見た。少量で酔っ払って、大変なことになってしまったのだ。あれを思い出すだけで、恥ずかしい。二十歳になっても、お酒を飲むのが怖かった。


「ちょろっと、舐めるだけぞ。御神酒おみきと一緒じゃ」

「いや、何種類も舐めたら一口と変わりませんし……」


 九十九が頑なに断るので、大山祇神はつまらなさそうに肩を竦める。


「だがしかし、大事な儀式ではないのか」


 宇迦之御魂神から、儀式の内容は聞かされていない。そんなに大事なのかどうか、判断がつかなかった。

 けれども、大山祇神に酒選びを依頼するほどだ。九十九が考えている以上に、意味のある行為なのかもしれない。


「できるだけ、お前の好きなものを選んだほうがよいと思うぞ。まあ、待っていろ」


 大山祇神はそう言いながら、店の奥へと引っ込んでいく。九十九は急に不安になって、視線を落とした。


「ほら、これならいいだろう?」


 しばらくして、大山祇神が戻っている。手にした盆には、小皿がのっていた。


「これって……酒粕ですか?」

「然り」


 お酒が飲めない九十九のための試食だ。正方形に切り取られた酒粕が、九十九の前に差し出された。

 とはいえ、お酒と酒粕は違う。試飲の代わりになるのか、少し疑問である。


「酒は俺が選んでやってもいい。だが、お前が好きなものを渡してやりたいのだ」


 気に入りもしないものを買って帰らせない。そういう意図が読みとれた。


「大事な酒の味くらいは、知っておけ。仁喜多津の大吟醸だ」

「は、はい……」


 戸惑いながら、九十九は酒粕を一切れ口に含んだ。

 甘酒のような甘みはなく、口の中でねっとりと塊が溶けていった。アルコールがほとんど入っていないのが嘘みたいに濃い酒の旨味を感じ、お酒の板を食べている気分になれる。

 しかし、風味がいい。甘くないのに、米の甘みをしっかりと味わえた。後味もすっきりとしており、甘酒よりも爽やかな心地だ。

 酒粕をそのまま食す機会があまりないので、美味しいかどうかは判断できない。だが、嫌いな味ではなかった。


「同じ大吟醸から作ったチーズケーキだ」


 九十九の前に、大山祇神がもう一皿置いた。横に、仁喜多津の大吟醸が入った桐の箱を並べる。


「じゃあ、こちらもいただきます」


 九十九は断りを入れて、チーズケーキも口にする。

 今度は甘かった。チーズケーキらしい、しっとりと濃厚な味わいが口の中で解ける。それだけではない。遅れて、日本酒独特の芳醇な甘みと風味が口中に広がった。

 チーズケーキなのに、しっかりとお酒の味がする。さっきの酒粕とは、まったく違った楽しみ方だ。それなのに、同じお酒だとはっきりわかる。


「美味しいです……!」


 すっかり興奮してしまい、笑顔になる。

 大山祇神はようやく満足げに表情をほころばせた。


「それじゃあ、仁喜多津の大吟醸。お買い上げでいいな?」

「はい、おねがいします」


 九十九が答えると、大山祇神はうなずく。


「おう。じゃあ、準備はよいかな?」


 準備? なんの話かわからず、九十九は小首を傾げた。

 そんな九十九など放って、大山祇神は「よっ、と」と声をあげながら、腰を屈める。レジカウンターの向こう側で、がさごそとなにかを探っていた。


「大山祇神様?」


 不審に思い、九十九はレジカウンターに身を乗り出した。


「ほい、これだ」


 大山祇神は言いながら、大きな甕を取り出す。持ちあげるのも一苦労しそうな甕を、いとも簡単に九十九の前に置いた。

 なに? これ?

 九十九が固まっていると、大山祇神は笑顔でバシッと肩を叩いた。


「それじゃあ、行ってくるがいい」

「行く?」


 疑問に答えてもらう前に、九十九の身体が前のめりに傾いた。


「え……?」


 倒れないように両足で踏ん張ったけれど、身体が吸い寄せられるみたいに抗えない。九十九はそのまま、頭から甕に突っ込んでしまった。

 

 

 

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