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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十四.湯築屋の未来が見えました!?
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2.夢。

 

 

 

「あ……」


 カクン、と首が前に傾く衝撃で意識が鮮明になる。

 身体がガタゴトと揺れていた。いや、椅子……電車の揺れである。


「夢……かな……?」


 湯築九十九はつぶやきながら、状況を確認する。

 緑色の座席に、ちょこんと座った自らの身体。膝のうえにトートバッグをのせて、それを抱え込むように眠りに落ちていた。唇の端から垂れそうになっていたヨダレを、さっと袖で拭う。ずいぶんと、熟睡していたみたいだ。

 年季の入ったフローリングが、足元を支えている。視線をあげると、車窓の向こうに景色が流れていた。

 新しすぎず、古すぎず、生活の息づかいが聞こえてきそうな街並みだ。

 いつもの景色。いつもの松山。路面電車の風景である。

 九十九が暮らす日常であった。


「…………」


 やはり、九十九は眠っていたようだ。

 夢はよく見るのに……珍しく、夢であると気がつけなかった。

 それほど疲れていたのだろうか。はたまた、なにか意味があるのか。

 考えている間に、路面電車はガタゴトと大きなカーブを描く。道後公園の前を通過して、さらに奥へと進む。

 終点の道後温泉駅へ辿り着いたら、降車だ。

 乗客には、観光客や地元の人が入り交じっている。道後温泉は観光地であるが、人々の住む街でもある。日常使いする人は多い。九十九も、その一人であった。

 駅に到着するなり、みんな一斉に出口へと向かっていく。九十九も、取り残されないよう、トートバッグを持って立ちあがった。

 マッチ箱のようだと評される路面電車からおりると、道後の景色である。

 レトロな駅舎をイメージした道後温泉駅を出ると、そこはアーケード街の入り口だ。広場には、カラクリ時計と足湯があり、観光客が集まっている。もうすぐ、時計が鳴るのだろう。三十分置きに、坊っちゃんと道後温泉をモチーフにした仕掛けが動くのだ。


「やあ、稲荷の妻」


 そう九十九に声をかけたのは、人ではなかった。

 ふり返りながら視線を落とすと、黒い猫がこちらを見ている。


「おタマ様。こんにちは」


 言いながら笑いかけると、尻尾が少し短い黒猫がググッと身体を反らして伸びをした。欠伸をする口元からネコ科らしい歯がのぞく。


「お散歩ですか?」

「そういう気分になったら、散歩くらいするさ。吾輩は猫であるからな」


 おタマ様は、道後温泉地区に住みついた猫又だ。アーケード街の入り口は、彼の定位置であった。

 こうしていると、観光客や地元の人が餌をくれるので楽なのだという。もちろん、猫又なので普通の猫みたいに食事をする必要はないのだが……そこは、「そういう気分」というやつだろう。

 おタマ様の写真をSNSに投稿する人も多く、ちょっとしたアイドルと呼んでも差し支えない存在だった。


「ふむ」


 おタマ様は、前脚をチョンとそろえて、九十九を見あげる。九十九は首を傾げて、あいまいに微笑んだ。


「少し匂いが変わったようだね」


 おタマ様は微笑んでいるようだった。


「そうですか? 柔軟剤は、変えていないんですが」


 九十九はスンスンと、自分の匂いを嗅いでみる。すると、おタマ様が「そうではないよ」と、軽く笑った。


「力の流れが変わったということさ」


 ようやく、九十九はおタマ様が言わんとする意味を理解する。

 九十九は、湯築の巫女だ。

 代々、稲荷神白夜命いなりのかみびゃくやのみことに仕え、妻となるのが習わし。九十九は、当代の巫女であり、稲荷神の妻でもある。

 稲荷神白夜命――シロは、神の一柱だ。けれども、その成り立ちは特殊であった。

 シロは元来からの神ではない。宇迦之御魂神に仕える神使であった。それが、天之御中主神と融合し、表裏の存在となることで、神へと変化したのだ。

 天之御中主神は、天地開闢のときより存在する原初はじまりの神。そして、終焉おわりを見届けるという役目を持った別天津神ことあまつかみである。

 天之御中主神とシロの過去を知る巫女は、九十九のほかに初代の巫女である月子つきこだけだ。つまり、九十九は歴代の巫女よりも、天之御中主神との関わりが深い。それが影響して、九十九の中で眠っていた神気の特性が目覚めたのだ。

 九十九の神気は「守り」の力であった。そして、新しく発現したのは「引」の力。神から神気を引き寄せてしまうという特性がある。

 最初は無意識に力を引き寄せることもあり、周囲に迷惑をかけた。修行を積んで、今は少しずつコントロールできるようになっている。

 悩んだが、これも九十九の力だ。

 折り合いをつけ、向きあってかなければならない。


「人は成長が早いからね」


 おタマ様はまん丸の目を細めて、また欠伸をした。気まぐれな猫らしい仕草に、九十九は思わず表情を緩める。


「いつも見守ってくれて、ありがとうございます」

「なに。吾輩は、ただここにいるだけの猫だよ」


 おタマ様は前脚で顔を洗いながら答える。本物の猫と大差ない。

 あいさつを終えると、おタマ様はくるりと九十九にお尻を向ける。ちょんちょんちょんと歩き去る姿に、九十九は軽く手をふった。


「また明日」

「明日もそういう気分ならね」


 ああは言っているが、おタマ様はいつも九十九たちを見守ってくれる。道後の日常の一部だった。

 

 

 

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