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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十三.天岩戸に連れ去られました!?
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19.神話の対峙

 

 

 

 

「ふ……」


 九十九の身体が重くなる。急速に、夢から現実へと戻っていく感覚に、目眩がした。

 二本の足で立っていられなくて、身体がよろけてしまう。


「畳……?」


 うずくまった九十九の足元は、湯築屋の庭ではない。虚無の藍色でもなく、客室の畳であった。

 視線を移すと、工作用のハサミやテープも落ちている。

 夢から醒め、石鎚の間へ帰ってきたのだ。

 手には、夢の中で使った羽根の弓がにぎられたままだった。

 あれは夢であり、夢ではなかった――九十九は現実の世界で、天之御中主神の羽根を、いや、自分の力を使ったのだ。

 ここは天岩戸。あらゆる神の力が弾かれる結界である。

 九十九は自分の力で、夢から抜け出して現実へ戻ってきた。月子や登季子との修行では成せなかったことだ。

 初めて……。


「なんで」


 だが、不可解でもある。

 九十九の神気の特性は、守りの力。そして、後天的に発現した引き寄せる力だ。この弓は、どちらの特性にも属していない気がした。そもそも、どうして弓の形になったかも、九十九にはわからない。

 身体が怠いのは、夢から起きたからか。それとも、身の丈以上の力を使ったからか。気がつけば、肩が上下して息が荒くなっていた。すぐに立ちあがれなくて、九十九は両手を畳についてしまう。這いつくばっているみたいで、惨めだ。


「大丈夫ですか」


 天照は立ちあがっていた。

 手草を持ちあげ、凜とした表情を作っている。口元は余裕を描いているが、目には警戒の色が浮かんでいた。


「な、なんとか……」


 九十九は壁に手をつき、身を起こした。透明な弓は消え、もとの白い羽根へと戻ってしまっている。

 全部夢だったのではないかと錯覚しそうだ。現実という感覚が、まるでない。


「……音楽?」


 かすかに聞こえる音色。九十九は聞き逃すまいと、耳をすませた。

 どこからか、鉦のような音が流れてくる。太鼓も……お祭りみたいな雰囲気だが、なにかが違う。耳慣れているようで、耳慣れない。

 天岩戸の内側ではない。

 外からの音であった。


「どうやら、外も準備が整ったようですね」


 天照は嬉しそうであった。大きな目を輝かせている様が、宝箱を前にした可憐な少女そのものだ。これからなにが起こるのか、本気で楽しもうとしている。

 音色はだんだんと大きくなっていく。

 祭り囃子にも似たそれは、嫌に馴染む。太鼓の音にあわせて、神気の流れが少しずつ揺らいでいった。

 天照の神気によって守られた天岩戸。あらゆる神を拒む鉄壁の結界に、歪みが生じていく。


「あ……」


 この音。

 九十九は、はっと思い当たる。


「念仏?」


 太鼓と一緒に、何人かの声も聞こえた。歌ではない。一心に、なにかを唱えているのだと気づき、九十九は目を瞬かせる。

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えるその声は、おそらく従業員たちだ。部屋の外で太鼓を叩き、鉦を鳴らし、念仏を唱えている。

 それに呼応して、天岩戸の神気が揺らいでいるのが、異様な現象であった。

 九十九と天照の間の空間に、一筋亀裂が入る。

 空気が裂けるみたいに割れて、浄化されそうな白い光が漏れた。


「え」


 そこからあふれ出す神気に呼応して、九十九の懐でなにかが動く。着物の胸元を探ると、肌守りが二つ出てくる。

 一つは、シロの髪をおさめた肌守りだ。依り代にし、シロの神気を駆使するために必要なものだった。

 もう一つは、天之御中主神から授けられた肌守り。こちらには、九十九の髪がおさめられており、力を制御するために使う。

 さきほどの弓。

 九十九は、天照の夢を壊した。そう思っていたが、違うのではないか。

 無意識のうちに、九十九は弓を引くことで――外から神気を引き入れていた。

「まさか、神が天岩戸に挑むだなんて」

 天照は蕩けるような笑みで、白い光を見据えていた。だが、一方で手草をかざし、ふりおろす。手草は一瞬で灼熱を帯び、青銅の一振りへと変化する。

 草薙剣。

 三種の神器として伝わる剣だ。熱田神宮におさめられている。須佐之男命が天照に献上したとされる剣だ。

 厳密には、熱田神宮に伝わる草薙剣は一度失われているのだが、天照が扱う場合は効力に違いがないらしい。あくまで、神器は神気を込める依り代であり、神気に耐えうるだけの器であれば、なんでもいいようだ。

 天照が草薙剣をふりおろす。離れた位置にいる九十九にまで熱気が伝わる。あんなもので斬られたら、人体など蒸発しそうだ。それを扱う天照も、常軌を逸している。何度見ても、神話の領域だった。

 しかし、草薙剣による一太刀は、途中で停止する。

 空間の亀裂から、腕が出ていた。


「シロ様……?」


 遅れて、それがシロの腕だと判断がつく。白い光を放つ裂け目を潜るように、シロが押し入ってくる。

 天岩戸が、破れた。

 さきほどよりも、太鼓や念仏の声がはっきりと聞こえる。

 一遍上人の踊り念仏だ。南無阿弥陀仏と唱えれば、極楽浄土へと導かれるという教えのもと開かれた時宗。

 神と仏は似た存在だが、性質が異なっている。神気と瘴気を併せ持った鬼や、幽霊、妖たちが別の理で存在しているのと同様、明確に区別されていた。

 人が自らの力で悟りを開きいて至るのが仏だ。神が救わぬ者もすくいあげる信仰であり、定義は宗派によって様々。特に、何人なんびとも救うという理想のもと念仏を広めたのが一遍上人である。

 神の力が通用しない天岩戸。神ならざる力――念仏を唱え、祈る人の力が結界を揺るがしたのだ。そこへ、九十九の力があわさって、シロを天岩戸に引き入れるのに成功した。

 天照はシロの結界の穴を突いている。

 逆に、シロも天岩戸の弱点を利用したのだ。

 一つひとつの力では、たとえ弱点だったとしても無力だろう。しかし、それぞれの要素があわさって、絡みあうことで突破するに至ったのだ。

 それでも、九十九には一点わからない。


「シロ様……天之御中主神様は」


 夢の中で、九十九は自分の力を使った。

 しかし、最初は天之御中主神が助力したように感じたのだ。九十九が夢で羽根を持っていたのは、天之御中主神がそうさせたからだろう。

 夢では天之御中主神と繋がっていた。天岩戸にいても、あの神は九十九に夢を通じて語りかけていたのだ。

 天之御中主神が、天岩戸を破る助力をしたとすれば、シロは――。


「すまぬ、九十九」


 天岩戸へと完全に侵入し、シロの姿が露わになる。

 シロは九十九に視線をくれるなり、短くつぶやいた。その謝罪は、「すぐに助け出せず、すまぬ」という意味ではないと思う。


「九十九が望むような対面はしておらぬ」


 シロは天之御中主神に、助力を請うたはずだ。そうでなければ、天之御中主神が力を貸すはずがない。あの神は、九十九たちに選択を用意するだけだ。

 対面はした。

 しかし、九十九が望むような……互いの存在を認めあうような話をしていない。そういうことなのだろう。

 少し残念なのかもしれない。

 いや、そうだろうか。

 九十九には、そうは思えなかった。


「大丈夫ですよ、シロ様」


 身体に力が上手く入らない。声が震えて、弱々しくなってしまう。

 それでも、九十九は精一杯の笑顔を作った。


「次は、わたしがついています」


 シロがきちんと天之御中主神と向きあってほしいのは、九十九のねがいだ。九十九が、シロにそうしてほしいから。

 シロだけには背負わせない。九十九が一緒に……いや、架橋になる。

 だから、今はこれでいい。

 なによりも、シロが天之御中主神と協力して天岩戸を破ったのが嬉しかった。


「念仏に、巫女の力、別天津神の助力……なるほど、どれも小さくて弱い。それでも、天岩戸を打ち破る力となってしまった。素晴らしい輝きではございませんか。わたくしの期待値を超えておりますよ」


 天照はうっとりとして、しかし、草薙剣をふりながら笑う。

 燃える灼熱をまとう草薙剣を、シロは右へ左へとかわしていた。


「充分、見せていただきましたが、欲もございます」


 舞うように優雅であった。まるで、神事に捧げる神楽のように、天照は身を翻しながら草薙剣をふる。

 得物を持たぬシロは、避けるばかりで間合いに入れない。天岩戸への侵入はできたが、まだ結界は消滅していなかった。まだ天照の領域と言ってもいいだろう。


「シロ様!」


 九十九には、なにもできない。力もたくさん使って、壁伝いに立っているのがやっとである。

 シロはどんどんうしろへさがり、壁へと追い詰められていく。

 なのに、シロの表情は涼しいままだった。苦戦をしているという気配をまったく感じさせない。こちらも、舞かなにかのように、優美で耽美で……ため息が出そうだった。

 九十九になにかできるはずもない。

 神話の一場面のような両者に、ただただ見惚れるしかなかった。

 

 

 

 

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