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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十三.天岩戸に連れ去られました!?
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17.在りし日の夢

 

 

 


 また眠ってしまった。

 九十九は自覚しながらも、いつ意識がなくなったのかわからない。そもそも、天岩戸に入ってから、どの程度の時間が流れたのかも謎だった。

 天岩戸では、夢と現実の境界があいまいなのかもしれない。起きていると思ったら、すぐ夢へと戻されてしまう。逆に、夢から現実へと、スッと移っていくこともある。ずっと起きていることも、寝ていることも不可能なのだろう。

 ただ、近くには常に天照の神気を感じていた。温かくて大きくて、優しく包んで守ってくれるような神気だ。夢うつつでなにもかもが安定しないのに、それだけで安心していられる。

 九十九の目の前を、通り過ぎていく影があった。

 女の人。

 月子……に、似た面影を持つ人だ。黒い髪や、凛とした表情はよく似ている。けれども、別の毛色の神気をまとう。

 湯築の巫女だと、直感した。九十九よりも、もっと以前に巫女をつとめた女性なのだろう。小袖の衣や髪型から、現代ではないのが伝わった。湯築屋に残っているアルバムでも見たことがない顔だ。

 巫女は代々、女将も兼任してきた。彼女が働く姿は、きびきびとしていて、九十九も憧れる立ち振る舞いだ。

 ここは、かつての湯築屋だろうか。部屋や建物の様子が、現在とはずいぶん異なる。そういえば、今の湯築屋の姿は、明治時代に道後温泉本館が大改修を行った際に決まったと聞いた。本館の姿を見たシロが、湯築屋も似た建物へと変えたのだ。

 九十九は、なんとなく巫女について湯築屋を移動した。夢の中だから、誰も九十九に気がつかないし、触れることさえできない、シロの過去を見せてもらったときと同じだ。


「あ……」


 九十九の視界に、見覚えのある姿が入る。

 絹束のごとき白い髪に、大きな獣の耳。長い尻尾を揺らす様は、今となにも変わっていない。琥珀色の瞳は、月も星もない空を仰ぎ、手にした盃を傾けている。

 濃紫の狩衣は初めて見る装いだが……シロであった。時代によってシロの衣も変化しているのだろう。しかし、容姿はなにも変わっていない。九十九の知るシロであった。


「あれ?」


 巫女がシロのそばを通りすぎる。だが、シロはその巫女に一瞥もくれなかった。ただ独りで、酒を楽しんでいる。巫女のほうも、とくに気にする素振りもなさそうだった。

 お互いに、興味がない。そんな気配を感じた。

 湯築の巫女はシロの妻だ。

 けれども、そこに恋愛感情がある必要はない。政略結婚のような……ビジネスライクな関係だと、九十九も理解している。

 夢が揺らぎ、湯築屋の様相が移った。

 少し時代が進んだのだろうか。シロの服が、藤色の着物に濃紫の袴という装いになっている。装束が変化しても、まとう色や雰囲気はそのままだ。シロという神様が不変であるという象徴のようにも感じた。


「シロ様」


 シロに呼びかける女性がいた。やはり似た雰囲気を持っている。

 この人も、巫女なのかな……。

 だが、さきほどの巫女とは雰囲気が違った。シロに穏やかな表情を向け、手になにかの包みを持っている。

 シロのほうも、優しげな眼差しを巫女に向けていた。


「巷で流行っているそうですよ。よろしかったら、お使いください」


 朗らかに笑いながら、巫女が差し出したのは煙管であった。


「ふむ……」


 シロは興味深そうに煙管を手に取り、ながめる。気に入ったようだ。

 羅宇の部分は変わっているが、雁首の意匠は現在のシロが使っているものと同じだ。このころから、シロは煙管を愛用していたのだろう。


「これが、いきな男という奴か?」


 煙管を吸うふりをしながら、シロはふふんと胸を張った。その仕草が、今とあまり変わっていなかったので、九十九は思わず噴き出す。


「はい。粋でございますよ。天照様にご自慢できますね」

「天照は、また二枚目だか三枚目だか知らぬが、役者にうつつを抜かしておるからな。儂を田舎くさいなどと言いよって」

「シロ様は、並みの歌舞伎者よりもお美しいですよ」

「そうであろう?」


 歌舞伎……天照様、昔からそうだったんだぁ……シロと巫女のやりとりに、九十九は苦笑いする。

 巫女とシロの会話は想いあっている、という雰囲気ではない。が、互いに認めあって、寄り添っている空気を感じた。家族のような関係なのだろう。

 シロは、いつだってシロだ。

 しかし、巫女との距離は相手にあわせているのだろう。距離を置くことも、家族のように接することもある。巫女によって、適切な距離を見極めているのだ。

 そうやって、何人もの巫女を見送ってきた。

 九十九は知っている。シロが心を許したのは、今まで月子だけだった。月子を求めて、湯築の巫女たちと契りを結び続けている。九十九と出会うまで、ずっとずっと、そうやって過ごしていた。

 シロは、どのような気持ちで巫女たちと過ごし、見送ったのだろう。

 それはひどく寂しいのではないか。

 永く寂しい時間を、シロは過ごしてきた。巫女だけではない。従業員や、湯築屋に関わる人。何人も何人も、見送っている。

 シロは変わらない。訪れる神様たちも、変わっていないかもしれない。

 けれども、かえってそれが残酷にも感じられた。


「シロ様」


 九十九は、シロに触れようと手を伸ばしたが、夢の中では届かない。九十九の指は、シロの肩をすり抜けた。

 九十九の選択は、間違っているのだろうか。

 シロは永遠と呼べる時間を生きるのに、九十九は過ぎ去ってしまう。シロはようやく、九十九に心を許したのに……九十九は永遠を選ばなかった。

 正しいはずだ。納得して、そう決めた。

 なのに、シロを見ていると、揺らいでしまう瞬間がある。


「選びなおしますか?」


 どこからか、優しげな問いかけが聞こえた。

 子供をあやす母みたいな声音だ。

 しかし、その内容は試されていると感じた。


 

 

 

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