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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十三.天岩戸に連れ去られました!?
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15.責任

 

 

 

 湯築屋の営みは、人にとっては永い歴史であろう。

 宿屋という形をとったのは、時代がくだってからとなるが、この地には神が集まるようになっていた。それは、結界の内に留まることで、天之御中主神が定住したからだ。

 最初の来訪者となった神は、天照大神であった。

 結界に守られた湯につかりたいと、女神は微笑んだ。シロはそれを許し、天照を結界の内側へと呼んだのである。

 人間にとっては、何代も前の神話の時代だろう。

 だが、シロにとっては、ほんの少し前の出来事のようだ。


 ――ここはよいですね。輝いております。


 初めて訪れた天照は、湯築屋をそう評価していた。

 月子を優先してことわりを曲げたシロの選択も。

 檻に入り、留まる天之御中主神の選択も。

 神々に湯を開き、招き入れたいと考えた月子の考えも。

 すべてを「愚かしい」と評価したうえで、「輝かしい」と愛でた。

 シロにはよくわからなかった――というより、天照の言う輝きに興味がない。他の神々だって、そうだろう。


「天照様に輝きを見せるって……」


 場所を石鎚の間から移し、従業員でテーブルを囲んでいた。学校を終えて出勤した小夜子や、厨房にいた幸一や将崇まで、総出になっている。

 コマが頭を抱えながら、うんうんとうなっていた。


「うーん……うーん……やっぱり、岩戸神楽がいいんでしょうか?」


 それくらいしか思いつかぬという様子だった。


「踊ってみてもいいと思いますが、湯築屋で一番お上手な若女将が不在ですから……高得点を狙えるかどうか、怪しいのでは?」


 うなるコマの提案を、八雲が冷静に評価していた。たしかに。たとえ、天照が舞を所望していたとしても、主力である九十九がいないのは痛い。

 コマが、しゅんと項垂れた。


「さっきも言ったけど、やっぱりそうじゃねぇんだよな。姉上様の輝きって」


 いつも宅配便でやっているダンスは、あくまでお遊びだ。天照の趣味であって、真に求めるものではない。

 須佐之男命が釈然としない顔で腕組みしている。

 シロも、須佐之男命の側に考えが近かった。癪だが。


「天照は神だ」


 シロのつぶやきに、一同が首を傾げた。真意を誰も理解していない。


「あれが〝輝き〟と評価する基準は……神の理解を超えるもの」


 神ならば選ばぬもの。

 神であれば行わぬこと。

 神らしからぬ――人間らしさ。

 天照が評価してきたものは、必ず不完全であった。

 愚かしかったり、醜かったり、歪であったり……神の目線で、不完全で出来の悪い。しかし、人々が一瞬一瞬を紡いできた証のようなもの。そこに尊さを見出し、愛でる。

 それが天照にとっての輝きだった。

 初めて湯築屋を訪れ、輝かしいと評したときと、なにも変わっていない。彼女は常に、自分にはない輝きを求め、愛してきたのだ。

 だから、今回の謎かけの答えも……シロには、わかっている。


 ――あなたの輝きを見せてくださいませ。


 たしかに、天照はシロに対して、輝きを見せろと言った。

 天照、というより、湯築屋を訪れる神々は、みな本質を見る。誰もが、シロを天之御中主神と同一の存在として語るのが常だった。

 けれども、天照は初めて、天之御中主神ではなくシロとして語りかけたのだ。

 他の誰にも伝わっていなくとも、シロにはわかった。

 これは単なる誘拐ではない。

 ただ人間らしい輝きを見せると要求しているわけではない。

 シロに、天照の満足する輝きを見せろと言っているのだ。

 神としてではなく……そう。神らしからぬ行いをせよと、迫っている。わざわざ九十九を閉じ込めたのにも、意味があるのだ。今回の行動は、最初からすべて一貫している。

 あれは、九十九を手伝っているのだ。

 天之御中主神とシロとの対話を望む九十九の手伝いをしている。

 シロは、たしかに九十九と約束した。いつか対話し、九十九の望む形にしようと決めている。決めているが……その覚悟が決まらぬのも、たしかであった。

 九十九は待つと言っている。けれども、天照はシロの迷いが深いのも気づいているのだ。このままでは、また何年も待たせるかもしれない。

 そして、この先。

 九十九とどうやって生きていくつもりなのか。また月子のように見送るのか。それとも、別の答えを出すのか。

 シロが考えないようにしている事柄だ。

 いつまで経っても決まらない。


 余計なお世話だ。


 天照は、シロに決意をうながすために、強硬手段に出た。よりにもよって、彼女は他の神が抱える問題に、わざわざ自分の力を行使したのだ。

 神らしくない。

 だが、天照の本気であった。ずいぶんと九十九を気に入っていたのは知っている。湯築屋や、シロの存在についても興味を示していた。だからこそ、彼女は湯築屋の常連として居着いているのだ。


「儂が……」


 今すぐに、九十九を救い出す方法ならわかっている。

 シロが天之御中主神との対話を済ませ、九十九に手を差し伸べることだ。それが単純で、迅速な解決方法だろう。

 天照が求める答えだ。


「シロ様、大丈夫ですか?」


 顔色でも悪かったのだろうか。小夜子が心配そうにシロをのぞいている。ふと、その表情が九十九に重なって思えて、急に物寂しくなった。

 シロは九十九を救う方法に気づいている。

 だのに、それを即断で実行できない。そのような己に愕然としてしまう。


「なにかお手伝いできるなら、おっしゃってください」


 これは、シロの問題だ。シロの問題に九十九を巻き込み、天照に選択を突きつけられている。従業員まで巻き込むわけには――。

 顔をあげたシロの目に、従業員たちの姿が映る。

 みな、小夜子と同じだ。シロのために協力するつもりでいる。

 シロに、そのような価値があるのだろうか。

 従業員を巻き込んで、選択して――また間違わないとも限らない。

 怖いのだ。

 シロは間違えた。

 またくり返してしまうのが恐ろしくて堪らない。そのせいで、問題を先送りにし、九十九への答えも出せずにいる。

 責任などとれない。


「九十九……」


 無意識のうちに九十九を求めていた。神の端くれだというのに、ひどく情けない声だ。この場で、一番しっかりせねばならないのは、シロだというのに。

 けれども、名を呼んだことで一気に意識が九十九へ向かう。

 九十九は……いつもまっすぐだ。

 一生懸命に、客の要望に応えようとする。全力でぶつかって、満足させようとするはずだ。

 九十九ならば。

 ここは湯築屋。天照は客だ。九十九ならば、天照の想像を超える方法で、要求を叶えようとするだろう。

 ただ欲しいものを与えるのではない。己のやり方で、客を納得させようとする。一人ではなく、いつも周囲を巻き込んで。

 失敗や間違いを恐れず、九十九は常にやり切ってきた。

 そんな姿を見守るのがシロの役目だ。


「……天岩戸は、儂には破れぬ」


 神である以上、シロに天照の結界を崩すのは不可能だ。


「お前たちに、協力してほしい」


 天照の想定を超える〝輝き〟を見せてやるべきだ。

 まだ恐れはある。間違っているかもしれぬ。

 それでも、シロは湯築屋の主だ。であれば、相応のもてなしが必要であろう。


「天岩戸を破る」


 通用するかは賭けであった。

 なにせ、試したことがない。天岩戸など、見るのは高天原以来である。その性質は知っているが、熟知しているわけではなかった。


「ど、どうやって……」


 みなが息を呑む中、コマが不安そうに声を漏らした。しかし、どのように破るつもりなのか、期待の眼差しも含まれている。

 シロにも確信はない。

 さきほど、碧が薙刀を持ちだしたとき、天照は攻撃を止めた。

 身代金の要求を告げるため……そうではない気がする。天岩戸は鉄壁で、どのような攻撃も寄せつけぬのなら、防御の必要はない。

 天岩戸はどのような神をも寄せつけないが――相手が人ならば?

 神の力を依り代に使う八雲の術は防がなくともよい。が、碧はまったく神気を持たぬ只人だ。天岩戸を壊す力はなくとも、外観に揺らぎを生じさせた可能性はある。それを悟られたくなくて、あえて攻撃を止めた。

 天岩戸を開くのは、神ではなく人の力なのだ。


「準備を頼めるだろうか」


 シロは自分の考えを述べ、従業員たちに指示を出す。いつも見守る側なので、こういうことには慣れていない。それでも、彼らはシロのために動いてくれた。


「シロ様は……」


 一通りの指示を出し、計画を話したあと、小夜子から問われた。

 天岩戸は神の力を通さない。従業員たちの力を借りるしかなかった。

 だが、シロにはやっておくべきことがある。


「儂は少し席を外す」


 天岩戸を破り、天照の望む輝きを示す。そのためには、シロも相応の準備をせねばならなかった。


「わかりました」


 小夜子や、他の従業員もシロがなにをするのか問わない。ただ、自分たちに与えられた仕事を呑み込んでいるようだった。

 シロは踵を返して、湯築屋の庭へと向かう。他の者たちも、それぞれの役割を果たしに行った。

 

 

 

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