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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十三.天岩戸に連れ去られました!?
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14.お手伝いすると、言ったではありませんか

 

 

 


 気がつくと、身体は浮いていなかった。

 冷たい畳に寝転んだ身体の重さに、九十九は戸惑いながら頭をあげる。辺りを見回すと、天之御中主神の姿はなく、湯築屋の廊下ですらなかった。

 天照と一緒に、工作をしていた湯築屋の客室だ。まだハサミや紙が、畳に転がっている。


「天照様……」


 純白の衣をまとった少女が、九十九に背を向けて立っていた。

 誰かと話していたようだ。しかし、九十九が呼びかけると、すぐにこちらをふり返る。


「あら、若女将。おはようございます……まだ夜ですが」


 天照は、いつもとなんら変わらぬ態度で、九十九に話しかける。


「夕餉の頃合いでしょうか。お腹は空いていませんか? 箱買いした推しのチョコならございますよ」


 言いながら、天照は九十九の前に座った。どこからか取り出したチョコを並べて、「結構、美味しいのですよ」と笑っている。

 さっきまで見ていた夢は……現実だろう。

 天之御中主神が言うように、ここは天照の結界。天岩戸である。

 九十九は天岩戸に、天照と一緒に閉じ込められているのだ。シロたちは、外で途方に暮れている。


「あの」


 九十九は、気怠い身を起こし、天照の前に座る。


「どうして、こんなこと……?」


 正直、天照が怖い。

 今まで、お客様として接してきた。いや、連泊期間が長いだけに、それ以上の……家族みたいに感じている。

 そんな天照が、どうして湯築屋でこのようなことをするのだろう。九十九には、どうしてもわからなかった。

 理由もなく九十九を閉じ込めたりしないはずだ。


「あなたの神気が甘くて美味しいお菓子だから、独り占めしたくて」


 ふふ、と。蕩ける表情を浮かべて、天照は答える。

 だが、九十九は首を横にふって否定した。


「たしかに、天照様はわたしをいつも評価してくれましたけど……それ、本気で言っていたことなんて、ないじゃないですか」


 九十九の神気は甘くて上質だと、いつも評価されていた。

 けれども、それは……天照が九十九を独り占めしたいなどと、言わないのは理解している。

 あれは警告だった。気をつけておかないと、他の神や妖に喰われてしまうという。天照自身が九十九を害す気などないのは、九十九にだって理解できる。


「あら、伝わっていましたの。やはり、聡明な娘。ますます食べちゃいたいです」

「真面目に話しましょう」

「真剣ですよ」


 言葉とは裏腹に、茶化しているのが伝わってきた。すぐに真意を話しては「物足りない」とでも言いたそうだ。

 もう少し、お遊びにつきあってほしい雰囲気を感じた。

 けれども、これはお遊びではない。天照は真剣なのだとも感じている。


「では、少し別の話をしましょうか」


 九十九は話題を変えてみることにした。


「ええ、そうしましょう。籠城戦ですから、楽しみがなくては」


 天照は両手をあわせて、嬉しそうに応じる。


「天照様、今日は見たい番組などないんですか?」

「ありますよ。推しのライブ配信がございますから、本当はリアタイしたかったくらいです」

「ライブ配信より、大事なんですか」

「ああ、今さり気なく会話を誘導しました? もう、気が抜けない子」


 浅はかだったか。すぐに気づいた天照が、九十九の頭をなでた。


「わたくしは、あなたのことも推していますからね」


 いいこ、いいこ。まるで、母親みたいななで方だった。どことなく心地よくて、子供へ還った気分になる。

 天照は、九十九が子供ころから湯築屋の常連だった。宿泊名簿を見ると、もっと以前。湯築屋ができたころから遡る。本当に古くからのつきあいがあるお客様であった。


「天照様は、湯築屋をお好きでいてくれているん、ですよね?」

「ええ、そうね。好きですよ」


 迷いのない返事に、九十九は安心する。

 そんな天照が事を起こすのだから……きっと、湯築屋のためなのだと思う。


「高天原での岩戸隠れは……須佐之男命様のためだったんですか?」


 須佐之男命は、答えてくれなかった。九十九も、天照には直接聞いたことがなかった事柄だ。

 天照は、初めて九十九から逃げるように目を伏せる。だが、話をそらして煙に巻く様子はない。


「それは、それは……ずいぶんと、言いにくいことを聞きますのね」

「聞いたらいけないって気はしていました……」

「では、聞かぬ。という選択はできなかったのかしら?」


 聞かないつもりだった。

 でも、この場でしか聞けないと思ったのだ。


「いいでしょう。その面の厚さも、わたくしは好ましいと思っていますよ。あなたは、どう考えているのかしら。それを聞くくらいは許しましょう」


 あくまでも、雑談の延長線だ。天照は試すような口ぶりで、九十九へと問いを投げる。こちらが聞いているのに、逆に聞き返されてしまい、九十九は悩んだ。


「仮説でいいでしょうか」

「どうぞ」


 と言っても、思いつきだ。天照が満足する仮説ではないかもしれない。


「天照様は、豊穣の神でもあります。様々な側面をお持ちで、信仰の形も一つではございません。それは、須佐之男命様も同じです」


 九十九の話を、天照は黙って聞いてくれた。

 須佐之男命は自らの体毛を樹木に変え、日本中に植林したという伝説を持つ。つまり、木――木の神でもあった。熊野など、須佐之男命を木の神としての信仰も存在している。


「須佐之男命様は、木の神ですから……豊穣を司り、農耕を進める天照様とは性質が相反しますよね」


 人の歴史とも通じる部分がある。

 森で生き、狩猟や採取で暮らしていた人々にとって、農耕は革命だ。田畑を作って定住し、集落をどんどん拡大していった。そうやって、人々は暮らしを豊かにしていき、今現在の九十九たちの歴史へと繋がっていく。

 農耕は人間の歴史を育み、発展させた。

 だが、その対価がある。


「人は住む地を開拓しなければなりません。森を……多くの木を切って、土地を広げて、家を作っていく必要があるんですよね」


 須佐之男命は、理由もなく暴れる神ではない。

 それは湯築屋にいる須佐之男命と、直接関わっている九十九には、充分理解できた。だから、彼にも理由があって、高天原での横暴に至ったのではないかと思っている。


「須佐之男命様は、天照様に抗議されていたのですよね」


 彼が働いた横暴は、すべて天照を妨害するものだ。

 田畑を破壊したり、神事の場を穢したり、機織りの邪魔をしたり……天照が農耕の神としての行為を妨害する目的で行われたとすれば、線が繋がる。なんの脈絡もない暴力に感じるが、すべて理由があったのだ。

 木の神として、彼は天照に異議を申し立てていた。


「天照様が知らなかったはずはないと思います。だから、天岩戸に――」

「そうですわ。わたくし、逃げたのです」


 天照の声音は変わっていない。表情も、可憐な少女のままであった。いつもどおりの天照。


「須佐之男とは、争えないのです。本当に駄目ですね、わたくし」

「駄目だなんて……」

「駄目なのです、本当に」


 天照は須佐之男命に甘い。シロが「ブラコン」と呼ぶくらいに。須佐之男命がなにかしても、すぐに天照が折れてしまう。


「どうしようもありませんよね」


 須佐之男命が海原の神の任を拒絶し、根の国から高天原へ戻った際、天照は慌てふためいたとされている。天照を侵そうと、高天原に攻め込んだと勘違いしたのだ。須佐之男命は潔白を証明するため、誓約うけひを行い、宗像三女神を生み出した。


「須佐之男はただ、わたくしと話しにきたのです」

「話し?」


 天照は目を伏せたまま、抱えるように膝を立てた。


「須佐之男はね、人が嫌いだったのですわ」


 人は木を切り、森を拓いていく存在だ。狩猟していても充分に生活できるのに、自分たちのために他の生物を退け、発展を望む。そんな人間たちが、須佐之男命には忌々しく映っていたのだろう。

 そして、そこに加護を与える天照も。


「でもね……わたくしは、好きなのです。あなたたちは、神々などよりも、よほど愚かで……輝いていました。利己的で傲慢で、勘違いをしていて。弱い存在なのに、強く在ろうとする。そこには、一瞬しか見えぬ輝きが宿るのですよ」


 天照は、うっとりと目を細めながら九十九を見据え、人差し指を突き出した。


「それをわかってほしかった……ですが、わたくしは伝えられず、逃げてしまいました」


 天岩戸に。

 天照が天岩戸に隠れたのは、横暴を働く須佐之男命を恐れたからと言われている。けれども、実際は彼女が須佐之男命との衝突を避けたからであったと、天照は語った。

 天照は岩戸にこもり、須佐之男命は高天原を追放されてしまう。そして、須佐之男命は地上におりて国津神の祖となっていく。その過程で、英雄的な活躍をしていくことになるのだが……最初は人間を嫌いだったのが、九十九には意外であった。

 今の須佐之男命は、九十九にも気さくに接してくれる。発展した文明に対する苦言もない。人間が嫌いなどという素振りはまったくなかった。

 高天原から追放され、地上におりてから考え方が変わったのだろう。


「いっそ、争ってしまったほうがよかったのかもしれません」


 天照は後悔しているのだろうか。

 姉弟のつきあいは続いている。こうして、湯築屋に宿泊しているときの彼らの関係は、悪くないように思える。

 だが、若干の歪さをはらんでいた。


「須佐之男命様は……天照様と喧嘩がしたかったのでしょうか」


 争いまでは、望んでいなかった。

 しかし、須佐之男命と喧嘩ができるのは、同じ神から生まれた天照くらいだ。彼は同じ目線の神として、天照とぶつかりたかったのかもしれない。


「そうでしょうね。だから、わたくしは駄目なのです」


 わかっていたのに、天照は岩戸へ逃げた。

 最終的に、須佐之男命は天照の真意を理解しただろう。人間に対する考えを改め、手助けもしている。それは製鉄の神としても信仰されている彼の在り方からも見えた。

 だから、事態は丸くおさまっている。高天原での岩戸隠れ――二柱のすれ違いは、もう解決していた。

 しかし、互いに遺恨は残したままなのかもしれない。それが、この二柱の歪さに繋がっている。


「わたくしには、あなた方の関係に口を出す権利などないのでしょう」


 あなた方とは、九十九とシロのことだ。

 天照は九十九の顔に手を伸ばす。九十九に危害を加えるつもりはなさそうだ。


「ですが、だからこそ……お手伝いしたいのですよ」


 天照の指先が、九十九の頬をなでる。くすっぐたいけれども、優しさがじんわりと伝わってきた。

 互いの顔が近づいて、肌に吐息を感じる。

 間近に迫った瞳には、太陽の色が宿っていた。

 シロとは別種の美しさ。気を抜けば、いつまでも魅入ってしまいそうだった。


「もしかして、天照様がこんなことしたのって」


 ぼうっとしそうになる意識を保ち、九十九は天照の肩に手を置く。軽く押すと、天照はすんなりと身体をうしろへ退いてくれた。


「シロ様のためなんですか?」


 太陽の色の瞳が、ふわりと微笑んだ。


「お手伝いして差しあげますと、言ったではありませんか。わたくし、あなたのことが好きなのですよ」


 その声音はどこまでも優しく、慈愛に満ちていた。

 

 

 

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