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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十三.天岩戸に連れ去られました!?
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13.身代金の要求

 

 

 

 ――シロ様。


 九十九に呼ばれた気がして、シロは虚空を見あげた。

 幻聴だろう。そこには湯築屋の天井があるばかりで、なにもない。九十九の姿は、客室に消えたままだ。


「どうしましょう。どうしましょう!」


 足元で、コマがチョロチョロと左右に走っていた。トットットットッと、小刻みな足音が響き続ける。


「はっ……そうです。いいこと思いつきましたー!」


 すると、珍しくコマは表情を明るくしながら立ち止まる。なにか妙案が浮かんだようだ。一応、聞いておこう。


「天宇受売命様をお呼びして、舞っていただきましょうっ」


 天照は、いつも通販で買った荷物を受けとる際、部屋の前で従業員に踊らせている。なによりも、天宇受売命が好きで推していた。天照の元祖推しと言ってもいいだろう。天宇受売命が舞えば、さすがに出てくるのではないか? という案であった。


「受売命ちゃんなら、呼べばすぐ来るけどさ……なんか、そうじゃねぇと思うんですよね」


 コマの案に、須佐之男命は首を傾げていた。


「根本的な解決になってねぇっていうか。うーん、なんて説明すりゃあいいんですかね。姉上様は、なにか理由があっておこもりしてるんじゃねぇんですか? それを解決してやらねぇと……理由もなく、こんなことする神じゃないんですよ。あの方は」


 須佐之男命の言い分は釈然としないが、直感だけはしているようだ。

 シロも、同意だった。

 天照はただこもっているのではない。なにか理由があるはずだった。ならば、出てくるのにも、解決が必要だろう。

 それはシロにもわかっていた。

 だが、なにもつかめない状態では、どうすることもできない。ただ途方に暮れているだけだ。

 これでは、埒があかない。

 焦りばかりが先行して、なにもできなかった。


「シロ様、おさがりください」


 碧が物々しい形相で一声発する。臙脂色の着物は襷掛けにし、頭には鉢巻き。刃の光る薙刀を持って現れていた。


「お客様と言えど、若女将が中にいる以上、看過できません。私は登季子から、あの子を預かっているのです」


 殺気を放ちながら言い切る碧を止められる者はいなかった。神でも開けられぬ戸に挑む気迫は、さながら武者である。

 九十九の修行のため、登季子はしばらく湯築屋に留まっていた。だが、あいにく、昨日のタイミングでどうしても行きたい営業先があると、飛び出したばかりである。登季子不在の今、碧が九十九を預かっていると言えるだろう。


「ひ……やっぱ、あの人間おっかねぇわ」

「お前は戦いの神でもあったはずだが」


 声を裏返す須佐之男命に、シロは冷ややかな目を向けてしまった。


「やぁぁぁああッ!」


 碧が叫びながら、薙刀をふりおろす。刃は閃光のごとき煌めきを放ちながら、客室の木戸を両断せんと軌道を描く。


「――――ッ!?」


 だが、碧がふった刃は宙でピタリと止まる。

 なんらかの力が干渉した。

 否、神気の流れがある。


「みなさま、ごきげんよう」


 可憐な少女の声が響いた。

 客室の扉は開いていない。ただ、木戸が鏡、いや、モニターのように変化していた。縦長の画面に、天照の姿が映し出されている。純白の衣をまとい、肩に羽織った領巾が翼みたいに広がっている。

 小竹葉の手草を持ちあげて、天照はうっとりとした笑みを浮かべた。


「天照」


 名を呼ぶと、呼応するように天照は笑い声を転がした。


「ずいぶん、慌てていらっしゃいますね」

「どういうつもりだ。なにをしているのか、わかっておるのか」


 シロの声に怒気が含まれていく。それなのに、天照は動じる素振りはなかった。むしろ、愉しむかのように、シロを見つめている。


「犯人からの要求を告げに参りました」


 涼しい顔で告げられて、シロは眉根を寄せる。他の者も同じであった。

 ただ、天照だけは堂々としている。


「ほら、わたくし誘拐犯ですので。要求を述べておかねば」


 事もなげに主張しながら、天照は自らの胸に手を当てる。


「ふざけるな」


 シロは客室に触れようと手を伸ばす。が、神であるシロは、天岩戸に触れることすら叶わない。弾かれるように、拒まれてしまった。


「大真面目ですよ」


 天照はうっとりと、表情を蕩かせていた。


「大丈夫。若女将には危害を加えておりません。加えるつもりもございません」


 そう言って示したには、畳のうえで眠る九十九の姿であった。両目を閉じ、ぐったりとしている。


「九十九!」


 シロは思わず声をあげ、前に出る。しかし、天岩戸に阻まれて、それ以上進めない。

 まさか、自らの結界内で、このような事態になるなど考えてもいなかった。ここを訪れる神々は、みなシロと天之御中主神を同一視したがる――否、同一の存在だ。シロや湯築屋を害したり、このように結界を張ろうとする者など皆無であった。日本神話の神々なら、特にそうだ。

 客室の壁さえ抜ければ、九十九はすぐそこだ。

 ここはシロの結界なのに。

 こんなに近くにいるのに。

 結界の外であれば、シロは無力だ。しかしながら、結界の内側にあって、このような事態になるなど、想定していなかった。

 どうして。


「人質を返してほしければ、身代金をご用意ください」


 シロの気を知ってか知らずか、天照の態度は変わらなかった。まるで、テレビのアナウンサーにでもなったかのような流暢な口調で、身代金などと宣っている。

 こちらの神経を逆なでしたいのだとわかった。

 挑発。否、挑戦。

 天照は遊びを装っているが、本気だ。でなければ、周到に天岩戸を発現させたりはしない。宝厳寺で九十九との会話を遮断したのも、客室に二人の状況を作ったのも、シロの結界に穴を空けるためだ。

 ふざけてなどいない。

 天照は本気で、シロに挑んでいた。


「身代金とは」


 問うと、天照は不敵に表情を作った。


「わたくしからの要求は、ただ一つです」


 可憐な少女のようでありながら、凜と気高い孤高の花。しかしながら、慈しみに満ちた母性と、相反する魔性の魅惑を兼ね備えている。

 決して、神は一面で語ることはできない。

 天照大神も、そのような神の一柱であった。


「あなたの輝きを見せてくださいませ」


 要求は単純であった。

 そして、天照が常に求めているものだ。

 彼女が要求しているのは、高天原での岩戸神楽ではないのだろう。もちろん、宅配の荷物を届けるときの舞でもない。


「楽しみにしておりますよ」


 天照の求める輝きを。

 彼女が常に愛しているのは――。

 シロの眼前で、天照の顔が消える。なんの変哲もない、客室の木戸へと戻っていた。

 辺りが静まり返る。

 

 

 

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