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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十三.天岩戸に連れ去られました!?
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11.天岩戸

 

 

 

 だのに、突然それは現れた。


「九十九……!」


 このように取り乱すなど、ありえない。だが、シロは九十九の名を呼んで、縁側から立ちあがっていた。

 神気を使い、石鎚の間へと飛ぶ。


「天照! 開けよ!」


 石鎚の間は、現在、シロの結界を遮断した環境にある。

 九十九がなにかサプライズをするため、そうしていたのだ。天照も一緒だったので、案ずる必要はないと考えた。第一、ここは湯築屋だ。石鎚の間のみを遮断したところで、その周囲はシロの領域である。外敵なぞ近寄るはずもなかった。

 ゆえに、これは想定外だ。


「どうしやがりました! なんで、急に……は?」


 須佐之男命がシロを追ってきた。彼も状況が呑み込めていなかったが、部屋の前へ来て、驚愕の色を浮かべる。

 状況を把握した――否、ますますわからなくなっていた。

 そこに出現した神気は、シロの結界とは別種。石鎚の間であった場所は完全に隔絶され、別の神気によって支配されている。


「天岩戸……?」


 ここは湯築屋の客室ではない。

 天岩戸と化していた。


「なんだって、こんなことになってやがるんです。おーい、もしもし姉上様? いらっしゃいますよねー?」


 須佐之男命が慌てて中へと呼びかけた。当然、室内からは沈黙が返ってくる。


「どけ!」


 シロは須佐之男命の肩をつかんで退ける。右手で障子に触れると、紛うことなき天照の神気を感じた。

 ありったけの神気を掌に流す。

 呼応するかのように、空気が震えた。神気が迸り、可視化できるほどの濃度を得る。さながら稲光の閃光が発生し、客室の木戸へと迫った。

 だが、シロの放った閃光はいとも簡単に退けられる。というよりも、完全に無力化されていた。


「なにやってんですか。姉上様よぉ!」


 須佐之男命が叫びながら、客室の戸を引いた。木戸は開くどころか、まったく動きもしない。まるで、壁に描かれた絵だ。

 天岩戸。

 高天原で、天照がこもった〝結界〟だ。

 古事記ではこの現象を岩戸隠れと呼称している。

 天岩戸は現実に存在しているわけではない。天照が自ら陣を決めて張る結界の名称であった。

 シロの結界に似ていると言えば、似ている。すべての神が持つ神気を弾き、寄せつけない性質を持っていた。神であれば、何人なんぴとたりとも天照の結界を破ることは叶わない。

 しかも、天照が「ここを岩戸とする」と決めれば発動してしまう。大変に厄介な性質であった。

 シロの結界に劣る面と言えば、範囲が極端に狭いこと。まさに、客室一室分程度にしか作用しない。だが、すべての神気が弾かれるのは、神であるシロにとっては天敵とも言えるだろう。

 その結界を……よりにもよって、湯築屋で張った。

 本来なら不可能だが、今回は九十九のサプライズという名目で、部分的にシロの干渉を遮断している状態だった。

 つまり、結界に穴ができていた状態だ。そこを突き、天照は自らの結界を張ったことになる。

 なんのために。


「九十九……」


 湯築屋の結界内に、九十九の存在は確認できない。結界の外へ出た気配もなかった。

 まだ天照と共にいるはずだ。

 天岩戸の中に。


「どうされましたか!」


 物音を聞きつけ、番頭の八雲が血相を欠いて走ってきた。碧とコマも、遅れて駆けつける。みな、何事かと困った様子であった。

 シロは天岩戸と化した客室を睨みつける。


「いや、その……姉上様がさ」


 シロがなにも言わないためか、須佐之男命が従業員たちに状況を説明した。珍しく空気を読んでいる。

 その話を聞いて、みんな動揺していた。

 まさか、シロが湯築屋にいて、このような事態になるなどと、誰も想像していなかったのだ。無論、シロ自身も。


「あ、あ、あの……天照様がお隠れになったら、太陽はどうなってしまうんですか? ま、まさか……」


 コマが青い顔で問う。


「そこのところは、たぶん心配ねぇんじゃないですかね。今は夜だから、すぐにどうこうってこともない。朝にならねぇとわかんないけど……ここは結界の内側だから、外界の太陽が隠れるなんて話には、ならないはずですよ。たぶん」


 須佐之男命の言うとおりだったが、絶対という保証はなかった。仮に大丈夫だったとしても、岩戸隠れが長期間に及んでしまうと、気象異常など影響が出る可能性がある。

 しかし、シロの頭にはもう、そのような心配をする余裕が残されていなかった。

 天照と共にいるのは九十九だ。

 九十九が囚われている。


「須佐之男、またお前がなにかしたのではないのか」


 シロは糾弾の目を須佐之男命に向けた。


「え、ええ!? 俺? いやー……なんも、心当たりがねぇんですが……いや、ないこともないか。雑誌にラクガキしたくらいじゃ、怒んない、ですよねぇ? 姉上様が怒るようなヘマはしてない、はず……たぶん。いや、本当ですって」


 須佐之男命は慌ててで目を泳がせていた。

 いつもの心当たりがありすぎるが、決定打はないと言った態度だ。普段から無自覚に他者の地雷を踏み抜いているので、本当にわかっていないだけかもしれないが。

「中に若女将もいらっしゃるのでしょう? 早く出してあげなければ……」

 八雲も心配そうにしていた。彼も風に室内の様子を探らせたようだが、失敗する。風神、志那都比古神の力を借り受ける術では、天岩戸に弾かれてしまう。

 こうなると、手が出せない。

 八方塞がりの状況に、誰もが押し黙るしかなかった。


 

 

 

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