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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十三.天岩戸に連れ去られました!?
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10.突然

 

 

 

 九十九の身の回りで起こる出来事ならば、シロはたいてい把握していた。

 湯築屋内でのことはもちろん、外の様子も。だいたいは使い魔を用いて観察している。遠くから見守っているが、会話も聞こえていた。無論、九十九が「聞かないでください!」と言っているときは、配慮する。


「お手伝いしましょうか?」

「え?」


 この日も、使い魔で九十九の見守りをしていた。雪の宝厳寺での撮影会だ。あーあ、儂も交ざりたい。SNSとやらでは、動物の写真も人気だというのに、何故なにゆえ、モデルにしてくれないのだ。

 猫の姿で背伸びしながら、シロはそのようなことを考えていた。と言っても、シロ本人は湯築屋にいて、使い魔は目の役割だ。監視カメラ複数台あり、モニターをのぞくようなものだと、九十九には説明していた。ドラマの刑事物みたいで、かっこいいであろう。


「なにをするおつもりですか?」


 天照と九十九が話している。聞くなとは言われていないので、シロは聞き耳を立てていた。

 またなにか楽しげなことをするらしい。しかも、シロのためときている。これは期待してしまうではないか。湯築屋にいるシロの尻尾が、無意識のうちに揺れていた。


「――――」


 だが、不意に使い魔の視界が遮断されてしまった。九十九たちの声も聞こえない。

 シロは不審に思い、意識を集中させた。使い魔に、なにかったのだろうか。


「まあ! それなら、しっかり準備しなくてはなりませんね。なおさら、お手伝いします」


 けれども、ほどなくして元通りになった。使い魔を通して、シロに視界も会話も共有される。

 肝心な部分は聞き逃したが……。

 一瞬、天照がシロの使い魔を顧みた。

 彼女の仕業だろうと想像がつく。九十九は気にしていないようだが、わざと会話を聞かせないようにしたのだ。

 サプライズというものを演出しているつもりなのか。とにかく、シロには九十九たちがなにをする気なのか、わからないままである。

 シロも特に注意を払っていなかった。

 それよりも、九十九たちがなにをしてくれるつもりなのか、楽しみのほうが勝っている。九十九たちが帰宅して部屋を貸し切りたいと言っても、シロは二つ返事で好きにさせた。




「なあ、なあ。聞きやがれくださいよー!」


 多少は機嫌がいいので、須佐之男命の騒々しい話にもつきあってやろうと思った。九十九たちの準備を待つ間の退屈凌ぎになるだろう。暇つぶしである。


「今度はなんだ。また天照となにかあったのか」


 シロが縁側に腰をおろすと、須佐之男命も隣に並んだ。湯築屋の浴衣を着ているせいか、いつもの時代錯誤感が薄い。


「これ、姉上様の〝推し〟ってヤツなんですが」


 須佐之男命が出したのは、雑誌であった。くるくるに丸まっており、端がボロボロだ。懐にでも入れて歩いていたのだろう。

 表紙のアイドルは、たしかに天照が推している人間だった。これがなんだというのだろう。シロは腕組みしながら、首を傾げた。


「こういう顔が好きなんですかね。俺には、さっぱりよさがわからねぇんですか、ここを……こうしたら……」


 須佐之男命は、一人で勝手に話を進めていく。持参していた細いマジックペンで、アイドルの顔に線を入れはじめた。眉を太く雄々しく、首や顎にも整形を施す。


「ほら、俺にそっくり!」

「そこまで改造してしまえば、儂でも似ると思う」


 なにを言うのかと思えば、またくだらぬ。

 九十九はシロを駄目神様とか呼ぶが、そこらによっぽど駄目なのが転がっている。平均値くらいはとれていると思うのだがな。


「そうですかねー!」

「そうだろうよ。あと、推しの顔に手を加えたと天照に知れれば、発狂されるぞ」


 キーキーと喚きながら須佐之男命を叱りつける天照が目に浮かぶ。

 だが、おそらくすぐに許すのだろう。雑誌など、もう一冊買えばいいとかなんとか言いながら。

 昔から、天照は須佐之男命に弱い。高天原で暴虐を働いても強く出られず、岩戸に引きこもるのを選択してしまった。まったく怒らないわけではないが、最終的に折れるのは、たいてい天照である。

 この二柱も、難儀な関係だ。

 シロが他人のことなぞ、言えた口ではないのかもしれないが。


「そういや。昨日、若女将様とばったり会いまして。あ、知ってやがりますよね、さすがに?」


 把握している。

 湯築屋の結界で起こるすべてが、シロには見えていた。夜中に九十九が須佐之男命と話していたのも知っている。特に害とはならないので、わざわざ口出す必要はないと思っていた。


「なんて言えばいいのやら。あの子、こっちの痛い部分に土足で踏み込む、面の厚さがありやがりますよねぇ」


 須佐之男命は、胡座をかきながら嘆息した。同意を求められ、シロは反射的に押し黙ってしまう。


「でもって、踏み込まれても痛くないというか、許せちまうから、ちょっと始末が悪いんだわ」


 シロはなにも言い返さなかった。

 同意も、否定もしない。

 だが、心の内では須佐之男命の評価が正しいと感じている。

 九十九は誰とでも距離を詰める娘だ。懐に入りこみ、こちらの触れられたくない部分に押し入ってくる。

 しかし、傷つけるのではなく、優しくなでていく。

 他者の傷を見て、平気でいられる娘ではないのだ。そして、他者の傷に呑まれず、受け止める強さがある。

 だから許せるし、心を開いてしまう。

 こちらが自らを許せていなくても、心を開いてしまいそうになるから……始末が悪い。須佐之男命の論がシロには理解できて、余計になにも言えなかった。


「お前と一緒にされたくはないがな」


 だが、これくらいは言っておきたかった。こんな駄目男神から同類認定されるのは癪である。

 シロがぽつんと言うと、須佐之男命が「へへっ」と笑った。


「そうっすかねー?」

「一緒にしてくれるな。さっさと、あっちへ行け」


 シッシッと、手で払う動作をするが、須佐之男命は動こうとしない。


「だいたい、お前のと儂のは、性質がまったく――」


 言いかけて、シロは妙な感覚に陥った。


「どうしやがったんです?」


 シロの異変を察して、須佐之男命が問う。だが、シロは違和感の正体がすぐにはわからず、返事ができなかった。


「なん……」


 わからぬ。

 湯築屋の結界は、すべてシロが掌握している。天之御中主神ですら、シロが権限を与えなければ開くことはできない。ここではシロが絶対であり、神々が逆らうことなど不可能だ。


 だのに、突然それは現れた。

 

 

 


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