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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十三.天岩戸に連れ去られました!?
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5.つーちゃんの夢

 

 

 

 視界がふわふわとしている。

 目の前で左右に揺れるのは白い尻尾だ。

 九十九は、じっと見つめてタイミングをうかがう。そして、小さな手足で踏ん張って、大きな尻尾に飛びついた。

 バッと、両手で尻尾をつかむ。すると、藤色の着流しをまとった背中が、こちらをふり返った。


「シロ様、見っけ!」


 屈託なく笑う九十九の声は、甲高かった。

 その段になって、九十九はこれが夢だと気がつく。月子との修行の夢ではない。九十九が幼かったときの思い出だった。


「九十九、危ないではないか」


 幼い九十九の頭を、押さえつけるようになでたのはシロだった。自分の身体が小さいせいか、いつもよりも大きくてたくましく感じられる。

 シロは、まるで子猫かなにかみたいに、九十九の身体を抱きあげた。そして、膝のうえに、ちょんとのせる。


「一人でのぼってきたのか」


 湯築屋の庭を見渡す景色。

 シロがいつも座っている、湯築屋で一番高い樹だった。湯築屋の庭は、シロの幻影で造られている。しかし、この樹だけはいつもここにあった。季節によって、種類だけは変わるので、やはり幻影なのかもしれないが。

 今日は緑の葉に、赤い実をつけた千両の木だ。クリスマスの季節だからだろう。


「だって、シロ様はいつも、ここにいるんだもん。つーちゃんは、シロ様のお嫁さんなんだから、一緒にいなきゃ」


 九十九はシロを探して、樹に登ったのだと主張した。五、六歳の時分だろう。まだシロとの関係も理解していないのだろう。まだ「わたしはシロ様のお嫁さん」という単語に振り回されているように思えた。

 今考えると、こんなことを言っていたのか……と、恥ずかしくなる記憶だ。消してしまいたい。だが、夢の中の九十九は無邪気で、止まることを知らなかった。


「儂は、九十九を縛ったりはせぬよ」


 シロは優しい声音で、九十九の髪を梳く。その様が、一抹の寂しさをはらんでいる気がした。

 湯築の巫女は、代替わりと同時にシロへ嫁ぐ。それは湯築屋がはじまってからの取り決めだ。だから、シロは巫女に隷属を強いていないし、好きにさせたいと考えている。そのように話していたのを、九十九はなんとなく思い出した。


「シロ様は、つーちゃんがきらいなの?」


 幼い九十九は、無垢に首を傾げていた。今と違って、シロと目線をあわせるのがむずかしい。


「つーちゃんは、シロ様がいてくれると、さみしくないの」


 九十九は細い足を、ぶらぶらと揺らす。


「お母さん、お家に帰ってこないし……お父さんはやさしいけど。シロ様は、つーちゃんといつも一緒にいてくれるから、すき」


 わたし、こんなこと考えてたんだっけ……自分の記憶なのに。


「シロ様は、ひとりにしないでいてくれるもん。旦那様だから」


 まだお嫁さんとか、旦那様の意味も理解していない。漠然と、シロを「一緒にいてくれる存在」だと認識していたようだ。

 恋や愛という感情は、まだ知らない。それに気づいたのは、もっとあとだ。

 それでも、このころの九十九にとっても、シロの存在は大きかった。

 忘れていた感情だ。でも、こうやって夢で見ていると、思い出してくる。

 シロはしばらく黙っていたが、やがて、ふわりと九十九の肩を抱いた。


「嗚呼」


 九十九の身体が小さいので、包み込むような形であった。幼い九十九は、単純にそれが温かくて、嬉しそうに頬ずりしている。

 しばらく、忘れていた時間だ。

 懐かしくて、温かくて……でも、一抹の寂しさがわき起こる。


「…………」


 ふんわりと、視界がぼやけて身体を動かすと、九十九は布団の中で寝返りを打っていた。どうやら、覚醒してしまったようだ。

 いつもは、他の夢を見ていても、そのまま月子が現れたり、朝まで眠っていたりする。だが、今日は睡眠が浅かったようだ。




「んぅ……」


 九十九は、なんとなく目が冴えて身体を起こす。窓の外には藍色の空が広がっている。純和風の部屋には、使い古した学習机が置かれ、壁の時計は午前二時を示していた。

 昨日と一昨日は、京たちと一緒に客室で寝た。自分の部屋を空けたのは二日ほどなのに、なぜか久々の光景に感じる。

 昔の夢なんて、あまり見ない。

 どうして、いまさら。夢に意味など求めるものではないかもしれないが、九十九はなんとなく布団から這い出る。

 窓から湯築屋の外観をながめられた。九十九たちの住む母屋は、庭を挟んで離れた位置にある。木造二階建てで、普通の民家という趣きだ。

 視線を移動させると、湯築屋の庭にそびえる大きな樹が確認できる。

 夢で九十九とシロが枝に座っていた。シロは独りになりたいとき、いつもあの樹にのぼっている。


「あ……」


 樹の幹で、影が動いた。誰かがいるようだ。

 シロだろうか。

 九十九は、そろりと立ちあがった。シロがあそこにいるのはいつものことだが……なんとなく、夢が気になってしまう。

 夢は自分の深層心理を映す鏡だ。そういう解釈のほうがしやすい。

 だが、九十九にとっての夢は、違う気がする。夢は月子や天之御中主神と繋いでくれる架橋だ。シロの記憶を見たのも、夢だった。

 古来は、夢に他者が出てきた場合、「その相手が、自分のことを強く想っている」と解釈したらしい。他者の夢に出るほど、念が強いという考え方だ。また、夢は神からのお告げとしても信じられていた。

 まったく現代人的ではない。だが、あながち間違ってもいないと思うのだ。

 九十九にとっての夢は、他者との繋がりだから。

 

 

 

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