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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
弐.引き籠りの神様は、だいたい強いんです!
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11.気にしますよ

 

 

 

 池に咲く蓮の花。

 円い葉に溜まった水滴が滑り落ち、水面に波紋を作った。


「シロ様は、怒ってると思ってました」


 客室を出て、九十九はシロに問いかけた。

 シロは問いに対して立ち止まり、九十九の方へ向き直る。


「愚問だ、儂は怒っているとも。我が巫女が危険に晒されたのだ。儂の領域であればまだしも、面倒な出張までさせおって……怒らぬはずがなかろう」

「そ、そうなんですか。いや、まあ、ですよね。やっぱり思った通りな感じでした」


 あ、やっぱり怒ってたんだ。

 九十九は苦笑いする。

 シロは不機嫌そうに腕組みし、顔をズイと九十九の方へと近づけてきた。慣れているとはいえ、あまり綺麗な顔を間近で見ると多少は緊張する。


「あ、あの、シロ様?」

「なんだ。口づけて欲しいか?」

「違いますって」

「儂は今、気が短い。端的に申せ」

「あからさまに機嫌悪くなりましたね……その、ありがとうございました」


 九十九はさり気なくシロから物理的に距離を取りつつ、目線を反らした。


「好きにさせてもらって、感謝してます。助けてくれて、ありがとうございました……あと、わたしのために結界の外へ出向かせてしまって、すみません」

「あれは八咫鏡を使って結界を切り取ったのだ。別に、儂自身は結界の外へなど――」

「いや、それは知ってます。天照様から聞きました……そっちじゃなくて、最初に五色浜で堕神に襲われたときです……あれって、シロ様だったんでしょう?」


 やはり、最初に五色浜で九十九と京を助けてくれたのはシロだと思う。

 みんな隠していたが、なんとなくわかった。

 神気や見た目が違っていたような気もしたが、腕に抱えられたときの感覚は変わらない。シロ以外にはありえないと、本能的に感じ取っていた。


「否、あれは……違う。儂ではない」

「そんなはずないです。シロ様でしたよね。なに格好つけてるんですか? 別にシロ様が結界の外ではあんまり強くないって知ってるし、ちょっと撤退したからって――」

「違う。儂では、ない」


 どうして否定するのだろう?

 九十九は不思議に思って、首を傾げる。だが、シロは九十九と目を合わそうとしなかった。


「儂では……ないのだ」

「でも、じゃあ誰が……?」

「それは」


 シロが拳を握り締めたまま押し黙る。

 沈黙。


 なんとなく、それ以上、追及してはいけない気がした。


「なんで」


 なのに、


「なんで、隠すんですか?」


 聞いてはいけない。

 そう感じながらも、九十九は答えを求めてしまった。

 言ってしまった後に後悔したが、遅い。


「わたし、羨ましかった」


 羨ましいと思った。

 小夜子と蝶姫を見て、九十九は素直にそう思った。


「人以外の存在とも、あんな風にわかりあえてて……わたし、羨ましいって思いました。シロ様のこと、わかりたい。わたしのこと、わかってほしいって」


 独善的で汚い感情だと思った。


 ――神である儂に、人の在り方を求めることは……酷ではないか?


 きっと、一番理解していないのは九十九の方だ。

 神と人は、その在り方が違う。九十九が望むようにわかりあうことなど、できないのかもしれない。小夜子たちが友として在れるのは、蝶姫が元は人の鬼だからだ。根本的にシロとは違う。

 自分の尺度でしか物事を見られていない。

 わかり合いたいはずなのに。


 わかってる。

 わかってるよ。

 でも、


「なにを隠しているのか知りませんけど……わたし、シロ様のこと信じられないです」

「九十九」

「わたし、最低ですね。きっと、巫女に向いていないんです」


 わかりあいたいと言いながら、相手のことを想っていないのは九十九の方ではないか。

 きっと、隠しているのには理由がある。

 でも、シロのことを信じて待ってあげられない。


「ごめんなさい。忘れてください」


 顔を隠すように、九十九はシロに背を向ける。

 そのまま逃げてしまおうと、磨き抜かれた廊下を走った。


「――――ッ!」


 それは、予想外のことで。

 九十九の身体は思いがけず、動きを止めた。

 後ろから強い力で抱き締める腕に捕らえられて、それ以上前へ進めない。


「…………」

「…………」


 痛い。ギリッと腕の骨が軋むくらい、痛い。

 涙も出そうだった。

 否、涙は痛いからではない。


 シロの腕はいつだって温かい。

 九十九を包むような神気が心地良くて、つい甘えたくなる。甘えても良いと思える。

 たぶん、夫や恋人の温かさとは違う。

 きっと、それは九十九がシロとの距離を感じる要因の一つで――シロにとっては当たり前の温かさ。

 どんなに近くにいたって、シロは神様(・・)だから。


 でも、今は違う……変。

 いつもと、違う。


「すまぬ」


 戸惑ったまま拒めずにいた九十九が声を発するより先に、シロが言った。締め上げるように抱き締められていた腕からスッと力が抜け、身体が自由になる。

 闇の中へ独り放り出されたような感覚に陥りながら、九十九はゆっくりシロを見上げた。


「つい」


 九十九が顔を見る前に、シロは踵を返した。

 今度はシロの方が九十九から逃げようとしている。そう悟って、手を伸ばした。


「九十九が儂から離れるのが……嫌だっただけだ。気にするな。すまぬ」


 藤色の羽織に手をかける。

 だが、宙を掴むような感覚と共に、シロの姿が消えてしまう。霊体化して姿を隠したのだ。

 手に残るのはシロの温かみを宿したままの羽織だけ。


「……気にするなって」


 藤色の羽織は綿毛のように軽く、重量をまるで感じさせない。


「離れるのが嫌とか、気にするようなこと言って行かないでよ……」


 いつもは割と平気なのに。

 何故だか最後のセリフが気になって、顔面が赤く染まるのを感じる。それを隠すようにシロの羽織で顔を覆うと、ほのかな油揚げの香りが鼻孔をくすぐる。

 

 

 

 第2章、ここで完結です。

 第3章が書け次第、更新します。なにかありましたら、感想でも活動報告でもTwitterでも受け付けます。

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