4.tokaの活躍
ぜんざいを堪能し、身体も温まったころ。
なんとなく、遊び疲れた雰囲気が漂っていた。五人同じ部屋にいるのに、だらだらとなにをするでもなく過ごしている。
こういう時間も悪くないものだ。一緒にいる間、ずっと話している関係も疲れる。九十九も、温州みかんの皮を剥きながら、ぼーっとテレビをながめていた。隣の小夜子も、同じ過ごし方である。
燈火は部屋の隅で、一眼レフの液晶をいじっていた。今日撮った写真を整理しているのだろう。たくさん撮るので、小まめに管理したいと話していた。
「もし」
襖の向こうから、呼び声がした。鈴みたいに美しい少女の声だ。
「どうされましたか?」
顔を見なくとも、声でわかる。湯築屋の長期連泊常連客の、天照大神だ。もはや、同居人と呼んでも差し支えない。
九十九が襖を開けると、天照がお行儀よく座っていた。平安貴族のような十二単をまとっている。そのときどきによって、天照は装いを変えるが、湯築屋の中では基本的にこの出で立ちだ。本人いわく、「横に広がる衣は、雰囲気が出るでしょう?」とのこと。形から入りたがる神様は、案外いらっしゃる。
「こちらに、tokaさんがいると小耳に挟みまして」
tokaは、燈火のSNS上の名前だ。松山の美しい写真を投稿し、多くのフォロワーから支持を得るインフルエンサーであった。燈火は謙遜するが、インターネット上では絶大な人気を誇る。
一方の天照は、インターネットに明るい神様だ。一時期はアフィリエイト収入で荒稼ぎしたと聞く。現在はライブ配信者として活躍中だった。趣味はアイドルで、いつも自分専用にカスタマイズした客室にこもって、推し活に勤しんでいる。
そんな天照としては、インフルエンサーの燈火は気になる存在なのだろう。
「ぼ、ボクですけど……」
燈火がびっくりした様子で答える。まさか自分が神様から呼ばれるとは思っていなかったようだ。隣でとぐろを巻いていたミイさんが、チロチロと舌を出している。
「まあ。個性的な乙女……はじめまして。天照と申します」
「あ、あ、あ、あ、あ、あまてらす……さま……」
日本神話に明るくない燈火でも、さすがに天照の名前は知っていた。
京も、「マジか」とあんぐり口を開けている。いや、京さん。あなた、高校のときに「天照大神」を、「てんてるおおかみ」と読みあげた猛者ですよ。忘れましたか。九十九は、あえて指摘しないでおいた。
「いつも、お写真拝見しております」
天照は涼しい笑みで、室内へと進み出た。燈火は慌てて、正座で姿勢を正す。なぜか、ミイさんも身体を伸ばした。
「燈火ちゃん。天照様は優しい神様だから、緊張しなくていいよ」
「そうですわ。取って食べたりしませんよ」
天照は「ふふ」と、蜜みたいな笑みを燈火に向ける。
次の瞬間、天照の引きずっていた十二単が宙に浮く。みるみるうちに、純白のワンピーズ姿に変身してしまった。髪も、赤いリボンでツインテールにまとめあげている。
おそらく、燈火が緊張しているので、服装を現代にあわせてくれたのだろう。こういう柔軟性がある神様だった。
燈火は驚いて目をパチクリ見開いていたが、さきほどよりも表情がやわらかくなる。
「お写真の相談がしたくて。ぜひ、わたくしに輝きをわけていただけませんか? それがあなたのカメラですか。よろしければ、機種を教えてくださいな」
矢継ぎ早に質問されて、燈火が混乱している。だが、やがてポツポツと、カメラの機種やレンズの種類について答えはじめた。
「フィルターは、なにを使用していますか。既存のものだと、画質が安定しないでしょう?」
「それは、SNSによって使いわけしてて……ホーム見たときの統一感が大事だから、好みのフィルターで……いいと思います」
「なるほど。あら、綺麗な夜景ですわね。見せてくださる? やっぱり、スマホのカメラでは、こうはいきませんわ」
天照と燈火の会話は、どんどん弾んでいく。最初は戸惑っていた燈火だが、好きな話ができて嬉しいのだろう。どんどん顔を紅潮させ、興奮していくのがわかる。
燈火はコミュ障を自称しているが、適応力はとてつもなく高い気がしていた。こうやって、天照ともすぐに打ち解けてしまったし、ミイさんとも仲よくしている。九十九とで会うまで、他者との接し方に悩んでいただけだろう。
「よろしかったら、一緒に写真を撮りに行きましょう!」
「ぼ、ボクなんかでいいんですか……?」
「ええ。わたくしは、あなたの輝きに興味があります。そうね……撮影場所は、若女将にでも選んでいただきましょうか」
突然の指名を受けて、九十九はみかんで噎せる。どうして、そこで九十九に白羽の矢が立つのだ。燈火と天照で好きな場所へ行けばいいではないか。SNS映えしそうな場所なんて、九十九の感性ではパッと思いつかない。
しかし、燈火も天照も、こちらに期待の眼差しを向けていた。小夜子もにこにこと見守るばかりで、助け船を出してくれそうな雰囲気ではない。将崇は、門外漢のせいか華麗にスルーを決め込んでいた。
「ねえ、京。なにかない?」
「なーい。わかんなーい」
地元民なのに、酷い。京は完全に他人事の顔で、にこにこしている。鬼か。
「えーっと……考えて……おきますね?」
九十九は顔を引きつらせながら、返答した。
なんか、あったかなぁ……二人がまだ行ってなさそうな場所。




