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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十三.天岩戸に連れ去られました!?
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3.結界とシロ

 

 

 

 飛鳥乃湯泉や道後の夜景を堪能して湯築屋へ入ると、世界が変わる。

 星煌めく冬の空は、黄昏どきの藍色に。星も月も雲も消え、なにもない空間に塗り変わった。結界の外では、隣の民家や周囲の建物が見えるはずなのに、それすらもない。

 九十九にとっては日常だが、燈火や京は口を半開きにして、この事象を不思議そうに観察していた。

 門から日本庭園を進むと、近代和風建築の建物が見える。道後温泉本館とよく似た外観だが、どことなく雰囲気が異なる。窓に浮かびあがる花札柄の障子や、ぎやまんガラスの輝きがまぶしい。

 燈火が、うずうずとした表情で一眼レフをにぎっている。写真を撮りたいのだろう。しかし、湯築屋の写真はSNSにはあげられないので、料理以外はご遠慮していた。だが、撮りたい気持ちはわかる。


「おかえり」


 足元から声が聞こえる。

 見おろすと、白い蛇が身体をうねらせながら、燈火へと近寄っていた。京だけは、ギョッとした表情で逃げる。

 ミイさんだ。道後公園の岩崎神社に祀られる蛇の神様だった。縁があり、燈火と一緒にいる……というより、暫定、燈火の婚約者である。今回は、浴衣と湯籠の軽装なので、連れて行けず、お留守番していた。

 燈火は膝を折り、ミイさんに手を伸ばす。ミイさんは、そんな燈火の腕を伝って、肩へとしゅるしゅるのぼっていった。


「寂しかった」

「うん、ごめん」

「楽しかった?」

「楽しかったよ。今度、行く?」

「うん」


 短い会話をくり返し、燈火は微笑んでいる。幸せそうな雰囲気だけが伝わってきた。何気なく、デートの約束まで交わしている。サラッと。とても自然に。

 なぜだろう。とても、負けた気になった……。

 微妙な心境で燈火たちを見つめる九十九。その肩に、体温がのった。

 不意に引き寄せられて、身構える間もなく身体がうしろへ傾いていく。そして、寄りかかるように、その主の胸元へと。


「儂も寂しかった」


 ミイさんの真似でもしたのか。いや、本当にそう思っていそうだな。九十九は呆れながら、頭上を仰いだ。


「シロ様……急に出てこないでもらえますか」


 稲荷神白夜命。湯築屋のオーナーをしている神様だ。頭のうえに耳とお尻の尻尾を、しゅんとさげている。


「反応が冷たいではないか、九十九!」

「こんな……みんなの前で、恥ずかしいことするからですよ!」

「見せびらかしてなにが悪いのだ。九十九も、こんなにイケメンの夫がいて、鼻が高いであろう? 自慢になるであろう?」

「自分で言わなきゃいいことを、なんで自分で言っちゃうんですか」


 九十九は、つい言い返しながら、肩にのった手をペッペッと払った。おおむね、いつもどおりの対応だ。なのに、シロは大袈裟に口を曲げながら寂しがってみせる。

 神秘的な色を湛える琥珀色の瞳や、絹束のごとく艶めく白い髪。中性的な顔立ちでありながら、たくましさを感じる体躯は、黙っていれば美しくい佇まいの神様である。藤色の着流しや、濃紫の羽織がよく似合っていた。

 それなのに……どうして、口を開くと、こう。


「ゆづ。シロ様ってさ……」


 二人の会話をながめていた京が真顔で考え込んでいた。


「顔面世界遺産級の神々しさなのに、中身残念系なの、ほんと惜しいんよな」


 はい、そうですね。そのとおりでございますよ。

 当初は「ゆづの旦那ヤバくない!? うらやま!」と騒いでいた京だが、湯築屋で直接接して考えが変わったようだ。秒速で化けの皮が剥がれている。速い。速すぎる。


「儂も九十九とお風呂に行きたい!」

「行ったところで、男湯と女湯じゃないですか!」

「壁に阻まれた夫婦ごっこ」

「なんですか、そのごっこ!」


 頼むから、友達の前で醜態を晒さないでほしかった。もっと神様らしく、キリリッとできないんですかねぇ!


「わざわざ外湯に行かんでも、君ら自分家じぶんちの風呂でイチャコラできるのでは……?」


 言いあいをしていると、京が楽しげにつぶやく。その発想はなかった。九十九はカッと顔が赤くなるのを感じるが、一方のシロは嬉しそうだ。


「名案ではないか!」

「京。うちの駄目神様に、そんな悪知恵エサ与えないで!」

「君ら、ほんと楽しいな」


 ケラケラと他人事のように笑われてしまう。天照と似たような気質を感じ、九十九は次になにを吹き込まれるかハラハラした。


「でも、ゆづ。こんなイケメンとデート、恥ずかしいのはわかるけど、シロ様だって寂しがっとるんやけん。ちょっとくらい、いいんじゃないの? お風呂あがりにお茶菓子食べて、喫茶店とか行って、ブラブラしてあげなよ」


 京は知らないので、何気なく言ったのだろう。

 シロは湯築屋の結界を維持するため、外へは出られない。いつも傀儡を操るか、使い魔を通じて外の世界を見ていた。

 傀儡と擬似的なデートを楽しむのは可能だろう。でも、それはシロ本人ではない。シロはそれでもいいと言うが、九十九にはどうしても気になる点であった。

 シロと同じ目線で、外の世界を楽しむことはできないのだ。


「シロ様は、外に出られないから……」


 その説明をすると、京は反省したのか、表情を曇らせた。


「なんか、ごめん……」


 京は謝ってくれるが、これは九十九が説明していなかった話だ。京はなにも悪くなかった。


「儂は気にしておらぬぞ。九十九は、毎日にここへ帰ってきてくれるからな。それで充分ではないか」


 シロはなにも気にしていない素振りだった。実際、おそらく傷ついてなどいないだろう。シロにとっては、当たり前だ。何年も、何百年も、こうやって過ごしているのだから。

 傀儡や使い魔越しにだって、シロは外の世界が見えている。不都合はなにもないだろう。

 でも、九十九はときどきズレを感じるのだ。

 同じ景色を見ていても、シロは結界の内側にいる。九十九が感じたままの色や気持ちを、共有していない。

 もちろん、同じものを見たって、神様と人間だ。感じ方はそれぞれ違うのは理解していた。

 それでも……シロと同じ世界で、同じものを見ていたい。湯築屋の中だけではなく、どこにいても……。

 無理なねがいなのだろうか。


「みなさま、お帰りなさいませ。寒かったでしょう。ぜんざいをご用意していますよ」


 玄関先で騒いでいたせいか、中から番頭の坂上八雲が出てくる。八雲は人好きのする柔和な物腰で、九十九たちにあがるよううながした。

 今日はお客様の立場である。こうやって、従業員から案内され、九十九はなんだかムズムズしていた。いつもは自分の役目なのに。

 

 

 

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