2.白鷺
そのまま五人は、飛鳥乃湯泉で入館チケットを購入する。今回は奮発して、三階個室のチケットだ。ここでは道後温泉本館と同じシステムが採用されており、入浴のみ、二階大部屋での休憩、二階個室での休憩、それぞれのチケット制だ。休憩時間は決められており、時間内に入浴してお茶菓子をいただく形となる。
九十九たちが通された個室は、白鷺の間だ。各個室にはコンセプトが設けられており、伊予の伝統工芸として味わうことができる。それだけではなく、館内のいたるところに、愛媛の伝統工芸や現代アートが融合した装飾の数々を楽しめた。
「すごい綺麗」
白鷺の間に入室して、最初に目に入ったのは壁一面を彩る伊予水引細工の模様だ。金にも銀にも見える繊細な色合いで、温泉の湯文様を表現している。飛び立とうとしている白鷺は、道後温泉の起源伝説に由来しているのだろう。
繊細さと大胆さに、思わず息を呑んだ。燈火だけが、まっさきに前へ出て撮影している。遅れて、京もスマホで写真を撮っていた。
「九十九ちゃん、景色もいいよ」
小夜子が障子を開けて、窓の外を示した。九十九も一緒に、外をながめる。
飛鳥乃湯泉の中庭を見下ろせた。さきほど、将崇が湯真珠を浸した湯の川も、上からだと様相が変わる。さらには、隣接する外湯・椿の湯と、その向こうにあるハイカラ通りのアーケード。夜なので道後温泉本館は、やや見えにくいが、改装工事中の覆いがわずかに覗く。
昼間とは違う顔を見せる道後の景色だ。
道後温泉駅をおりた、放生園のカラクリ時計も、いまごろライトアップされているだろう。道後公園では、光の実イルミネーションが開催され、色とりどりの果実袋が彩っている。昼間とは違う雰囲気の店が開き、夜の街を浴衣で散策する観光客も増えていた。
九十九は昼間のほうが見慣れている。夜は湯築屋へ帰って仕事をして、そのまま眠ってしまうからだ。
自分が住んでいる街なのに、景色が異なる。見慣れているのに、こんなに色彩が変わるのだ。それが面白くて、美しかった。
壁の水引細工に、再び視線を戻す。
白鷺のモチーフは、道後温泉には多用されている。白鷺が羽を休めていた岩場から、湯がわいたという伝説があるからだ。
その白鷺の正体を、九十九は知っている。
湯築屋の主である稲荷神白夜命、九十九たちがシロと呼んでいる神様。湯築屋を外界から遮断する結界で覆い、神様の訪れるお宿としている。
シロは最初から神様だったわけではない。宇迦之御魂神に仕える神使であった。それが天之御中主神と融合することで、神となった特異な存在だ。そして、湯築屋ができた。
九十九の祖先である湯築月子が、初代の巫女である。彼女の命を巡って、シロは神様に。天之御中主神は、シロの結界に縛られる存在となった。
もともと、天之御中主神は白鷺の姿で全国を飛び回り、点々としていたらしい。天之御中主神は原初の神であり、終焉を見届ける存在。長く同じ土地にいては、そこを神の領域とするという性質がある。湯築屋の結界はそれを防ぐものであり、天之御中主神の自由を縛る枷。
月子が命を落とし、シロはその再生をねがった。だが、それは理を反し、罰が伴う。天之御中主神と融合し、檻である結界となることは、シロに科せられた罰であった。
シロはずっと選択を悔いている。
そして、許せずにいる。
彼にその選択を強いた天之御中主神のことも、選んでしまった自らのことも。
同じ存在となっているのに――いや、同じ存在だからこそ許せない。そんな微妙な感情を抱えたまま、表裏として存在し続けている。
九十九は……天之御中主神との遺恨を残してほしくないと思っている。
シロには、向きあう機会が必要だ。
仲直りさせたいなんて、おこがましいことは考えていない。ただ、理解しようと向きあうだけでも、なにかが変わるのではないか。
九十九よりも長い時間を生きるシロにとって、心の枷はないほうがいい。今までも、月子という枷を背負ってきていたのだ。
九十九がいなくなっても――。
「九十九ちゃん、浴場行くよ」
「あ、ごめん。小夜子ちゃん」
物思いにふけりすぎていた。
小夜子に声をかけられて、九十九は畳から立ちあがる。これから、一階の浴場へおりて入浴するのだ。飛鳥乃湯泉の浴場では、時間ごとにプロジェクションマッピングの上映があり、本館と違う入浴時間を味わえる。湯温は熱めだが、露天風呂もあるので、ゆっくり長湯でくつろげるのも魅力だ。
「刑部だけ、狸やから仲間はずれ~」
「た、狸を馬鹿にするんじゃないぞ! お、俺は、男だから別行動になるだけだ!」
京が揶揄すると、将崇が反論する。最初、湯築屋の秘密よりも、将崇が狸だという事実に驚愕していた京だが、すっかりとネタにして馴染んでいた。
お互いの正体を知っても、今までどおり接してくれる。ちゃんと、友達でいてくれるという証の気がして、九十九には嬉しく感じられた。




