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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十二.わかりあえない関係だってあるんです。
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8.ノリと勢い!

 

 

 

 湯築屋の空には雪が舞う。

 雲も風もないけれど、幻の雪には関係ない。冷たさを感じなければ、触れても溶けない。ふりすぎて入り口が塞がれることもなかった。実に都合がいい。


「若女将っ。お蜜柑です!」


 そう言って、コマが橙に色づいた蜜柑を渡してくれる。

 クリスマスのシーズン、湯築屋では毎年、蜜柑の皮を乾燥させて作ったオーナメントのツリーを飾っていた。

 見栄えがいいので、周りに雪だるまをたくさん作っているところだ。すでに小さいものから、大きいものまで、いろんな形の雪だるまがあった。

 雪が冷たくないので、素手で作っても寒くならない。これが本物なら、しもやけができているだろう。


「お蜜柑?」

「のせると、可愛いと思いまして」


 コマは近くにあったバケツを引っくり返して、そのうえにピョンッと飛びのった。そして、雪だるまに蜜柑を飾る。


「鏡餅みたいで、可愛いね」


 白い雪の玉が二つ重なるうえに、蜜柑。クリスマスというより、お正月のフォルムだった。


「んー……たしかに、そうですね……」


 コマはしょぼんと尻尾をさげた。


「大丈夫だよ」


 九十九は手早く、雪だるまの頭に雪を盛る。崩れないよう、ぎゅっぎゅっと固めて形を作った。さらに、木の枝を使って雪だるまに顔を作っていく。


「わあ……!」


 コマがピョンピョンッとその場で跳ね回る。


「耳に、お髭。あと、尻尾……ほら。狐の雪だるまだよ」


 こうすれば、鏡餅には見えないだろう。即興で思いついた工夫だが、コマは気に入ってくれたみたいだ。尻尾と一緒に、お尻まで揺れている。


「楽しいそうだな」


 コマとの雪だるま作りを楽しんでいると、玄関からシロが顔を出す。


「白夜命様も、作りますか?」


 小さな雪だるまを並べながら、コマがシロに手招きする。


「それはよいが、コマ。八雲が探しておったぞ。心当たりがあるのではないか?」

「え!」


 シロに聞かれて、コマはピンッと耳を立てて考える。やがて、「あー! 忘れてましたっ!」と叫びながら、玄関へと入っていった。


「もう、コマったら」


 騒がしく戻っていくコマに、九十九は微笑ましさをおぼえる。

 やがて、コマの代わりにシロが、九十九の隣にやってきた。


「シロ様も作りますか?」

「うむ」


 どうやら、雪だるまを手伝ってくれるようだ。冷たくない雪を一緒に集めて、大きな玉へと育てていく。


「うんと大きいのを作るぞ」

「はいはい。そうしましょう」


 存外、シロは張り切っている。コマと同じように、尻尾を左右に揺らしていた。ペタペタと、表面を叩いて雪を固めていく。

 楽しそうなシロの横顔に、神使だったころの面影が重なる。

 神様になった今でも、ずっとシロの本質は変わっていないのだと思う。

 だからこそ、九十九の提案になかなか答えが出せない。

 そこも理解できるからこそ、九十九は「答え」を聞きにくかった。また天之御中主神から、笑われてしまいそうだ。

 シロも、あえて触れたくないので話題にのぼらないよう、避けていると思う。


 ――あれを神の座から、降ろす力にもなるのではないかの?


 天之御中主神は、どういうつもりであんなことを言ったのだろう。

 夢の中では怒ったけれど、今度対面したら真意を聞いてみたい。

 シロ様が、神様じゃなくなると……どうなっちゃうのかな。


「九十九、見るがよい。この曲線美」

「まんまるですね」


 シロは誇らしげに雪玉を持ちあげる。だが、固め方が足りなかったのか、すぐに雪玉はボロッと崩れてしまった。


「ぐぬ……」

「本気で落ち込まないでくださいよ」


 しょぼんと尻尾がさがる様は、さっきのコマとよく似ている。九十九は機嫌をなおしていただこうと、シロの頭をなでてあげた。

 こうやって、日々を過ごしているだけで充分なのかもしれない。

 でも、九十九はいずれいなくなる。

 シロ様に、なにか残したい――そういう焦りがあると、自分でもわかっていた。

 思念となって、巫女の夢に住む月子のように。九十九も、シロのためになにか残せるようになりたいのだ。


「九十九になでられるのは、悪くないな」


 シロは不意に、身を屈ませた。


「…………!」


 いきなり顔が近づいてきて、九十九はドキリと身を強ばらせる。

 シロは九十九の頭に手を回した。そして、首筋に顔を寄せた。

 すりすりと、頬ずりされるとくすぐったい。


「甘えてるんですか?」


 恥ずかしくて、どきどきする。でも、それ以上にシロが甘えているのだと気づくと、ちょっと突き放しにくい。

 九十九はシロの白い髪に指を通す。

 サラサラとしているが、つやつやとした触り心地が気持ちいい。滑らかで、本当に絹糸の束に触れているようだ。

 中性的で神秘的な美しさなのに、肩幅や腕のたくましさは安心感がある。背中に手を回すと、改めてシロの身体の大きさを確認できた。


「正直なところ、九十九の言うとおりだと思っている」


 ぽつんと、シロは九十九の耳元で囁いた。

 天之御中主神と対話したほうがいい。このまま逃げていれば、ずっと遺恨を残したままになる――シロだって、ちゃんとわかってくれていた。

 シロの腕が、九十九を強く抱きしめる。

 しかし、これは愛しいツマを抱きしめているのではない。

 苦しくて、苦しくて、しがみついている。わずかに震えるシロの腕から、九十九はそんな想い感じとった。

 九十九は同じ強さを返そうと、シロをぎゅっと抱きしめる。すると、シロの震えも少しだけおさまった気がした。


「大丈夫ですよ。待ちますから」


 言い聞かせるように、九十九はシロの肩に顔をつける。


「九十九には、待たせてばかりだ」

「そうですよ。だから、今更じゃないですか。慣れてしまいましたよ」


 シロが過去を話すまで、九十九はずいぶんと待った。

 今度もまた、待たなければならない。


「でも、シロ様は話してくれました。だから、今度もちゃんと答えをくださると信じています」


 受け入れるにしても、受け入れないにしても、どちらにしてもシロはきちんと答えをくれる。

 九十九はシロを信じたかった。


「生きている間には決めてください」

「そう長くは待たせたくない」


 シロはいったん、九十九から身を剥がす。

 体温が離れると、一時的に寒く感じる。


「口づけしてもよいか?」


 顔を正面からのぞき込まれながら、許可を求められた。勝手にキスするのは、九十九を尊重しない行為だとわかっているのだと思う。

 九十九は顔が熱くなっていくのを自覚しながら、ゆっくりと一度うなずいた。

 シロの顔が徐々に近づいてくる。顎に手を添えられて、逃げたくても逃げ場がなくなった。許可してしまったからには、いつものようにアッパーをかますこともできない。

 琥珀色の瞳に、九十九だけが映っている。

 ギュッと目を閉じた瞬間、唇にやわらかい。すぐには離れず、そのまま熱は留まり続ける。

 たぶん、数秒のできごとだ。

 それなのに、何時間もそうしていたような気がしてくる。


「…………」


 ようやくシロが離れたので、九十九は顔を両手で覆う。きっと、真っ赤なので、あまり見られたくない。


「九十九、愛している」


 追い打ちをかけるように囁かれた言葉に、心臓がフル稼働していた。このまま破裂して死んでしまわないか心配になる。


「わ、わたしも……はい……ありがとうございます」


 同じ言葉を返すべきなのはわかっているが、なかなか素直に口が動いてくれなかった。その様を楽しむように、シロは九十九の手首をつかんだ。

 そっと顔を暴かれる。


「愛しているぞ」


 もう一度、くり返される。

 九十九にも、返事を求めているのだ。つかまえたままの右手が、顔へと戻りたがっている。


「あ……あい……あい……」


 最初にすんなりと返事をしていたほうが、言いやすかったかもしれない。こういうのは勢いがあったほうが案外言える。九十九は完全に、勢いを見失っていた。

 つかまれていない左手で必死に顔を隠すが、半分は見えてしまう。シロの顔が意地悪にニマニマしてきたのが腹立たしい。


「あいし……て……」

「若女将っ、白夜命様っ! お待たせしました!」


 ぴょこんっと、玄関から飛び出した声に、九十九はびっくりしてしまう。コマが八雲の用事を終えて戻ってきたと理解するときには、身体が動いていた。


 勢いをつけてッ!


 シロの右手を、払いのけるッッ!


「愛していますッッッ!!」


 バコーンッと、勢いよく右手が炸裂した。

 とても大きな声まで出た。

 完璧すぎる裏拳に、心も身体もすっきり気持ちがよくなってくる。


「は、激しすぎるッ! 九十九ぉ! それは激しすぎるのではないか!?」

「言い方! シロ様、すみません! でも、言い方! あああああ、ごめんなさい。ごめんなさい! もう殴らないつもりだったのに! 勢いをつけすぎました!」

何故なにゆえ、身体の勢いをつけてしまったのだ!?」

「癖ですかね!」

「理解してしまった……」


 半ば事故のような裏拳を決めてしまい、九十九は狼狽する。

 シロは顔を押さえながら、「いやしかし、これはこれでいつもの九十九だな……」などと、言っていた。


「お邪魔してしまいましたっ!」


 不意に妙な場面を目撃してしまったコマは、小さな手で顔を押さえた。はわはわと慌てた様子で、再び玄関へと戻っていく。


「ああっ、コマ。待って。待って! 置いていかないで!」


 このままシロといるのは気まずすぎるので、九十九も急いでコマを追いかけるのだった。

 

 

 

8巻相当の更新分は今回で終わりです。

次回の更新は、2月か3月頃からを予定しています。

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