7.……おはよう。
街にはクリスマスソングが流れ、いよいよ今年も終わるのだと実感する。赤と緑に彩られた店は、しばらくもしないうちに、お正月へと模様替えをしていくだろう。そうやって、季節は移り変わり、年が巡っていく。
この前、九十九は大学に入ったと思ったのに……もう年の瀬。
学生たちはすっかりクリスマス気分で、冬休みの計画を立てている。あまり長い休みではないが、やはり浮き足立っていた。
「ゆ、湯築さん……冬休み、予定ある……?」
次の教室へ向かう途中、燈火がおもむろに聞いてきた。同時に、教科書やノートが入ったトートバッグの口から、にょろりとミイさんも顔を出す。なんだかんだ、ずっと一緒にいるようだ。燈火が嫌がっていないので、まあいいか……。
「うーん、お正月だからね。みなさま、自分の神社で忙しいみたい。海外のお客様は、いらっしゃるかもしれないかな」
答えながら、予定というか、通常業務のような気がしてきた。
「それは、忙しいってこと……?」
「ううん。いつも通りだよ」
日本の神様の来客が減るので、そんなに忙しくはない。九十九は両手を前に出してふってみせた。
「京がうちにお泊まりしに来る予定だよ。あと、小夜子ちゃんと将崇君って、高校の友達も一緒。よかったら、燈火ちゃんも来る?」
「え、いいの……?」
京に湯築屋を見せる約束になっている。シロの許可もとりつけたので、せっかくなら燈火にも来てほしかった。
燈火は目をキラキラと輝かせたが、すぐにうつむいてしまう。
「でも、高校の友達が集まるんだよね……? ボク、邪魔なんじゃないかな?」
「邪魔じゃないよ。むしろ、新鮮で楽しいと思う」
「だって、みんな仲いいんでだよね?」
「燈火ちゃんも、仲いいよ。京とも、ちゃんと喋ってるじゃない」
燈火はとにかく不安みたいで、挙動不審になる。九十九は落ち着いてほしくて、できるだけ優しく笑う。
「名前で呼びあったりとか……」
燈火は言いかけて、口を噤む。
名前かぁ……九十九は当日の面子を思い浮かべる。京は「ゆづ」と愛称で呼んでくれるが、苗字由来だ。将崇は「お前!」とか言っている。小夜子だけは「九十九ちゃん」だった。案外、九十九は友達から名前で呼ばれていない。
「呼んでくれるの?」
だから、軽い気持ちで笑ってみた。
燈火が顔を真っ赤にしながら、九十九を見つめる。唇を震わせ、「あ、あ、あ、あ……」となにか言葉を発しようとしていた。
「つ……」
やがて、燈火は口を「つ」の形にする。
九十九は、ゆっくりと燈火の言葉を待った。
「九十九、さん……」
だんだん声を小さくしながら、燈火は九十九の名前を呼んだ。ちょっと堅苦しくて、他人行儀な気がするけど、まあいいか。
なんだか嬉しくなってきた。
「ありがとう」
「な、なんでお礼……」
「なんとなく」
「そ、そう……」
燈火は照れた様子で、服の袖をいじくっている。微笑ましいが、そのうち、こちらまで恥ずかしくなってきた。
しかし、やがて燈火の表情が硬くなっていく。
どうしたのだろう。燈火の視線の先を追った。
「あ……」
思わず声が出そうになる。
向こうから、浜中が歩いてきていた。
あいかわらず、ブランド物で身なりを固めているが、今日は一人だ。京の話だと、最近は一人でいることが多いらしい……先日の件で、居づらくなったのか、それとも、周りが避けているのか。
浜中も、こちらに気がつく。露骨に目をあわせてくれなかった。
隣で、燈火が唇を噛む。
それでも、目的地の関係で遠回りはできない。燈火はちびちびと歩みを進めていった。浜中も、何事もないかのようにこちらへ向かってくる。
「おはよう……」
すれ違う瞬間、燈火がつぶやいた。
あいさつには、少し小さかったかもしれない。けれども、たぶん浜中には聞こえた。
九十九は驚くが、うつむいた燈火の顔は確認できない。
「……おはよう」
ややあって、すれ違った背中から、あいさつが返ってきた。
九十九は、あえてふり返らずに燈火と一緒に歩く。
この二人がわかりあうのはむずかしいと思う。
でも、お互いの気持ちをよく知るのも、この二人だけなのかもしれない。




