表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十二.わかりあえない関係だってあるんです。
233/288

6.お客様が神様なんだよね。

 

 

 

 ガタンッ、ゴトンッ。

 マッチ箱のような路面電車が揺れた。

 車窓をゆっくりと流れていく松山の街に、夕陽が射している。光が当たってまばゆい面がある反面、できた影が濃く感じた。そのコントラストをながめていると、なんだか物寂しい気持ちになる。


「トマトっぽくない?」

「へ?」


 隣に座った京の言葉に、九十九は両目を瞬かせた。


「今日の夕陽よ。でっかいトマトやろ」


 光の当たる景色を見ていた九十九とは対照的に、京は夕陽そのものを指していた。


「京らしいね」


 大きなトマトと評された夕陽を確認して、九十九はクスリと笑った。

 今日は講義の終わりが同じだったので、一緒に帰っている。京もアルバイトがあるので、こうやって電車にのるのは久しぶりだ。

 あのあと、九十九は一頻り泣く燈火に付き添っていた。講義後に、京から「うちら三人とも、前の黒板に俳句書かれたんよ。しょうがないけん、お腹痛くてトイレ言ってますって言い訳しといたげたわ」と聞かされている。申し訳ないことをした。

 燈火はすっきりしたのか、吹っ切れたのか、講義が終わった頃合いにアルバイトへ行ってしまった。化粧が全部落ちたので恥ずかしいと言っていたが、その表情はどこか清々しいものだった。

 今後、浜中との関係はどうなるのだろう。

 九十九は心配だったが、燈火から「なにかあったら、相談しても……いい?」と言ってもらえた。なにか力になれるなら、喜んで協力したい。

 それに、燈火はちゃんと自分の意見が言えた。浜中から嫌がらせを受けても、きっと相談してくれると信じている。

 九十九にできることは、あまりないけれど……それでも、友達だから。

 路面電車が大きなカーブを描いて曲がる。

 道後公園駅を通りすぎて、終点の道後温泉駅へと向かっていく。


「ねえ、京」

「なん?」


 駅で降りる準備をしながら、九十九は京の名を呼んだ。


「話……あるんだけど、ちょっと歩かない?」


 今日の燈火たちを見て、考えていたことがある。

 九十九はこのままにはしておけないと思った。


「ええけど」


 京は気軽に返事をしてくれた。鞄から定期券を取り出し、電車が停車すると同時に立ちあがる。

 道後温泉駅は、路面電車の終着駅だ。乗客はみんな、ここで降りる。九十九たちも、流れにのるように降車した。

 駅に着き、九十九はとぼとぼと歩き出す。

 京も黙ってついてきてくれた。

 道後公園へ、北口から入っていく。先日、ミイさんが暴れて壊れた池や、倒れた木々は元通りだ。以前となんら変わりない、静かな雰囲気だった。

 木々には果実袋がたくさんついている。ひかりの実イルミネーションが、もうすぐ点灯する時間だった。トマトみたいな夕陽は、家々が並ぶ街の向こう側へと沈んでいく。


「実はね。うちの旅館、神様がお客様なんだよね」


 九十九は、なんでもない日常のように語りかけた。そのせいで、京はなにを言われたのか理解できていないみたいだ。怪訝そうに首を傾げている。


「お客様は神様ですってヤツ? うちのバイト先にも、更衣室に貼っとるんよね」


 真面目に一般論で返される。たぶん、ボケではない。


「そうじゃなくて、本物の」

「本物の?」

「うん」

「神様って、天の神様? お釈迦様とか?」

「お釈迦様は仏様だけど……でも、いらっしゃるよ」


 九十九は会ったことがないが、湯築屋の宿泊名簿で見た。


「冗談きっつ」

「本気だよ?」

「嘘やん」

「ほんと」


 にこっと笑うと、京の顔がどんどん神妙になっていく。思っていたよりも、反応がおかしくて噴き出しそうだった。


「ずっと、黙っててごめん。それから、ありがとう」


 やっぱり、京に隠したままにしておきたくなかった。京は燈火や小夜子と違って、妖が見えたり、神気が使えたりするわけではない。

 でも、九十九の大事な友達には変わりなかった。

 信じてもらえないかもしれない。ううん、信じようがないと思う。

 伊予灘いよなだものがたりで八幡浜やわたはまへ行ったとき、京は九十九に、無理して話さなくてもいいと言ってくれた。そのときは甘えてしまったけれど、九十九は今、京に話したい。

 京にも、知ってもらいたかった。

 九十九は、できるだけわかりやすく、京に湯築屋について話す。京は騒いだりせず、真剣な表情で聞いてくれた。ときどき、ついていけなくて呆然としているけれど。


「まさか、そこまでオカルトやって、思ってなかったんやけど……」


 一通り話を聞いて、京はどう反応していいのかわからない様子だった。


「信じなくてもいいよ」

「いや……さすがに、せっかく長年の秘密を打ち明けてもらえたと思ったら、こんな作り話やったなんて信じたくないというか……もっと、マシな嘘つかん? 普通?」

「まあ、そうだよね」

「前から、ゆづって変なとこあったけど……せいぜい、お父さんが白い犬とか、そんなところだと思ってたんやけど」

「携帯会社のCMじゃないからね!?」


 だんだん軽口に変わっていき、顔を見あわせて笑う。


「そっかぁ……こんな話だったら、たしかに言えんかぁ……」


 改めて、京は公園を歩きはじめる。空が暗くなり、木々に吊された果実袋が光り出す。まるで、木の実が輝いているみたいで、幻想的な雰囲気だ。


「すっごい知りたくて、何回かゆづの家に忍び込もうって計画したんやけど」

「え」


 湯築屋の結界は、普通の人間を寄せつけない。宅配業者など、シロから許された目的がある場合以外は、そもそも湯築屋へ「行きたい」という気分にならないのだ。ちなみに、業者には幻覚を見せるので、普通の旅館だと思われている。


「そういう日に限って、なんか都合が悪くなって決行できんかったんよね」

「あー……それ、たぶん結界の効果かも」


 京は目的を持って湯築屋へ入ろうとしたが、拒まれてしまったのだろう。しかし、「行きたい」と感じさせたということは、それぐらい京の思いが強かったのかもしれない。


「はー。すっきりした……で、ゆづ君」


 京は清々しい表情で肩を回したあと、九十九の腕にしがみつく。なにがなんでも離さないという気配を感じて、九十九は嫌な予感がした。


「彼氏、じゃなくて、そのイケメンでビューティフォーな神様旦那のお写真プリーズ」

「そう来ると思ってたよ! 思ってたよね!?」


 予感的中。九十九は京から逃げようとするが、もう遅い。京にガッシリホールドされたあとでは、抜け出せなかった。


「あるんやろ!? はよ出し!」

「ない! ないんだってば!」


 こればっかりは本当だった。

 シロの写真は一枚もない。

 以前に一回だけスマホで撮ったけれども、あのときは天之御中主神が勝手に写り込んでいた。シロに見せたくないという思いで、九十九は勝手に写真を削除してしまったのだ。

 だから、シロの写真は一枚もない。

 そのことを、改めて思い出す。

 忘れていたわけではないが、意識の外になっていた。九十九はシロの写真を一枚も持っていない。

 また撮ろうかな……。


「嘘つけー!」

「ほんとですー!」


 これについては、ちっとも京は信じてくれない。九十九は腕を絡めて抱きついてくる京を引きずるように歩き、「今度撮るから」と宥めるのだった。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ