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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十二.わかりあえない関係だってあるんです。
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4.聞いてくる。

 

 

 

「あれ……」


 さて、もう少し作ってみようかな。そう思った矢先、燈火が机のうえにペンケースを引っくり返す。ガラガラとカラーペンやボールペンが転がった。


「どうしたの?」


 なにかを探しているようだ。燈火は、困った顔でペンケースの中身を全部出していた。


「いや……その……なんでもないよ」

「なんでもない?」


 燈火は、明らかになにか言いかけたが、やめてしまう。その様子に違和感があり、九十九は心配になってきた。

 カラーペンに、油性ペン、シャーペン、ボールペン、ペン型はさみなど、燈火のペンケースには一式の筆記用具がそろっている。けれども、普通は入っているものが確認できなかった。


「消しゴムないの……?」


 九十九に言い当てられて、燈火は露骨に焦りはじめる。


「……忘れてきたみたい」


 嘘だと思った。

 直感だけど、ただの忘れ物でこんなに慌てたりしない。


「午前中の授業では、使ってたよね」

「…………」


 燈火は視線を泳がせているが、頑なに九十九のほうを見ようとはしなかった。


「誰かに盗られたんじゃない?」

「ち、違うよ。きっと、落としたんだよ。ボク、そそっかしいから……」


 その可能性はある。

 でも、燈火には心当たりがありそうだった。


 ――そう単純だといいけど。


 ミイさんは、燈火への私怨が消えていないと言っていた。

 ネットで注目を浴びて集めた私怨ばかりではない――身近なところに、燈火へ強烈な感情を向ける人物がいるのではないか。

 あまり人は疑いたくない。でも、燈火が嫌がらせを受けていると思うと、放ってなんておけなかった。


「さっきの子?」

「…………」

「SNSで、昔のお友達と仲良くなったって言ってたけど……」


 人を疑うのは性にあわない。言いながら、九十九のほうも気分が悪くなっていった。本当は、こんなことなんて聞きたくない。


「確証ないから……きっと、関係ないよ。浜中さんは、ボクのことたくさん褒めてくれるし……さっきも、昨日アップした投稿よかったよって……あと、写真のアドバイスも、もらっちゃった。とっても、よくしてくれるんだよ」


 聞きながら、九十九は自分の顔が暗くなっていくのを感じる。

 燈火に、なんて返せばいいだろう。


「はー……あのさぁ、種田」


 困り果てた九十九の代わりに声をあげたのは、京だった。机に肘をつき、気怠そうに燈火を睨んでいる。


「うちは、種田とは週一のつきあいやけん、知らんけどさ。褒めてくれるから、いい子なんて、そんなんないよ」


 なんとなく、キツい言い方だった。以前に、九十九と喧嘩したときの京を思い出してしまう。

 燈火はなにも言えないまま、小さく肩を丸めていた。


「にこにこしながら褒めあって、裏でお互いの悪口言いあっとるとか、普通やん。うちには、その浜中って子が、種田をいいようにコントロールしとるように見えるんやけど」

「ちょっと、京。あんまり知らないのに、そんな言い方――」

「知っとらい。浜中はうちの学科やけん。いっつも、ブランド物ひけらかして、派手な女子何人か引き連れとるよ。大声で、スマホいじりながら誰かの陰口言いよらいって思っとったけど……あの子、周りの女子に、あんたのSNS見せながら馬鹿にしとったよ」


 京は面倒くさそうに息をつき、うなじを掻いた。


「言わんつもりやったけど、実害あるんやったら、黙っとくんもフェアじゃないけん」

「京……」

「お互いに嫌いやっても、それなりにつきあえるもんやろ。それが協調性? 社交性? そんな感じのアレ。でも、物盗って隠すくらい嫌われとるんやったら、無理やろ。いつか破綻すらい」


 たしかに、そうだ。

 人間関係は単純ではない。嫌いな相手とも、ある程度はつきあっていく場面もある。

 しかし、燈火が受けているのは……嫌がらせだ。喧嘩なんて対等なものではない。いじめと呼んでしまってもいい。

 ミイさんが単純ではないと言ったのは、こういうことか。

 ただのSNS上での私怨ではない。


「うちだって、ゆづに隠しごとされてイラ~ッとしたときあったし。友達やと思っとんなら、言いたいこと直接、言いあってみたらどう?」


 高校のとき、九十九は旅館の仕事に夢中になりすぎて、京をおざなりにしてしまった。怒った京に本音をぶつけられるまで、九十九はそれに気がついてもいなかったのだ。思い返すと、恥ずかしい。でも、あのとき京の本音を聞けてよかった。

 京の言い方はよくない。燈火にはキツすぎるだろう。

 けれども、間違っているとも指摘しにくかった。

 九十九は浜中をよく知らないけれど……燈火を見ていて、京と同じことを感じたからだ。


「…………」


 燈火はうつむいたまま、じっとしていた。

 足元に置いた鞄から、ミイさんの顔が見えている。わざわざのぞき込まないと、誰にもわからないだろう。

 授業のチャイムが鳴った。一コマ目が終わり、休み時間が挟まれる。


「ボク」


 ガタンッ、と。

 椅子の音を鳴らしながら、燈火が立ちあがった。九十九たちに表情を見せないまま、席を離れる。


「聞いてくる」


 止める間もなく、燈火は大股で歩いていく。

 いつもの引っ込み思案でひかえめな燈火とは思えない速さだ。

 

 

 

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