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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十二.わかりあえない関係だってあるんです。
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3.俳句の神様。

 

 

 

 本日の外部講師は――と、紹介された途端、九十九は両手で口を押さえた。思わず、名前を呼んでしまいそうになったからだ。


 黒板には「本日のテーマ:俳句」とある。


正岡まさおか常規つねのり先生です」

「どうも、よろしくたのまいね」


 愛想よく笑いながら教壇へあがったのは、渋い紺色の着物姿の男性。つい最近も見た顔に、九十九は反応せざるを得なかった。

 俳句の授業に正岡子規って、贅沢すぎなのでは!?

 しかしながら、こんなにあからさまな出で立ちなのに、教室の誰も子規だと気づいていない。マジですか。ちなみに、子規というのは俳号はいごうであり、本名は常規という。つまり、俳句の神様が本名で教壇にあがっている。なんで誰も気づかないの!?


「なあなあ、ゆづ。あの先生さぁ……」


 京が、こっそりと九十九に話しかけてくる。間に座っている燈火も、なにか言いたい様子だった。やっぱり、さすがにバレてる?


「字、汚くない?」


 京の言葉に、九十九はズコッと身体を傾かせた。燈火も、「うんうん」と首を縦にふっている。


「いや、あれは達筆って言うんだよ……たぶん」


 黒板に書かれた子規の文字は、縦書きの文字が全部繋がって見えた。おそらく、紙に筆で書いたら見栄えがするだろうが、チョークだと読みにくい。

 萬翠荘でも言っていたが、子規には案外気がつかないようだ。そういえば、アイドルが電車にのって移動していて、全然気がつかれないというのをモニタリングしている番組なんかもあったっけ。

 偉人と言っても、すでに故人だ。生活空間に存在していたとしても、本人とは結びつかないのかもしれない。むしろ、常日頃から神様に囲まれていて、「どこに誰がいるかわからない」と思っている九十九のほうが特殊なのかも。


「じゃあ、今日はみんなに俳句詠んでもらおうかのう」


 教壇に立った子規がニマッと笑う。発音がのんびりとした伊予弁なので、あまり威厳はない。ゆるっとした空気だった。


「先生、講義はー?」


 質問する学生の雰囲気もフランクだ。なんとなく、和気あいあいとして楽しげな空気だった。


「ワークショップってやつじゃ。できたら見してみぃ。わしが見ちゃるけん」


 なるほど、と学生たちも即座に理解する。

 松山市は、正岡子規だけではなく多くの俳人を生み出した土地だ。街の観光スポットには、俳句ポストが設置されて年中、俳句の投書を受けつけている。さらに、近隣の小中学校では、国語や社会科の授業で俳句を詠むことが多い。コンテストも多く開催されていた。

 最たるものは、毎年開催される俳句甲子園だろうか。全国から高校生が松山に集まり、俳句を詠んで競う。

 なにかと俳句に親しむ機会が多い県民だ。いきなり「俳句を作りましょう」と言われても対応できる。謎の安心感。


「スマホも使ってええぞ。盗作だけはいけんよ」


 教室の前からプリントが回ってくる。俳句を書く用紙と、代表的な冬の季語が一覧となっていた。県外から来ている学生も多いし、九十九たちだって季語をたくさん覚えているわけではないので、これはありがたい。

 基本的には、五・七・五の短文で構成される定型詩。季語が入っている必要はあるが、その他は自由だった。

 最も、気軽に触れられる文学かもしれない。


「はい、できたー! 余裕、余裕!」


 九十九たちのグループで、一番最初に手をあげたのは京だ。

 京は自信ありげに、九十九たちに俳句を書き込んだプリントを見せてくれる。


「冬の朝 うちの彼氏は 布団様」


 はい、京らしい一句だね。

 九十九は思わず苦笑いした。燈火は京に遠慮しているが、それでも笑いを堪え切れていなかった。かえって、「ぶっ」と噴いてしまっている。


「気持ちはすごくわかるかも……」

「やろー? 種田、わかっとるやんー?」


 京はいつもの調子で、燈火の肩に手を回した。あまり対人関係に慣れていない燈火は、京との距離感をはかりかねて苦笑いしている。


「ボクも……思いついた」


 今度は燈火がつぶやいて、プリントに書き込みはじめる。みんな速い……他の学生も、とりあえず書きはじめていた。

 九十九はと言うと、いい単語を思いついては指折りで字数を確認して頭を抱えている。芸術のセンスはまったくない。文才なんて、もっとない。


「不夜の街 それでも消えぬ オリオン座」


 燈火の詠んだ句に、九十九と京が顔を見あわせる。


「なんか、燈火ちゃん……」

「詩人やね?」


 いや、俳人だけど。

 思っていた以上に詩的な俳句に、燈火のセンスがうかがえた。燈火は恥ずかしそうにうつむいたが、満更でもなさそうだ。嬉しそうに顔を赤くしていた。


「ときどきポエムも書くから……」


 京の素直な俳句も、燈火の俳句も、どちらも素敵だ。二人が思い描いている景色が、九十九にも見えてくるようだった。

 ハードルあがるなぁ……九十九は、うーんと考えて、シャーペンを出したり引っ込めたりする。


「なんも書いとらんの?」


 ひょいっと、九十九のプリントをのぞき込んだのは子規だった。講堂を回って、学生たちの様子を見ているようだ。

 九十九は反射的にプリントを隠したが、遅かった。


「どれどれ、見せてみぃ。ほうほう。【冬の朝】に【オリオン座】、ええやんけ。二人とも、若い感性持っとらい」

「せんせー、わかっとるやん!」


 子規に褒められて、京は得意げだった。相手が俳句の神様と知らないとは言え、かなり親しげな話しかけ方だ。高校のころからお調子者だったが、あいかわらずだった。


「うーん……」


 九十九は悩みながら、シャーペンを動かした。

 指で字数を確認して、よし大丈夫。


「ポケットで 両手温め 春を待つ」


 とか……?

 自信はないが、書いてみた。燈火みたいな表現も、京のような親近感も九十九にはできない。小学生のころ、宿題を見てもらったころと、あまりレベルが変わらないだろう。


「ようできたやんけ」


 それでも、子規は九十九の頭に手を置く。雑になでられて、ちょっと嬉しかった。

 生前の子規は、外交的で行動的な性格だったと伝えられている。高浜虚子など、多くの弟子を育てあげた指導者としても活躍していた。そんな子規にとって、大学での講師は楽しみの一つなのだろう。学生がどんな句を作っても、順番に褒めた。


「気に入った句は、次のコマで読みあげてもらうけんのう。準備しとき」


 子規は九十九たちにそう言って、次のグループへと回っていく。

 


 

正岡子規は、書籍版での扱いは「再登場」です。

web版では、初出です……申し訳ありません。

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