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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
二十二.わかりあえない関係だってあるんです。
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1.ただの思念。

書籍版では、この章と前章の間に長めの書き下ろしが入ります。

登季子関連のエピソードは、ずっと書き下ろしとして発表していたので、今回もweb版では省きます。

ところどころ繋がっておらず、申し訳ありません。

 

 

 

「前にも言ったけれど……わたしは死人で、ただの思念だから」


 その言葉を聞いて、九十九は目の前にいる者の本質を正確に理解していなかったと、改めて自覚する。

 青白い月の光が頭上から照らしていた。しかし、しなやかな黒髪は月光に染まることはない。少女にも大人にも見える顔立ちのせいか、とても清廉な印象を与えた。

 月子は、九十九をふり返りながら微笑する。


「そう……ですか」


 九十九は、一瞬見惚れそうになりながら、あいまいに返事をした。

 巫女の見る夢の中だ。ここで九十九は、月子から指南を受けている。その途中で、「天之御中主神様と、話をしませんか?」と提案したのだ。

 シロと同じく、月子も天之御中主神について理解していないのではないか。月子は天之御中主神に対して、辛辣な言い方をすることが多い。それは、シロのように、彼の神様を嫌っているからではないか。

 けれども、月子は静かに首を横にふったのだ。


「わたしは別に嫌っているわけじゃないんだよ。ただ、神様だからって、誰からも制止されないのはおかしいと思わない?」


 たしかに、月子はこういう女性だ。

 相手が神様であっても、自分の正しいと思ったことを言う。だから、天之御中主神に対しても、厳しくなりがちなのだ。


「それに、くり返すけど、わたしは思念の残滓ざんしよ。いまさら、話しあってもなんの成長も解決もない」


 もう一度、はっきり言われて九十九は目を伏せる。


「でも、あの子には……シロには、必要なことだね」


 シロと天之御中主神に、対話の機会を設ける。これが九十九にとって、当面の目標であった。

 しかし、当のシロは戸惑っているようだ。九十九の提案に、まだ返事をくれない。だから、月子も一緒なら……と、思ったのだが――。


「難儀しておるの」


 別の声が割って入り、九十九は反射的にふり返った。

 月光を受けて、白く光る岩場がある。そこに、一羽の白鷺が降り立った。羽音がほとんどせず、まるで舞うようだ。青白い光を反射して、純白に輝いている。

 白鷺が岩場に立つと、足元から水が湧き出た。湯気が立っており――温泉だ。


「天之御中主神様」


 名前を呼ぶと、白鷺はその場で大きく翼を広げる。

 ひとふり羽ばたくと、いつの間にか白鷺はいなくなっていた。代わりに、墨を垂らしたような漆黒の髪に、白い装束、白い翼を持った神様の姿となる。

 天之御中主神は、唇の端を少しつりあがらせた。


「あれがどれだけ、永いときを過ごした。其方の声に、一朝一夕で答えられるほど、軽くはないだろうよ」


 シロにとっては、何十年、何百年……もっともっと長い時間をかけて拒み続けてきた問題だ。九十九に提案された程度で「では、話しあうか」とはならない。天之御中主神の言い草は、まるでこの結果を予見していたかのようだ。

 ニマリと笑う顔が、嘲笑しているようにも、試されているようにも見える。おそらく、どちらの意味合いもあるのだろう。


「生きておる間に解決できるとよいな」

「ぐ……ちなみに、その言い方、すごくイラッとするって自覚していますか?」

「そうなのか?」


 つい言い返してしまうと、天之御中主神はキョトンと首を傾げる。やはり、無自覚だったか。元はと言えば、この神様が人の神経を無意識に逆なでする言い方をしてしまうのが原因なのではないか。


「だが、真理だろうて」

「まあ、はい……」


 正論なら、なにを言っても許されるわけではないが……天之御中主神が提示した問題は、九十九が考えなければならないものだった。

 九十九にとっては、まだ先は長い。けれども、シロにとっては短い時間だ。九十九の寿命なんて、あっという間に過ぎ去る一瞬だろう。

 いつまでも答えが出ないように思えるが、シロにとっては数百年くらいじっくり考えて出したい答えなのだ。

 焦らせたくはないんだけど……。


「ひとつ、可能性の話をしようかの」

「可能性……?」


 天之御中主神の言葉に、今度は九十九が眉根を寄せる。


「其方の神気だが、使いどころだとは思わぬか」


 九十九には、神様の力を引き寄せる神気の性質がある。これのせいで、八股榎大明神や道後公園では大変なことになってしまった。まだ力を上手く扱えていないせいで、周りにたくさん迷惑をかけている。

 この力が、使いどころ?

 九十九には、天之御中主神の意図がイマイチわからなかった。


「檻――とは言わぬほうがいいのか。あれを神の座から、降ろす力にもなるのではないかの?」

「え……」


 事もなげに言われて、九十九は露骨に表情を歪めてしまう。


「なんてこと言うんですか!」


 思わず、そう叫んでいた。

 いったい、なにを言っているのだろう。天之御中主神の提示した可能性に、九十九は真っ向から憤った。

 それって、シロ様に消えろって――。

 天之御中主神は、誤解をされやすい言い方が多い。なにか別の真意があるかもしれないが、それにしたって、こんなのはないだろう。月子も、顔をしかめて天之御中主神に冷ややかな視線を向けていた。


「そろそろ刻限か」


 発言を訂正してください! と、求める前に周囲の景色が歪む。もう夢が終わってしまうのだ。月子や天之御中主神との会話も終わりとなる。


「まだ……!」


 九十九は、なんとか夢にしがみつこうと腕を伸ばす。





 けれども、その手は冷たい空気をつかむだけだった。


「…………」


 見知った天井をながめて、九十九は覚醒を認識した。心臓がバクバクと高鳴って、額から汗が流れていくのを感じる。

 深呼吸して息を整えようとするが、なかなか上手くいかない。

 時計を確認すると、いつもの起床時間だ。天之御中主神やシロが無理やり夢を切ったわけではなさそうだった。

 あんな言い方……。

 九十九は、夢でのできごとを思い返す。

 いくら好意的に解釈しようとしても、むずかしい。どうして、天之御中主神はあんなことを言ったのだろう。理解に苦しんだ。

 

 

 

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