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9.猫じゃなかったの?

 

 

 

 気を失ったお客様を湯築屋へ運び込むのは、何度目になるか。

 ミイさんを連れ帰ったあとの対応は、みんなテキパキとしていた。


「碧さん、お部屋の準備をおねがいします……あと、八雲さん。申し訳ないんですけど、公園の様子を見に行ってもらえませんか?」


 指示を出すと、仲居頭の河東碧も、番頭の坂上八雲も、快く引き受けてくれる。

 黒い大蛇の力によって、道後公園には人がいなかった。しかしながら、突如はじまった怪獣プロレスのせいで、何本も木が倒れ、整備された池が破損してしまったのだ。

 現在、宿泊中だった天照に頼んで修復中だった。なんとか、朝までに元通りにしなければ、騒ぎになってしまう。

 こういうときに、神様って便利……。

 意識を失ったミイさんは、シロの傀儡が抱えて運んでくれた。そのまま、用意された部屋へと背負っていってくれる。

 とにかく、ミイさんが回復するのを待たなければ。


「湯築さん……」


 ひとまず、燈火も一緒に湯築屋へ来ていた。あのまま家に帰すのも不安だと思う。それに、助けてくれたミイさんのこともある。

 燈火は心細そうに、湯築屋の中を観察していた。九十九のうしろに、隠れるように歩いている。


「大丈夫だよ、燈火ちゃん。ここにいるお客様は、みんないい神様だし、シロ様が守ってくれるから安心して」


 襲われたばかりなので、できるだけ恐怖を取り除きたかった。九十九は優しく笑いながら、燈火の手をにぎる。

 燈火は、潤んだ瞳で九十九の顔をのぞき込んだ。身体が震えて、感情が今にもあふれ出しそうだ。


「かっこよかった……」

「え」


 燈火はうるうると、瞳に輝きを宿しながら、九十九の手をにぎり返す。


「す、すごい……すごい、かっこよかった! やばい……え、え、エモかったです! サインください!」

「なんでそうなるの!? 敬語やめて!?」


 燈火はなにかを勘違いしている。大いに勘違いしている!


「闇夜に紛れて悪と戦う美少女と、美青年のバディ……最高でした! ねえ、お札とか日本刀とか、武器はないんですか? 今日は使ってなかっただけですか?」

「ないよ! ないから! もう敬語もやめて!」

「写真撮ろうと思ったんだけど、速すぎてブレちゃったんだよね……」

「いやー! 消して! 消して! ブレてても、消して!」


 九十九は恥ずかしくて両手で顔を覆った。そういえば、燈火は以前にも似たような勘違いを披露してくれた……あのとき、もっと強めに間違いを正しておけばよかったかもしれない。


「あと、湯築さん。ここの庭すっごく映えるから、インスタにアップしていいですか!?」

「そ、それも駄目! 駄目です! それから、敬語は嫌!」


 湯築屋の庭は、たしかに綺麗だ。温暖で雨が少ないという、瀬戸内気候のせいで雪は滅多に積もらない。だが、湯築屋の庭には幻影に雪がある。玄関には、みかんの皮で作ったオーナメントツリーも飾っていた。

 燈火の言うところの、「映え」だろう。たぶん。

 とにかく、九十九は「写真お断り!」と、キツめに忠告する。撮るだけならいいが、SNSに投稿されると後々困るのだ。


「しょうがない……でも、また戦うときは見学させてよね」

「戦わないからね」


 ああいうのは、イレギュラーだ。九十九だって初めてで、まだドキドキしている。

 それに、九十九はずっとシロに抱えられているだけだった。なにもしていない。

 掌を見おろす。

 黒真珠のような結晶が、九十九の手に残っていた。

 結果的に、なんとかなったけれど、九十九の行動は褒められたものではない。ミイさんが来てくれなかったら、どうなっていたことか。危ない橋を渡った。


「怪我はないか」


 ふわっと、風が吹く感覚があり、遅れて姿を現す影。

 九十九にとっては、もう慣れている。


「え、な、な……」


 しかし、一緒にいる燈火にとっては、非日常だ。いきなり見知らぬ神様が現れて、混乱しているようだった。


「燈火ちゃん、こちらはシロ様。さっきの傀儡の中の人、いや、神様だよ」


 説明すると、燈火はさらに目を真ん丸にした。


「……この前の? え、湯築さんの旦那さんの?」

「う、うん。まあ……そうです。旦那さんです」

「猫じゃなかったの?」


 あー……あれは、使い魔だから……九十九は苦笑いした。どうやら、燈火は喫茶店に現れた猫こそ、シロの本体だと思っていたらしい。きちんと説明したつもりだったが、足りなかったようだ。


「九十九とは別の方向で、素朴な女子おなごだな」


 それ、どういう意味ですかねぇ……九十九はニコニコしながらも、拳を震わせた。だが、燈火の前なので、ここは我慢だ。


「若女将、お客様のお部屋が整いました」


 九十九たちが余計なやりとりをしている間にも、従業員は働いてくれていた。ありがたいことだ。ミイさんの部屋が整ったと、碧が報告してくれた。


「碧さん、ありがとうございます。ミイさんは……?」

「まだ、お休みです。お部屋へ行かれますか? お茶を運びます」

「そうですね、おねがいします」


 九十九は碧の御言葉に甘えることにした。もちろん、シロと燈火も一緒にいってもらう。

 やはり、不可解だ。

 九十九が引き寄せ、結晶にした神気。黒い大蛇が持つ禍々しい神気は、たしかに、神様のものだ。堕神の瘴気とも異なる。神気と瘴気を併せ持つという、鬼とも違った。

 ただ、強い念は感じる。

 嫉妬や憎悪、怒り……目を背けたくなるような、黒く蠢く感情の塊だ。神様がこんなものに取り憑かれているなんて、九十九はあまり例を知らなかった。

 もちろん、神様だって怒る。嫉妬や憎悪を募らせる神話は、いくつも残されていた。

 でも、これは違う。

 誰か別の人間が抱いた感情に、乗っ取られているような――。


「九十九」


 ミイさんに用意されたのは、にぎたつの間だ。入り口に立ったとき、シロが九十九の肩に手を置いた。


「シロ様……あの黒い大蛇も、ミイさん……だったんですよね?」


 問いの形を取っているが、ほとんど確信していた。

 最初に燈火が狙われた件について、ミイさんに聞いたとき、「僕しかいなかった」と答えている。

 それって、どちらの存在もミイさんだから?

 二面性のある神様は多い。黒い大蛇は、ミイさんの一側面――村人を次々と呑み込んでいったという、荒ぶる神の顔だ。

 ただ、それがどうして、あのような形になったのかわからない。


「それは、直接聞いたほうがよいだろうな」


 九十九の問いに、シロは答えなかった。

 代わりに、にぎたつの間をそろりと開いてくれる。


「…………」


 にぎたつの間は、湯築屋ではスタンダードな客室だった。畳の和室で、縁側の窓から雪景色の庭が見える。

 その中央に敷かれた布団のうえで、ミイさんが身体を起こしていた。

 

 

 

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