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8.わたしにできること。

 

 

 

「わかった」


 傀儡の瞳の奥に、シロがいる気がした。

 その返事を聞いて、九十九はすぐに踵を返す。来た道を戻って、燈火の姿を探した。シロもついてきてくれる。


「燈火ちゃん!」


 やがて、道の先に燈火の姿を見つけた。

 辺りの木には、ひかりの実イルミネーションが輝いている。怯える燈火と、色とりどりの光が対比となって、アンバランスに思えた。


「あ、あ、ああ……ゆ、湯築さん……!」


 燈火が涙を浮かべながら、九十九をふり返った。尻もちをついて、自慢の洋服が泥だらけだ。九十九は燈火を安心させようと駆け寄った。


「ごめん、燈火ちゃん。遅くなった」

「う……うう……」


 燈火は上手く声が出ないみたいで、九十九に抱きついて嗚咽を漏らしている。九十九は燈火をなだめるために、ポンポンと背中を叩いた。

 けれども、その背後から不穏な物音が聞こえる。

 燈火が身体をビクリと震わせた。九十九も、異様な気配に背筋に悪寒が走る。


「…………」


 なにかを引きずる音がした。

 そして、シャーシャーと、奇妙な音が頭の上からしている。

 さきほど、道を塞いでいた生物の胴体は、どこへ行ったのだろうか。九十九の脳裏に疑問が過る。

 九十九は嫌な予感がしながらも、息を呑んで頭上を仰いだ。


「ひ……」


 大きな頭が見える。

 黒い大蛇が、九十九と燈火をのぞき込んでいた。細くて長い舌を出し入れして、こちらの様子をうかがっている。

 漆黒の鱗に覆われた姿は闇に紛れてしまいそうだが、赤く光る目は人魂のように浮きあがっていた。

 やがて、黒い大蛇の大きな口が開く。鋭い牙が見えた瞬間、九十九は自分たちが引き裂かれる覚悟をした。


「好きにはさせぬ」


 しかし、黒い大蛇の口は九十九たちには届かない。

 シロの傀儡が、黒い大蛇の頭を蹴りつけていた。予期せぬ攻撃を受けて、大蛇はいったん、うしろへとさがっていく。

 シロの傀儡は、軽々とした動作で、九十九たちの前に着地した。

 わたしも、燈火ちゃんを守らないと……!

 九十九は燈火を背に、スッと立ちあがった。


「湯築さぁん……」


 燈火がか細い声を漏らすが、九十九は一瞬だけふり返って微笑んだ。


「大丈夫だよ。待っててね」


 とはいえ、九十九にできることは限られている。超人的な身体能力があるわけでも、強い術が使えるわけでもないのだ。そして、シロに対してあんな啖呵を切ってしまった。絶対に足手まといになったり、怪我をしたりしてはいけない。

 黒い大蛇の尻尾が、もと来た道を塞ぐ。このまま九十九たちを逃がしてはくれそうにない。突破するしかないようだ。

 シロの傀儡が動く。目にも留まらぬ速さで地面を蹴り、気がついたときには跳躍していた。そういえば、結界の外で傀儡が戦う現場を、九十九は初めて見る。シロ曰く、使い魔よりも荒事の対処には向いているそうだが……たしかに。黒い大蛇に、再び強烈な蹴りを喰らわせていた。思ったより、武闘派かも。

 しかし、傀儡の動きは明らかに単独行動――九十九との共闘を前提としていなかった。シロは、やっぱり九十九と燈火を守ろうとしてくれている。


 足手まとい。


 そんな焦りが九十九に生じる。なにかしなくては。

 黒い大蛇の尻尾は、九十九たちの退路を断っている。しかし、あまり大きく動いている様子はなかった。

 九十九は、そろりと大蛇の尻尾へ近づく。

 純白の肌守りを両手でにぎる。すると、ほのかに温かい熱を感じた。力の流れが、肌守りに集まる気配がする。


 できる。


 八股榎大明神で倒れるお袖さんの姿を思い出す。あんなのは、もう嫌だ。可能なら、もうこんな力要らないと思った。

 だが、今は向きあうときだ。

 この力が友達を救うなら。

 けれども、どこかで引っかかりもある。黒い大蛇は神様だ。シロもそう言っていたし、九十九もたしかに神気を感じる。

 この道後公園で、これだけの大蛇が語られる伝承は――。


「九十九!」


 肌守りに意識を集中させようとする九十九の身体が、ふわりと浮きあがる。遅れて。九十九が立っていた場所を、蛇の尻尾が薙ぎ払っていた。砂埃が舞いあがって、九十九は思わず咳き込んだ。

 シロの傀儡が、九十九の身体を抱えていた。どうやら、助けられたらしい。


「シロ様……!」


 九十九を地面におろした途端、シロの傀儡が身体を傾ける。

 左の足首から先が消えていた。陶器のようにひび割れた断面が痛ましい。それでも、傀儡は痛みを訴えることなく自立していた。

 今ので、足首を落とされたのだ。あのまま、九十九が立っていたら確実に、怪我では済まなかった。


「大丈夫なんですか」

「案ずるな。先だけだ」


 ここにいるのは、シロではなく傀儡だ。痛みもないが、やや歩きにくそうだった。

 九十九を守ったからだ。


「シロ様……」

「今はよい」


 謝罪しようとする九十九の声が遮られた。


「それよりも、九十九は友を連れてゆけ」


 シロの傀儡は、うずくまっている燈火を示す。自分が引きつける間に、逃げろという指示だ。

 九十九だって、役に立ちたい。

 しかし、それはこの状況では通せぬ主張だ。

 悔しいけれど、これが最善だと信じたい。


「わかりま――」


 踵を返そうとする九十九の頭上を、なにかが飛んでいった気配がする。返事の途中で立ち止まり、九十九はふり返った。

 ドスンッと、地面に巨体が落ちる音がする。


「な、なん……です、あれ……?」


 つい、声が揺れてしまった。

 闇の中に浮きあがる、白い巨体。

 赤い瞳を光らせているのは、真っ白な大蛇であった。黒い蛇と同じくらい、いや、それよりも大きい。大きな牙を剥いて、黒い大蛇をシャーと威嚇していた。

 二匹の大蛇が、夜の公園で睨みあっている。状況が呑み込めずに、九十九は呆然と立ち尽くす。

 ただ、わかるのは……白い大蛇に、九十九たちを襲う気はないらしい。黒い大蛇から、九十九たちを守るように対峙していた。

 そして、黒い大蛇と同じように神気を放っている。この蛇も、神様なのだ。

 どういうこと!?

 九十九は混乱するが、周囲は待ってくれない。

 やがて、白い蛇が黒い蛇に噛みつく。二匹の大蛇は絡みつくようにもみあい、文字通りの死闘となっていた。力は互角で、拮抗している。


「シロ様!」


 どうにかしなきゃ。九十九は、シロの傀儡の手をとった。


「加勢しましょう」


 理由はわからないが、白い大蛇は九十九たちを守ってくれている。だったら、加勢して状況を好転させるしかない。


「……わかった」


 シロの傀儡は、そう言うなり、九十九の身体を三度持ちあげる。お姫様抱っこの形となり、ちょっとばかり気恥ずかしいが、文句は言えない。

 気がつくと、九十九の前方から風が吹きつけていた。いや、そうじゃない。シロの傀儡が地面を蹴って、前進しているのだ。まるでジェットコースターに乗ったような速度で、会式が流れていく。


「ひ、き、きゃああああああ!」


 月並みな悲鳴をあげてしまった。傀儡が跳躍すると、感じたことのない浮遊感で意識が飛びそうだ。それでも、九十九はなんとか、目の前のできごとについていこうと努力する。

 シロはもつれあう二匹の蛇に近づいていく。

 九十九のやることは決まっていた。

 純白の肌守りをにぎりしめて、意識を集中させる。

 力を結晶に変えるとき、九十九は自らの身体に流れる神気を感じた。温かい流れは、だいたい血管の流れにそっていて、全身を巡っているのだ。それを一過しに集めるイメージを形成する。

 けれども、今回は他の神様から神気を引き寄せなければならない。

 意識を、もっと深く潜らせないと。

 アグニとの対決のときを思い出した。あのとき、九十九の神気は尽きていた。だから、その奥にある力に、すがりつくように手を伸ばしたのだ。

 深い水の底へと、泳ぐイメージ。

 泳いで、落ちて、潜って……潜って……。

 二つ、熱のようなものを感じた。


「あった」


 九十九は意識を集中させたまま、目を開ける。

 すると、目の前に黒い大蛇の顔が迫っていた。禍々しい赤い瞳が、九十九をとらえている。

 でも、怖がっちゃ駄目。

 九十九は手を伸ばした。

 硬い鱗に触れると、意識下で見つけた熱を感じる。


「すみません!」


 九十九は叫びながら、広げていた手をにぎり込む。右掌が熱くなり、硬い結晶が生まれていく感覚があった。

 途端に、黒い大蛇の動きが鈍くなっていく。シロは速やかに、二匹の蛇から距離をとった。


「……できた……」


 まだ心臓がバクバクしている。

 九十九は、右掌を見おろした。

 真っ黒い結晶が形成されている。いつもの、花弁のような結晶ではない。黒真珠のような輝きを放つ球体だった。色も形も、九十九自身が作る結晶とは異なっている。


「まだだ」


 達成感に浸っていた九十九に、シロが注意をうながす。

 そうだ。まだ、終わってない……。

 二匹の大蛇の争いは、まだ続いていた。黒い大蛇の動きが鈍くなったとはいえ、完全に止まったわけではない。

 大蛇が尾を地面に叩きつける。広い池は、彼らにとっては水たまりのようなものだろう。水のしぶきがあがり、九十九たちが隠れている木の陰にまで届く。シロの傀儡も警戒を緩めず、九十九を抱きしめたままだった。すぐに逃げる体勢を崩さない。

 緊張したまま、九十九は黒い結晶をにぎりしめる。

 こんなところで、怪獣プロレスを見るなんて、思ってもいなかった。

 やがて、白い大蛇が、黒い大蛇の首を噛みつく。

 黒い大蛇は苦しそうにのたうち回っている。白い大蛇は、その身体に絡みつき、強い力で締めつけていた。そうやって、じわじわと体力を奪って、抵抗できなくしていく。

 しばらくして、黒い蛇が動かなくなった。神気も、ごく微少に感じられる程度だ。

 九十九の身体から力が抜けていく。ちょっと安心しているのだと自覚した。だが、まだ油断してはならない。

 あの白い大蛇って……。

 白い大蛇は頭を持ちあげた。そして、横たわる黒い大蛇に食らいつく。


「ひ……」


 九十九は思わず、声を裏返らせる。

 白い大蛇は、ぐったりとする黒い大蛇を頭から呑み込みはじめた。その光景に、九十九は口を押さえる。

 蛇は獲物を絞め殺して丸呑みにするときいたことがあるけれど、実際に見ると……結構……なんとも表現しがたい。


「そうだ……燈火ちゃん」


 大蛇同士の戦いには決着がついたが、燈火を置き去りにしていた。九十九は、燈火を視線で探す。すると、池乃向こう側で、呆然と立ち尽くす燈火の姿が確認できた。

 とりあえず、燈火が無事で安心する。


「あれって……?」


 突然、道後公園に光が浮かびあがる。

 白い大蛇の身体が、目映い光を放ちはじめたのだ。身体全体が光の塊となって、粘土のように形を変えていく。どんどん小さく、そして、人の姿へと。


「ミイさん?」


 白い大蛇が変化したのは、ミイさんだった。

 ずっと、引っかかっていたのだ。道後公園で、あんな大きな蛇の伝説を残す神様の存在について。九十九は、すぐにミイさんが思い浮かんだ。だが、さきほど湯築屋で会ったミイさんが、黒い大蛇となって燈火を襲うなど信じられなかった。

 白い大蛇がミイさんで……なら、あの黒い大蛇は?

 九十九には、なにが起っているのかわからない。


「ミイさん……!」


 ミイさんの身体から、ふっと力が抜けていく。膝から崩れるように倒れていくミイさんに、九十九は叫びながら駆け寄った。

 

 

 

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