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6.九十九ちゃん。

 

 

 

 松山なんて、なにもない。


 好きなバンドのライブツアーは滅多に来てもらえないし、欲しいブランドの新作が出てもショップがなかった。なにか買いたくても、入荷は都会より数日遅れ。遊びに行きたくても、カラオケとボウリングと、プラスアルファくらい。

 遊園地? なにそれ美味しいの? いや、ボクはぼっちだから関係ないけどさ……。


 こんな街、どうだっていい。興味ない。


 燈火は、当たり前のようにこう考えるようになっていた。

 大学からは県外に出て、都会暮らしを満喫したい。受験した大学には落ちたので、叶わなかったけれど……今は、「まあ、いいか」と思えるようになっていた。

 今だって、県外に出たい気持ちはある。でも、以前ほどは感じていなかった。

 きっかけは、九十九と友達になったからだ。

 九十九は燈火に、いろんなことを教えてくれる。

 神様や妖について。それまで、なにもわからないまま過ごしていたのが、嘘みたいだ。見えている妖たちが、全然怖くなくなった。

 それだけではない。コミュ障の燈火に、友達とのつきあい方を教えてくれた――初めての、友達だ。まだ慣れなくて、すごく困らせたり、傷つけたりすることもあるけれど、ちょっとずつ、他人と接し方を覚えていった。小学生のときに同じクラスだった浜中さんとも、仲直りできたのは、たぶん九十九のおかげだ。


 あとは、松山がちょっとだけ好きになった。

 やっぱり、不満は多いし地方特有の不便さや、息苦しさは拭えない。それでも、「ちょっとくらいは、松山にいてもいいかな」と思えるようになった。

 想像以上に魅力がたくさんある。SNSで発信したら、たくさんのフォロワーが賛同してくれた。数字が伸びるのを見ると気分がいいのも否定できないけど……九十九のおかげで、「これを発信しよう!」と思えるものができた。

 近ごろは、一人で散策もする。今日は、道後公園のイルミネーションがお目当てだった。夜の撮影はむずかしいが、装備は万全だ。専用のレンズと、三脚も持ってきている。


「よし」


 夜の道後も、なかなか映える。

 放生園のカラクリ時計は、ライトアップされることによって赤色が美しく浮きあがっていた。

 飛鳥乃湯泉も、夜のほうが綺麗に見える。庭に流れる温泉の湯気と、浮きあがる朱色の建物、という絶妙にエモい構図の写真が撮れたのは大収穫だった。

 アーケード商店街の観光客も減るので、シャッターチャンスも巡り放題。うん、夜いいかも。

 本当は九十九と一緒だと楽しいけれど、旅館の仕事もあるし、同行は断った。おひとり様のほうが、写真も撮りやすい。


「大漁、大漁」


 つい独り言が漏れる。長らく、ぼっちだったので癖だった。一人になると、しゃべりたくなってしまう。

 人前では、全然しゃべれないのに。

 本当は……「湯築さん」じゃなくて、「九十九ちゃん」って呼んでみたい。

 なんだか、恥ずかしいから、つい名字になってしまう。


「九十九ちゃん、かぁ……」


 う、恥ずかしい。

 九十九と旦那さんの関係には、「もう半年は経つんだよね」なんて言ったけど……燈火だって、他人のことは言えない。結構な時間が経つのに、まだ九十九を名前で呼べていなかった。

 やっぱり、あのとき悪いこと言っちゃったよね。

 怒られなかったのは、九十九が優しいからだ。燈火はすっかり甘えている。

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら、燈火は夜の道後公園へ入っていく。九十九の言った通り、非常に映える。木々を彩るたくさんのLEDライトが見えた。

 ライトには、果実袋のような袋がかけてある。それぞれに、子供の書いたと思しき絵が浮かんでおり、色合いだけではなく、絵柄を見ても楽しめるようになっていた。笑顔の似顔絵が多いが、みんな誰を描いたのだろう。想像を膨らませるのも、面白い。

 昼間に来るのとは、印象が違う。そういえば、展望台にのぼったとき、小さな神社を見つけたけれど……あれは、なんの神様が祀られていたのだろう。九十九に聞いておくのを忘れていた。

 燈火は三脚を立てる。人気の催しだと聞いていたが、全然人がいなくて助かった。シャッターチャンスを待つ必要がない。

 どういう構図がいいだろう。手前の光に焦点を当てて、うしろをボカす? それとも、逆のほうがいいかな。奥行きを出したいので、角度も吟味したい。


 あれこれとカメラをのぞき込む燈火には、自分に迫る影に気がつく余裕などなかった。

 

 

 

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