4.ミイさん。
冬の陽は短い。
油断していると、すっかり暗くなってしまう。
九十九は竹箒を持って、湯築屋の門へ向かった。今日は日曜日。大学も休みなので、一日中、湯築屋の仕事をしていた。
シロの使い魔が、燈火の見守りをはじめて三日が経つが、とくに変化はないらしい。それでも、暗くなっていく夜空を見あげるたびに、燈火が心配だった。金曜日に大学で別れたきり、顔もあわせていない。
毎晩、メッセージのやりとりはしているので、無事は確認している。今日は写真のために、一人で道後を散策すると言っていた。
夜の道後温泉街には、独特の雰囲気がある。道後温泉本館や飛鳥乃湯泉はライトアップされ、昼間とは違う色をまとうのだ。
また、道後公園には「ひかりの実」というイルミネーション作品が展示中だった。道後温泉と現代アートの融合である、オンセナートの一環だ。街のいろんな場所に、様々なアーティストが手がけたアート作品が展示される。一部の展示が「映える」と評判となり、今、SNS界隈でアツいらしい。
その話を燈火にすると、案の定、目の色を変えて食いついていた。本当は九十九も一緒に散策したかったが、燈火から「でも、写真撮ってる間、いろいろ待たせちゃうし……」と、断られてしまったのだ。
燈火ちゃん、大丈夫かな……。
九十九は、竹箒で門前を掃除する。湯築屋の結界内は、あまり掃除する必要がないのだが、門の外はそうもいかない。忙しいと、ついつい落ち葉が溜まってしまう。
リン――。
と、鈴の音が聞こえた。
九十九は掃除の手を止め、辺りを見回す。
湯築屋では、お客様のご来館があると、鈴が鳴る仕組みになっている。ただ、どちらかというと、神社の本坪鈴のような音だ。「シャン、シャン」と、擬音に直せる。だから、今鳴った鈴とは、ちょっと違う。
陽が落ちて、周囲の影が濃くなりつつある。
そんな中で、何者にも染まらぬ白だけが、浮かびあがっていた。
「あ……」
白い神様と、燈火が言っていたのを思い出す。
今、目の前にいるのは、まさに白い神様と呼べる存在かもしれない。
新雪の如き白い着物に、地面まで垂れる灰色の長い髪。灰色の虹彩の中心に存在する瞳孔は、縦に長い。
神気の波動から、神様だというのは間違いなかった。
「これ」
白い神様は、手に持っていたものを九十九に見せた。
リン、と音を鳴らしたのは、キラキラ光る鈴だ。表面が色とりどりのストーンで加工されており、非常に印象深い意匠だった。
燈火ちゃんのストラップだ……。
一目で、わかった。やはり、この神様が燈火を助けてくれた?
白い神様は、黙って九十九を見据えたままだ。沈黙が長くなり、次第に空気が重苦しく感じてくる。
なにが目的なのだろう。九十九は、白い神様がなにを述べるのか、じっと待った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あの……」
長い長い沈黙のすえに、九十九は耐えられず口を開いた。
「ご用件を、おうかがいしても……よろしいですか?」
ただ見つめあうだけだったので、つい聞いてしまう。なにか意図があって見つめられていると思ったのだが……なんとなく。いや、本当に失礼な話なのだが、なんとなく……なんとなーく……ただ、ぼーっと見つめられているのではないかと感じてしまったのだ。
「嗚呼、うん……」
すると、白い神様は、はたと気がついたように目を伏せた。口を開くと、神々しいと言うよりも、ちょっとだけ「ぽやぽや」した印象だ。
「拾った。君の匂いがする」
鈴を九十九に渡しながら、白い神様は短く告げる。鈴から九十九の匂いがするから、湯築屋に届けた。と、いうことだろうか。たしかに、最近は燈火と一緒にいる機会が多かったので、九十九の神気の痕跡があるかもしれない。
白い神様は、用が済んだと言わんばかりに、くるりと踵を返す。しかし、もう少し話を聞きたくて、九十九はとっさに「待ってください」と声をかけた。
「せっかくですから、湯築屋で休んでいきませんか?」
営業トークのつもりはないが、九十九は門を示しながら笑った。経緯も聞きたいが、この神様はこうやって、燈火のストラップを届けてくれたのだ。お礼もしたい。
白い神様は、ぼんやりとした表情で湯築屋をながめている。彼には、門の向こうに広がる結界の景色が見えているはずだ。
「わかった」
やや遅れて、神様はコクコクとうなずいた。
九十九は安心して、接客スマイルを浮かべる。
「では、湯築屋へいらっしゃいませ。差し支えなければ、お名前をうかがってもよろしいでしょうか、お客様」
「名前」
神様は、首を傾げながら、しばらく考えていた。なにをそんなに迷っているのだろう。誰からも忘れられ、名を失ってしまった堕神ではないのに。
「ミイさんと、呼ばれている」
その呼称を聞いて、九十九は「あー!」と声を出した。




