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7.シロ様は黙りましょうか……。

 

 

 

「さて。みなさま、ごきげんよう。期せずしてはじまった、カレーの食べ比べ合戦。題して、カレー・オブ・ザ・ワン。勝利の女神は誰に微笑むのか、見所満載の一本勝負、これより開始です。実況、解説、司会は、わたくし天照大神がつとめます。よろしくおねがいします」


 大国主命と少彦名命が待つ広間にカレーを運んだ瞬間、このような解説がされた。

 二柱しかいないと思っていた広場には、なぜか長テーブルが用意されている。ごていねいに、テーブルクロスまで。

 そこに座するのは、右から天照、シロ、大国主命、そして少彦名命であった。正確には、少彦名命が座っている姿は見えないのだが、テーブルの上に小さな座布団がのっているので、あそこにいるのだろう。


「へ? かれー・おぶ・ざ・わん?」


 聞いていなかった。九十九は勝手にはじまった天照の解説に、目を点にした。


「面白そうでしたので」


 天照はうっとりとしながら、ウインクしてみせた。つまり、彼女の独断で「カレーの食べ比べ」を、「カレー対決」にしてしまったのだ。理由は、自己申告のとおり、面白そうだから。

 びっくりしたが、天照らしい。


「九十九のカレーが食べられると聞いて。儂が食べぬ道理がない!」


 シロはあいかわらずの態度で、尻尾を左右にふっていた。


「このような事態になり、当方はなんと言えばいいのやら……相方は、非常に喜んでおります」


 大国主命が申し訳なさそうにしている。しかし、少彦名命は喜んでいるらしい。もとは、少彦名命の要望を叶えるための食べ比べだ。喜ばれているのなら、九十九はカレー対決になっても異論はなかった。


「面白そうなので、カレーの制作者の名前を伏せて実食いたしましょう」


 天照が、ふふふと笑いながら提案する。神様たちから異論があがらなかったので、ルールはそのように設定された。行き当たりばったりである。

 天照のノリに慣れている幸一は、「わかりましたよ、お客様」と承諾している。小夜子も苦笑いしながらうなずいた。将崇は、「こんなことなら、もっと工夫してもよかったかもしれない……」と少々後悔しているようだ。


「では、最初のカレーをお持ちしてくださいな」


 すっかりと、天照が場を仕切っていた。

 制作者の名前を伏せるというルールなので、厨房で盛ったカレーを全員が一皿ずつ運ぶことにした。

 最初に広間へ運んだのはスープカレーだ。

 にんじん、ブロッコリー、ピーマンなど、ゴロっとした野菜や、大きな鶏肉が食欲をそそる。贅沢に四分の一カットの焼きカマンベールチーズも添えられており、見た目だけならお洒落な喫茶店のメニューにありそうだった。

 運ぶ際、小夜子が恥ずかしそうにしており……正直、制作者を隠す意味があるのだろうかとも思えてしまう。


「うむ。非常に美味だ。これが九十九のカレーに違いあるまい!」


 一口食べたシロが、自身満々に言い放つ。

 うん。制作者隠した意味ありましたね。それ、わたしのカレーじゃないですよ。シロ様!

 天照や大国主命も、美味しそうにカレーを食べはじめる。大国主命は、あいかわらず……スープカレーにも、大量の福神漬けを入れていた。もはや、カレーではなく、福神漬けを食べているのではないかと錯覚する。

 もちろん、少彦名命の前にも皿が置かれた。サイズは、大国主命たちと同じである。

 皿の近くでぴょんぴょんと、小さなものが跳ねた――と、思った次の瞬間、綺麗さっぱりとカレーは消えてなくなった。残ったのは、カレーの入っていた痕跡のある皿だけである。

 少彦名命の食事風景をまじまじと見る機会はあまりなかったが、不思議な気分になってしまう。というより、米粒よりも小さな身体のどこに、カレーが入ったというのだ。神様は太らないし、満腹にもならないので、そういうものだと言われれば納得するしかないのだが。


「さて」


 大国主命が少彦名命に視線をやる。どうやら、少彦名命の声を聞いているようだ。


「具が最高にいいですね。甘く煮たにんじんがやわらかく、スプーンでも切断できます。ピーマンは素揚げにしており、鮮やかな色と食感が非常にいい。鶏肉もほろほろと崩れる、大きなカマンベールチーズも贅沢な逸品ですね。カレーの味が家庭的である分、具材の調理方法で差別化していますね……と、相方は言っております。なんという上から目線。お許しください」


 少彦名命の言葉を代弁したあとに、大国主命はキチッと頭をさげる。そこを気にするのが彼らしいのだが、とにかく、九十九はお客様に頭をさげないでほしいと思ってしまうのだった。


「では、次をお持ちください」


 天照に仕切られ、九十九たちは次のカレーを運ぶ。


「焼きカレーですわね」


 天照がうっとりとしている。

 耐熱のグラタン皿で現われたカレーに、たっぷりトッピングされたチーズが、こんがりと焼きあがっている。半熟の卵は潰すと、今にもとろりとした黄味が溶け出しそうだった。添えられたローズマリーや、パセリの香りがよく、彩りもお洒落だ。

 九十九たちは、これが誰の作であるか知っているのだが……さて、お客様たちに喜んでもらえるだろうか。


「これも美味だ……きっと、九十九のカレーに違いあるまい! 儂が妻のカレーを間違えるわけがないからな」


 と、シロはまた声高らかに言っているが……ぶっぶー、ハズレです。それは、将崇君のカレーですよ、シロ様。


「シロ様、全部九十九ちゃんのカレーって言う流れだね」


 小夜子がクスクスと笑うので、九十九は疲れた息をついた。たぶん、その予想は当たるだろうと、九十九も思う。

 しかし、のぞき見をしようと思えば可能である。湯築屋で起こる出来事を、シロはすべて把握できるのだ。カンニングせず、ルールを楽しむ姿勢は評価できるだろう。


「当方の相方は、こう申しております。この焼きカレーは、複雑なように見えてシンプルに美味しい。たっぷりの野菜が溶け込んでいるため、甘みとコクが強いですね。それらが焼きチーズや卵と出会うことで、味に深みが増しています。わかりにくいですが、細かく刻んだえのき茸に旨味を閉じ込められており、よい隠し味となっています」


 今まで、少彦名命が食事するところを見られず知らなかったが……こんなにたくさんのことを考えていたのか。九十九は感心してしまった。たしかに、厨房で将崇がえのき茸を刻んでいる姿を見ていたが、そこまでわかるのか。食べるのは一瞬なのに。

 なお、通訳担当である大国主命は、やはりここにも福神漬けを山のように盛っていた。もはや、カレーが埋まっている。


「カレーは、あと二つですか……さすがに、ちょっと尺が惜しくなってまいりましたわね」


 司会の天照もカレーを堪能していたが、ふと悩ましげに時計をながめる。


「もうすぐ、推しが出演する生放送がはじまってしまいます。リアタイしたいので、残りのカレーは同時にいただきましょう」


 などと言いはじめるので、九十九は苦笑いする。勝手にはじまったカレー対決は、司会の都合により、「巻き」の指示が入ってしまった。


「わかりました、ご準備いたしますね」

 

 

 

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