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4.被写体がよかったからね!

 

 

 

 八股榎大明神は、松山市役所の道を挟んで向かい側の堀端に、ひっそりと佇んでいた。

 南堀端から市役所に向けて歩くと、遠くからでも見える。だが、その外観は、祠というよりも……小屋だ。そこに、小さな鳥居の頭がいくつも並んでいるのが辛うじて確認できるというものだった。堀端側から見ると、ここに神様が祀られているとは思えない。

 けれども、近づくと印象がちょっとずつ変わる。

 見あげるような榎が立派だ。周囲には、存在を主張するかのように、赤いのぼりが並んでいる。

 敷地は左右の階段で祠まで降りられるようになっていた。

 左側の階段には、十七基もの鳥居が所狭しと連なっており、まるで異界へ通じる道のように感じられた。ここだけ、敷地の狭さや、街の真ん中の喧騒とは切り離された空間であると錯覚しそうだ。


「こんな風になってたなんて、知らなかった」


 連なる鳥居を見あげて、燈火が目を輝かせていた。彼女は「映える」ものを見ると興奮する。九十九にとっては、お馴染みの反応になりつつあった。


「写真撮っていいですか!」


 燈火はスマホのカメラを起動しながら、お袖さんをふり返った。


「いいよ、好きにしたまえ」


 お袖さんに拒む理由もなく、あっさり了承する。

 九十九も、実は改めて訪れるのは初めてであった。市役所へ行く際に、前を通る機会は多かったのだが、こうやってじっくりと参拝する機会がなかったのだ。

 シンボルである榎は、やはり大きい。もともと、お袖さんが暮らしていた榎ではなくなっているのだが、強い神気を感じた。これがお袖さんの神としての神気だろう。彼女は化け狸でありながら、八股榎大明神に祀られる神なのだ。


「これ……」


 けれども、榎から妙な気配がする。


「ああ、やっぱり、君は気づいたかい?」


 お袖さんは榎を示して笑った。


「ご紹介しよう。うちの同居人だ」

「同居人って……」


 榎には、なにかが住みついている。黒く渦巻くような瘴気を感じた――堕神おちがみだ。かつては神として人々から信仰されたが、名前を忘れられ、消滅を待つ存在。


「堕神と暮らしてるんですか? か、神様がですか?」

「おや、意外かい? なかなか面白そうだから、住まわせてみたんだよ」


 意外だった。

 九十九は……堕神だって、神様だと思っている。名前を忘れられたが、信仰され、人々を見守ってきた存在だ。敬意を払うべきだと思っているし、湯築屋でできるだけのおもてなしをしたこともある。

 しかし、神様は九十九の考えとは相反する思想を持っていた。

 堕神はいずれ消えゆく存在。それは摂理であり、仕方がないこと。このように、榎に寄生して生き延びるなど、醜い足掻きである。そういう考え方なのだと、九十九は今まで聞かされてきた。

 シロだって、そう考えている。

 だから、堕神を「同居人」と呼ぶお袖さんの言動は、神様らしくないと感じてしまった。


「どこのどなたかは存じあげないが、この榎を依り代に頼って住まおうと言うなら、私に拒む権利はないからね。私だって、勝手に榎へ住みついて祀られた神だ。引っ越しだって慣れている。歓迎しても、追い出す道理はないね」


 お袖さんの口調は少しも淀むことはなかった。流れるようにすらすらと語っている。


「それに、私は神っぽい顔をしているが、狸なんだよ。隠神刑部の爺さんと同じさ。あれも、神として祀られる一柱だが、あくまで狸として振る舞っているだろう? だから、同居人に偉そうな高説を垂れて追い出すってのも、性にあわないのさ」


 隠神刑部とお袖さんは、同じように神として祀られる化け狸だが……九十九には、一括りには思えなかった。けれども、お袖さんの論調は非常に流暢で、聞いている九十九も納得してしまう。


「私は変かな?」

「いいえ。わたしは、素敵だと思います」


 問われて、九十九はすんなりと迷わず返した。

 人に危害を加える堕神もいる。瘴気によって怪異を起こせば、在り方が変わり、再び名がつくかもしれない。そうやって復活しようとするのだ。五色浜で蝶姫を害した堕神がそうであった。

 しかし、多くの堕神は、じっと消滅を待つだけだ。ならば、見守るのも一つの選択だと、九十九は思う。お袖さんが同じような考え方で、嬉しくもあった。

 九十九は、榎を見あげる。

 微妙な瘴気は感じられるが、人間に害を与えるほどでもない。注意しなければ、わかるものでもなかった。現に、楽しそうに写真撮影に興じている燈火は気がついていないようだ。


「ん……」


 不意に、九十九は目の中に違和感を覚える。どうやら、目にゴミが入ったようだ。忘れがちだが、ここは松山市のど真ん中である。市役所の目の前であり、すぐ横には道路があって車が絶え間なく走っていた。

 九十九は上衣のポケットから、ハンカチを取り出す。コンパクトミラーを使いながら、ゴミを取り除いた。涙が出て、少し化粧が崩れてしまったが、このくらいなら大学で直せるだろう。


「ねえ、湯築さん湯築さん」


 スマホで写真を撮っていた燈火が手招きした。九十九はいったん、お袖さんから視線を外す。


「湯築さんの写真撮りたい」

「え? わ、わたし?」


 燈火の希望を聞いて、九十九はつい聞き返してしまう。燈火はあくまでも真剣な顔で、うなずく。


「その階段に、立って鳥居見あげる感じで……」

「え、ええ……そんなモデルさんみたいなの無理だよ……? 一緒に撮ったら駄目なの?」

「そういうのじゃなくて、こういうお洒落なのにしたい。大丈夫。湯築さん可愛いし、顔写さないから。加工すれば、それっぽくなるから安心して」


 言いながら、燈火はスマホの画面を見せてくる。SNSだ。そこには、観光地を見あげて立つ女の子の写真が並んでいる。なるほど、雰囲気は把握した。

 燈火がSNSが好きなのは知っているが、まさか被写体になろうとは。


「わたしが燈火ちゃんを撮ってあげるよ」

「ううん。湯築さん、あんまり写真上手じゃないから……こういうの、構図が決まってるから……」

「SNS慣れしてなくて、ごめんね!」


 いろいろとこだわりがあるようだ。九十九は苦笑いしながら、燈火の言うとおりの位置に立った。燈火は真剣な顔をしながら、階段の上や下など、動き回って構図を決めている。構えているのはスマホなのに、まるでカメラマンだ。


「燈火ちゃん、カメラやってみればいいのに」

「今、バイト代貯めてるの」

「あ、買うつもりだったんだね」

「うん、欲しいカメラあるの」


 あと、三脚とレンズに……と、燈火は機材について指折り数えはじめる。だが、「うん……バイトがんばらないと」と、やがて黙り込んでしまう。九十九にはわからないが、そんなにお金がかかるのだろうか。しかしながら、目標があるのはいいことだと、前向きに考えよう。


「湯築さんにいろいろ紹介してもらって……もっと、いろんな人に、すごさ伝えたくなったから。写真なら、みんな見てくれる」


 燈火はちょっともじもじと、恥ずかしそうに笑った。

 それを聞いて、九十九もなんだか嬉しくなってくる。


「そういうことなら、どーんと撮ってくださいな!」


 九十九は得意になり、胸を張った。


「ううん、もうちょっと清楚なポーズがいい」

「あ、はい」


 調子にのってはいけませんね。すみません。

 そのあと、九十九と燈火は写真を撮って遊んだ。せっかくなので、お袖さんも被写体にしてみたが、さすがである。こちらは、本物のモデルさんのような写真に仕上がり、満足だった。

 あとで燈火から聞いた話だが、九十九とお袖さんの写真はめちゃくちゃバズったらしい。

 

 

 

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