表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/288

2.誤解、いや、違わないけど!

200話目です!!!!

 

 

 

 今日の講義は一限と二限、四限だ。

 つまり、お昼と三限が丸々空き時間である。こういうときは、ゆっくりと二時間半のランチタイムを楽しむことができるのだ。

 九十九と燈火は二限が終わってすぐ、大学を出て路面電車に飛びのった。

 松山の路面電車は城山を囲うように巡らされた環状線と、道後温泉地区行きの線がある。これから、環状線にのって、向かうのは松山市駅の方面だ。


「湯築さん、ほんとごめん。ボク、空気読むの下手だから……迷惑かけちゃった」


 今日、大学に来てから燈火はずっとこの調子だった。早朝、というか、深夜に電話をかけてしまい、本当に申し訳ないと思っているのだろう。九十九の起床時間を知らず、「旅館の仕事があるから、朝早い」という情報しかなかったので、しょうがない面もある。


「しょうがないよ。大丈夫、わたし二度寝も大好きだから」

「いや、二度寝はたしかに気持ちいいけど……」

「いいんだよ。わたし、それより嬉しいから」


 朝早く起こされてしまったが、九十九は気分がよかった。

 初めて、燈火からランチに誘われたのだ。

 いつもは九十九の提案で出かけるので、これは単純に嬉しい。


「結構、くだらなくて、ごめん……」

「くだらなくないよ!」


 燈火は本当に自分を否定しないと気が済まないようだ。謙虚なのはいいが、あまり好ましくはない。九十九は大袈裟に首をふった。

 路面電車がガタンッと揺れる。木製の床のうえで、九十九と燈火は足を踏ん張らせて、転倒しないように努めた。揺れる路面電車では、よくある光景だ。

 マッチ箱のようなオレンジ色の路面電車は、ぐるりと市内を回って走る。九十九たちは、松山市駅の手前、目的地付近で電車を降りた。料金が一律なのが嬉しい。降車時に、伊予鉄で使用できるICい~カードをポンッとタッチする。

 南堀端駅で降車。

 松山城を囲うお堀の南側だ。北へ進めば、大きな堀之内公園が広がっている。公園には愛媛県美術館や松山市民会館、県立図書館などもあり、老若男女の憩いの場として機能している。

 だが、今日向かうのは南側だ。松山市駅側に向かって、少し歩く。


「行ったこと……なくて」

「いいよ、いいよ。わたしも、すっごく久しぶりだから」


 ほどなくして辿り着いたのは――ラーメン屋さんだ。

 店の入口には長暖簾がかかっており、中が見えないようになっている。赤い提灯がさがっており、居酒屋のような雰囲気も漂っていた。看板には、「中華そば」と「おでん」の文字。

 初めて松山を訪れたお客様から、ときどき言われる言葉がある。

 ――この土地の食べ物は、味つけが甘い。

 松山の味つけは、甘いらしい。「らしい」というのは、九十九にはあまり自覚がないからだ。外から来たお客様特有の感想だろう。

 松山の料理は煮物や汁物などを、甘く味付ける特徴がある。

 その甘い松山の味の代表格として、名前がよく挙がるのが、この店のラーメンだった。


「本当に、甘いのかな?」

「うーん、甘いと言えば甘いよ」

「ラーメンなのに?」

「うん。でも、美味しい!」

「へ、へえ……」


 朝の記憶を辿り、燈火が九十九を誘ってくれた理由を思い出す。

 燈火のアルバイト先の先輩イチオシの店らしい。今度一緒に行こうという話にもなった。

 が、燈火は「ラーメンが甘い」と聞いて尻込みしてしまったのだ。慌ててインターネットで調べると、たしかに甘いことで有名らしい。しかも、野菜や素材の甘みではなく、砂糖で甘みをつけている……などという情報を仕入れて、とっさに断ってしまったのだ。

 とはいえ、その味は気になる。迷った挙げ句、九十九に連絡した……という話だった。


「大丈夫だよ。甘いことには甘いけど、お菓子みたいなラーメンじゃないから」

「そうなんだ……じゃあ、そんなに甘くないのかな?」

「うん? わたしは、そこまで甘くないと思うよ?」

「じゃあ、安心かも……」


 燈火はほっとした表情で、店の暖簾をくぐる。九十九も、久しぶりのお店にわくわくした。

 店内は奥に延びるように続いている。「二名です」と告げると、一番奥側のカウンター席へ案内された。ラーメン屋なので、カウンターも特殊ではない。ただ、席の目の前にドーンとおでんが並んでいると……とても、気になってしまう。


「ねえねえ、燈火ちゃん。おでんも頼もうよ」

「あ、うん。ボクも気になってた……」


 結局、二人はラーメンを並み盛り二つと、おでんをいくつか注文した。


「いらっしゃいませー!」


 さすがは、お昼時だ。お客様の出入りが絶えない。

 九十九たちの他に、カウンター席にお客様が通された。


「あ……」


 そのお客様は、おひとり様だった。

 スラリと伸びる手足が、モデルのようで美しい。ノースリーブのニットワンピースに、ショートブーツという服装が、秋らしい。深紫のベレー帽がのった髪はツヤツヤで、アシンメトリーに切られたボブカットがお洒落だった。

 小麦色の肌が健康的で、はにかんだ口から見える歯が白い。アーモンド型の目は大きくて、とても愛嬌があった。

 見たことある。


「ねえ、湯築さん……」


 隣の席で、燈火が身震いした。

 あのお客様が、人間ではないと気づいたのだ。


「大丈夫だよ、燈火ちゃん。あのお客様は、悪いことなんてしないから」


 燈火には、まだ人ならざる者の善悪がよくわからない。九十九は安心させようと、そっと耳打ちした。

 そんな九十九と燈火の姿が目に入ったのか……新しく入ってきたお客様は、カツカツとブーツの踵を鳴らして、こちらの席まで歩いてきた。

 九十九とお客様、しっかりと目があう。


「なにか用かな?」


 お客様は整った顔に、夏の花のような笑みを浮かべた。興味深そうに九十九に視線をあわせ、隣に座る。


「もしかして、お袖さんですか?」


 九十九が問うと、お客様――お袖さんは「ふふ」と笑みで返した。

 ここから歩いて数分の距離に、八股榎大明神がある。お袖さんは、そこに祀られた化け狸の神様だった。

 九十九は先日、将崇とお袖さんが一緒に歩く姿を目撃していたので、容姿にピンときたのだ。そうでなかったら、お袖さんとはわからなかったと思う。


「あなたは……ふむふむ。すごく甘い神気だな。わかったぞ! 将崇君の、前のお嫁さんだな?」

「ま、ま、まえの……およめさん……!?」


 思ってもいなかった呼ばれ方をして、九十九は顔を引きつらせる。


「ゆ、湯築さん……バツイチ……」


 案の定、燈火が勘違いしていた。


「違うよ。違うんだよ、燈火ちゃん! これは誤解なんだってば! わたし結婚してないから! あ、いや、結婚はしてる、けど」

「結婚してるの!?」

「あああああああ、それも違う……!」


 いや、シロとは結婚しているので違わないのだけど。

 ややこしい。話がまとまりそうになかった。


「とにかく、ええっと。燈火ちゃん。あとで説明するね! とりあえず、こっちの方はお袖さん。八股榎大明神に住んでる神様だよ」


 最後の説明は、他の人間に聞かれないよう、小声でする。神様と聞いて、燈火はお袖さんに興味を移した。

 よかった。いったん、結婚の話はおいておける。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ