2.誤解、いや、違わないけど!
200話目です!!!!
今日の講義は一限と二限、四限だ。
つまり、お昼と三限が丸々空き時間である。こういうときは、ゆっくりと二時間半のランチタイムを楽しむことができるのだ。
九十九と燈火は二限が終わってすぐ、大学を出て路面電車に飛びのった。
松山の路面電車は城山を囲うように巡らされた環状線と、道後温泉地区行きの線がある。これから、環状線にのって、向かうのは松山市駅の方面だ。
「湯築さん、ほんとごめん。ボク、空気読むの下手だから……迷惑かけちゃった」
今日、大学に来てから燈火はずっとこの調子だった。早朝、というか、深夜に電話をかけてしまい、本当に申し訳ないと思っているのだろう。九十九の起床時間を知らず、「旅館の仕事があるから、朝早い」という情報しかなかったので、しょうがない面もある。
「しょうがないよ。大丈夫、わたし二度寝も大好きだから」
「いや、二度寝はたしかに気持ちいいけど……」
「いいんだよ。わたし、それより嬉しいから」
朝早く起こされてしまったが、九十九は気分がよかった。
初めて、燈火からランチに誘われたのだ。
いつもは九十九の提案で出かけるので、これは単純に嬉しい。
「結構、くだらなくて、ごめん……」
「くだらなくないよ!」
燈火は本当に自分を否定しないと気が済まないようだ。謙虚なのはいいが、あまり好ましくはない。九十九は大袈裟に首をふった。
路面電車がガタンッと揺れる。木製の床のうえで、九十九と燈火は足を踏ん張らせて、転倒しないように努めた。揺れる路面電車では、よくある光景だ。
マッチ箱のようなオレンジ色の路面電車は、ぐるりと市内を回って走る。九十九たちは、松山市駅の手前、目的地付近で電車を降りた。料金が一律なのが嬉しい。降車時に、伊予鉄で使用できるICい~カードをポンッとタッチする。
南堀端駅で降車。
松山城を囲うお堀の南側だ。北へ進めば、大きな堀之内公園が広がっている。公園には愛媛県美術館や松山市民会館、県立図書館などもあり、老若男女の憩いの場として機能している。
だが、今日向かうのは南側だ。松山市駅側に向かって、少し歩く。
「行ったこと……なくて」
「いいよ、いいよ。わたしも、すっごく久しぶりだから」
ほどなくして辿り着いたのは――ラーメン屋さんだ。
店の入口には長暖簾がかかっており、中が見えないようになっている。赤い提灯がさがっており、居酒屋のような雰囲気も漂っていた。看板には、「中華そば」と「おでん」の文字。
初めて松山を訪れたお客様から、ときどき言われる言葉がある。
――この土地の食べ物は、味つけが甘い。
松山の味つけは、甘いらしい。「らしい」というのは、九十九にはあまり自覚がないからだ。外から来たお客様特有の感想だろう。
松山の料理は煮物や汁物などを、甘く味付ける特徴がある。
その甘い松山の味の代表格として、名前がよく挙がるのが、この店のラーメンだった。
「本当に、甘いのかな?」
「うーん、甘いと言えば甘いよ」
「ラーメンなのに?」
「うん。でも、美味しい!」
「へ、へえ……」
朝の記憶を辿り、燈火が九十九を誘ってくれた理由を思い出す。
燈火のアルバイト先の先輩イチオシの店らしい。今度一緒に行こうという話にもなった。
が、燈火は「ラーメンが甘い」と聞いて尻込みしてしまったのだ。慌ててインターネットで調べると、たしかに甘いことで有名らしい。しかも、野菜や素材の甘みではなく、砂糖で甘みをつけている……などという情報を仕入れて、とっさに断ってしまったのだ。
とはいえ、その味は気になる。迷った挙げ句、九十九に連絡した……という話だった。
「大丈夫だよ。甘いことには甘いけど、お菓子みたいなラーメンじゃないから」
「そうなんだ……じゃあ、そんなに甘くないのかな?」
「うん? わたしは、そこまで甘くないと思うよ?」
「じゃあ、安心かも……」
燈火はほっとした表情で、店の暖簾をくぐる。九十九も、久しぶりのお店にわくわくした。
店内は奥に延びるように続いている。「二名です」と告げると、一番奥側のカウンター席へ案内された。ラーメン屋なので、カウンターも特殊ではない。ただ、席の目の前にドーンとおでんが並んでいると……とても、気になってしまう。
「ねえねえ、燈火ちゃん。おでんも頼もうよ」
「あ、うん。ボクも気になってた……」
結局、二人はラーメンを並み盛り二つと、おでんをいくつか注文した。
「いらっしゃいませー!」
さすがは、お昼時だ。お客様の出入りが絶えない。
九十九たちの他に、カウンター席にお客様が通された。
「あ……」
そのお客様は、おひとり様だった。
スラリと伸びる手足が、モデルのようで美しい。ノースリーブのニットワンピースに、ショートブーツという服装が、秋らしい。深紫のベレー帽がのった髪はツヤツヤで、アシンメトリーに切られたボブカットがお洒落だった。
小麦色の肌が健康的で、はにかんだ口から見える歯が白い。アーモンド型の目は大きくて、とても愛嬌があった。
見たことある。
「ねえ、湯築さん……」
隣の席で、燈火が身震いした。
あのお客様が、人間ではないと気づいたのだ。
「大丈夫だよ、燈火ちゃん。あのお客様は、悪いことなんてしないから」
燈火には、まだ人ならざる者の善悪がよくわからない。九十九は安心させようと、そっと耳打ちした。
そんな九十九と燈火の姿が目に入ったのか……新しく入ってきたお客様は、カツカツとブーツの踵を鳴らして、こちらの席まで歩いてきた。
九十九とお客様、しっかりと目があう。
「なにか用かな?」
お客様は整った顔に、夏の花のような笑みを浮かべた。興味深そうに九十九に視線をあわせ、隣に座る。
「もしかして、お袖さんですか?」
九十九が問うと、お客様――お袖さんは「ふふ」と笑みで返した。
ここから歩いて数分の距離に、八股榎大明神がある。お袖さんは、そこに祀られた化け狸の神様だった。
九十九は先日、将崇とお袖さんが一緒に歩く姿を目撃していたので、容姿にピンときたのだ。そうでなかったら、お袖さんとはわからなかったと思う。
「あなたは……ふむふむ。すごく甘い神気だな。わかったぞ! 将崇君の、前のお嫁さんだな?」
「ま、ま、まえの……およめさん……!?」
思ってもいなかった呼ばれ方をして、九十九は顔を引きつらせる。
「ゆ、湯築さん……バツイチ……」
案の定、燈火が勘違いしていた。
「違うよ。違うんだよ、燈火ちゃん! これは誤解なんだってば! わたし結婚してないから! あ、いや、結婚はしてる、けど」
「結婚してるの!?」
「あああああああ、それも違う……!」
いや、シロとは結婚しているので違わないのだけど。
ややこしい。話がまとまりそうになかった。
「とにかく、ええっと。燈火ちゃん。あとで説明するね! とりあえず、こっちの方はお袖さん。八股榎大明神に住んでる神様だよ」
最後の説明は、他の人間に聞かれないよう、小声でする。神様と聞いて、燈火はお袖さんに興味を移した。
よかった。いったん、結婚の話はおいておける。




