表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/288

14.約束やけん。

 

 

 

 翌日、隠神刑部は湯築屋を去る。


「まー坊の言ったとおり、満足させてもろたわい。ワシは帰るぞな」


 玄関を出るとき、両手にはいっぱいの坊っちゃん団子の紙袋がさがっていた。昨日、人間に化けて買物へ行ったらしい。里の狸たちがあんこを好むのだという。


「隠神刑部様、またのお越しをお待ちしております」


 玄関に立った隠神刑部を、湯築屋の従業員が見送る。

 もちろん、将崇もその中にいた。


「まー坊の様子、また見にらい」


 隠神刑部は丸みのある顔で、穏やかに笑って手をあげた。坊っちゃん団子の紙袋が重なって、がざがざと音を立てる。


「爺様、今度は事前に言ってくれたら迎えにいきますよ」

「いんや、抜き打ちじゃわい」


 将崇の申し出を、隠神刑部は軽く一蹴する。湯築屋としては予約なしで来てもらっても構わない。が、将崇はいろいろと準備がしたいようだ。

 隠神刑部は、最後に並んだ従業員と一人ずつ目をあわせていく。けれども、コマにだけは目をあわせようとしなかった。やはり、コマは認めてくれないのだろうか。しゅんとコマがうつむいてしまう。


「ありがとうございました」


 それでも、隠神刑部が玄関から出て行くと、コマも一緒に頭をさげた。笑顔でお客様を送り出してくれる。


「爺様、また来るって言ってただろ。次、立派な狐になっていればいいんだぞ!」


 隠神刑部が去ったあと、落ち込んでいるコマに将崇が声をかけていた。


「は、はいっ。そうですね……うち、がんばります!」


 将崇に励まされ、コマもうなずいている。

 この二匹は、放っておいても大丈夫だと思う。

 九十九は心配しないことにして、隠神刑部が宿泊していた部屋を片づけようと、玄関をあとにした。


「あ……」


 だが、廊下の向こうに、見覚えのある紙袋を見つけた。嫌な予感がして、素早く近づくと……やっぱり。


 坊っちゃん団子の紙袋だ!


 隠神刑部が落として行ったに違いない。彼は両手にいくつも袋を抱えていた。しまった。気を利かせて、大きな紙袋に入れてあげればよかった……。

 九十九は後悔したが、今は隠神刑部に追いついて坊っちゃん団子を渡すのが先だ。着物では走れないが、精一杯急いで、玄関へ向かった。

 従業員用の下駄を履き、旅館の外へ。

 秋の湯築屋は紅葉の舞う庭が美しい。枯れず、青みを残さず、真っ赤に染まった紅葉の色に、目が覚めそうだった。

 その中を進むと紅葉の着物も、ひらひらと揺れる。


「隠神刑部様ー!」


 目当ての姿見つけ、九十九は思わず叫んだ。

 来たときとは違い、隠神刑部は湯築屋の庭をながめていた。美しく紅葉した木々や、近代和風建築の旅館を見あげ、立ち止まっている。


「おおー。おやおや……すまんねぇ。ワシ、忘れとったんかね」


 走ってきた九十九と、坊っちゃん団子から、隠神刑部は状況を察してくれたらしい。


「間に合ってよかったです……!」


 隠神刑部に追いついたころには、九十九は息が切れていた。

 うーん、高校のときは、もうちょっと余裕だったはずなのに。大学になって、運動減ったからかも……。


「…………」


 しかし、隠神刑部の表情は思っていたのと違っていた。

 なんか、寂しそう……?


「ああ、気にせんといて。ちょっと我慢しとったんよ」


 我慢? 九十九が首を傾げると、隠神刑部は弱々しく笑った。


「まー坊が心配なんじゃが、あんなに大きくなってしもうたら……ワシ、口出せんからのう」


 隠神刑部は、満足してくれた。

 だが、安心して帰るわけではない。

 将崇がまだ心配なのだ。


「ほうやけど、あんな必死なまー坊を無理やり連れて帰るんも、カッコイイ爺様じゃなかろう?」


 それでも、隠神刑部は「将崇の爺様」で在りたいのだ。将崇が尊敬する爺様でいるために、湯築屋を去ろうとしている。


「こんなん、まー坊に言うたらいかんよ。これも、ワシとあんたとの約束やけん」

「はい、言いませんよ」


 九十九は笑い返しながら、口に人差し指を当てる。

 隠神刑部と、また秘密の約束をしてしまった。全部、カッコイイ爺様で在るための約束である。


「あと、あの狐なんやけど」

「コマですか?」


 さっきも、隠神刑部はコマと目をあわせてくれなかった。やはり、意識してそうしていたようだ。


「まー坊は、あれを好いとるぞなもし?」


 直球ストレートな聞き方に、九十九は苦笑いする。だが、将崇がはっきり肯定していないものを、九十九が「そうです」と言うわけにもいかない。


「だ、だと思います……たぶん、十中八九」


 我ながら、とてもあいまいな断定になってしまった。


「あれは……半端やけど、ええ子ぞな」


 その言葉は、意外だった。

 いや、コマはいい子だ。けれども、隠神刑部の口からそれが出てくるとは思っていなかったのだ。


「まー坊が風邪引かんように、毛布かけよったわい」


 そういえば、将崇は九十九に毛布の話をしていた。

 まったく覚えがないはずだ。夜中に眠ってしまった将崇に、毛布をかけたのはコマだったのだ。隠神刑部は、それを見ていたのだろう。


「それに、このワシのようなスペシャルな大物狸に向かって、まー坊と一緒に頭をさげる姿勢。悪くないわい」


 そう言い切って、隠神刑部はうんうんとうなずいた。


「だったら、どうして……」


 コマを認めてくれたなら、本人に言ってあげればいいのに。けれども、隠神刑部は首を横にふった。


「あれは化け狐としては半人前やからのう。しばらく、抜き打ちで来てしごいてやらんといかん! 威厳が大事ぞな」

「じゃあ、やっぱりまた来てくださるんですね」

「当たり前ぞなもし」


 コマも、「次こそは!」と意気込んでいた。ここは、隠神刑部の好きにさせたほうがいいのかもしれない。

 九十九としては、認めてくれたのなら素直に態度に表してほしいが。


「話してたら、落ち着いてきたわい。ありがとう」


 しばらく話しているうちに、隠神刑部の顔は晴れやかになっていた。今度こそ、湯築屋から去ろうとする。


「帰ってうわい」


 また来るよと、手をふって、隠神刑部は湯築屋の門をくぐる。


「はい、お待ちしています」


 九十九は頭を深くさげ、隠神刑部をお見送りした。

 

 

 

19章は4月から更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ