表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/288

11.今度こそ!

 

 

 

 今日もお客様は、隠神刑部と常連の天照しかいない。

 特に大きなイベントもないが、将崇の隠神刑部への再チャレンジという大仕事があった。ちなみに、天照は推しピザ宅配にハマっているので、夕餉はキャンセルだ。

 大学から帰って、九十九も旅館業務に加わった。今日は麻の葉模様の着物に、市松の帯をあわせている。竹で作った簪が、素朴なデザインでお気に入りだった。


「将崇君、大丈夫?」


 廊下で出会った将崇の顔が眠そうだったので、九十九はついこんな声かけをしてしまった。目の下にクマができて、充血している。あまり元気もなさそうだった。

 すると、将崇はあくびを噛みしめながら、九十九を見る。声をかけるまで、九十九に気がつかなかったようだ。


「おつかれさま、だね?」

「ああ……大丈夫だ」


 将崇も今日は学校だった。この状態で専門学校へ行ったのか。だとすると、同級生もさぞ心配したことだろう。


「あ、昨日は……その……助かった」

「ん?」


 将崇のお礼に、九十九は瞬きで答えた。なんのことか、わからない。


「も、毛布……朝は、冷えたからな……」

「え? 毛布?」


 ますますわからなかった。将崇のほうも、「え?」と怪訝そうな顔になっている。話がまったく通じていなかった。


「あれ? す、すまない……なら、いい。勘違いだ」

「あ、うん。そう?」


 なんだか、よくわからない話だ。九十九は今朝、普通に起きて朝学校へ行った。将崇が朝まで厨房にいたのは知っていたが、九十九が起きた時間にはいなくなっていたのだ。

 講義が二限以降のときは、九十九も朝早起きして旅館の手伝いをする。しかし、一限のときは学校に間に合う時間に起きて、そのまま家を出ていた。大学では、みんな「一限ダルい~」と言っているが、九十九はむしろ、一限の日は少し寝坊できるという感覚だ。たぶん、普通ではない。


「とにかく、今日は……いや、今日も頼む!」


 将崇は改まった様子で、九十九に向きなおった。そして、深々と頭をさげる。


「ま、将崇君!」


 今までにない将崇の態度に、九十九は狼狽してしまう。将崇とのつきあいも長くなってきたが、あまりないパターンだ。どうすればいいのかわからない。

 けれども、将崇は顔をあげなかった。

 真剣さが伝わってきて、九十九も背筋を伸ばす。


「うん、がんばろう。わたしも、しっかりやるから!」


 将崇がこんなにがんばっているのだ。

 接客をまかされる九十九が台無しにするわけにはいかない。2人で、いや、湯築屋みんなで隠神刑部に満足してもらおう。





 厨房の様子を、みんなが固唾を呑んで見守っている。

 今日はお客様が他にいないからと言っても、こんな光景は、あまりない。

 調理しているのは、もちろん、将崇だ。幸一が隣で軽いアドバイスをしながら見守っている。

 コマは厨房の椅子に座り、将崇をじっと見ていた。九十九は、邪魔にならないよう、入口から中をのぞき込む。すると、いつの間にか、碧も来ていた。さらに、アルバイトの小夜子さよこや、番頭の八雲やくもまで。まさに、湯築屋の面々が総出の状態だ。


「いいですねぇ。揚げ物、私好きですよ」


 碧がお淑やかに笑った。厨房からは、油で衣を揚げるカラカラという音が聞こえてきている。

 しかし、油の音を聞きながら九十九は不安になった。

 隠神刑部は、昨日、「むつこい」と言ったのだ。脂っこい食べ物は、あまり好まないのではないか。そんな懸念がある。

 将崇も、あの場にいたので、そんなことは承知のはずだ。なのに、なぜ?


「楽しみですね」


 九十九の心配は杞憂だと言いたげに、八雲が肩に手を置いた。八雲は番頭のほかに経理なども担当しており、湯築屋になくてはならない存在だ。長い間、湯築屋に勤務してくれているベテランである。そんな彼に言われると、なんとなく安心してくるから不思議だ。

 みんなが、将崇の料理を見守っている。

 ここにいる者たちは、みんな知っているのだ。将崇が、今までどれだけがんばってきたのか。そして、どういう人間、いや、狸なのかを。

 だから緊張感はあるが、心配はしていない。

 将崇なら、乗り越えてくれると信じていた。


「できた……!」


 料理を盛りつけ終えた将崇が、顔をあげる。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ