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6.芯。

 

 

 

爺様じじさまぁ!?」


 九十九のうしろから、びっくりした声が聞こえる。将崇だ。玄関から九十九の悲鳴が聞こえて、駆けつけてくれたのだろう。

 それにして、爺様。


「九十九は儂の妻だ! 離れるがいい! 狸!」


 もう一人、即座に現われたのはシロである。シロはお客様を九十九から引き剥がそうと、尻尾をつかんで引っ張った。お客様は急に尻尾を引っ張られ、「あひぃん!」と叫びながら九十九から飛び退く。


「なにをぉ! ワシを誰と心得るか!」


 お客様がくるりと表情を変え、シロに対してぷんすか怒っている。まんまるのお腹を、ぽんっと叩く。

 将崇君の爺様って、たしか……。


「伊予八百八狸の総大将。狸の中の狸! 隠神刑部とは、ワシのことよ!」


 隠神刑部。伊予狸の大将とも呼べる存在だ。狸の逸話が多い四国でも、一番の力を持っていたとされる。本人も名乗っているが、誇張ではなくまさに、狸の中の狸だろう。


「爺様、なにしに来たんですか!」


 ふんぞり返って威張る隠神刑部に、将崇が声をあげた。変化を解いた狸の姿で、いつもの意地っ張りなしゃべり方ではないためか、ずいぶんと印象が違う。彼は隠神刑部を「爺様」と呼んで慕っている。普段の語り口からも、将崇が隠神刑部を好きなのが伝わっていた。

 そんな将崇を見て、隠神刑部も変化を解く。だが、まんまるな体型はそのままなので、あまり人間の姿に化けているのと印象が変わらなかった。


「おお、まー坊。迎えにきたんよ」


 まー坊と呼ばれ、将崇は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。が、それよりも、九十九は隠神刑部の「迎えにきたんよ」に引っかかる。


「いつまでも帰ってこんけんのぅ」

「その話は……手紙にも書いたとおりで……俺はしばらく戻らないつもりなので……」


 隠神刑部に、将崇はしどろもどろしながら答えている。


「やけん、嫁連れて帰っといでってよろう。じじがええ子、紹介したげるけん」

「じ、爺様。今、そういう、よ、嫁の話は……!」


 将崇は申し訳なさそうに頭をぺこぺこさせながら、両手を前に出している。

 そうしているうちに、だんだんと玄関にお客様をお出迎えする従業員が集まってきた。鈴の音はお客様の来館を伝えるものだ。聞こえたら、すぐさま、玄関でお出迎えすることになっていた。


「お客様、いらっしゃいませっ!」


 奥から、コマがぴょこぴょこと歩いてきた。いつものように、もふりとした尻尾をふりながら、お客様にあいさつをする。


「はァん?」


 すると、なぜか隠神刑部の表情が一変する。丸い顔に、にこやかな表情を浮かべていたのが、急に訝しげにコマを見つめたのだ。その様に、やってきたばかりのコマは、ビクリッと固まってしまう。


「出来の悪そうな狐やなぁ」


 そう吐き捨てたので、コマは完全に萎縮していた。


「え、えっと……あの……はい」


 コマは両手で臙脂色の着物をいじりながら、耳をぺこんとさげる。すると、コマを庇うように将崇が隠神刑部の前に出た。


「爺様、今関係ないでしょう――おい、お前ももなに返事してんだよ! 俺の弟子なんだから、もうちょっとだけ威張ってもいいんだぞ!」


 将崇は隠神刑部とコマに、それぞれ言って聞かせる。コマを庇っているように見えて、九十九はほっとした。

 けれども、その態度が隠神刑部の機嫌を損ねたらしい。口を曲げ、不服そうに将崇を見た。


「弟子? まー坊、弟子をとったんかね? それも、そんな狐?」


 コマを、あまり気に入っていないようだ。従業員をそんな風に言われて、九十九も気分がよくない。なにか言ってやろうと、口を開いた。

 しかし、そんな九十九の肩にシロが手を置く。態度で、「黙っていろ」と言われたような気がした。


「まー坊、なんとか言わんかね」


 隠神刑部に問われ、将崇はやり場なく視線を泳がせる。

 が、ごくりと唾を呑み込んだ。コマは不安そうに、将崇と隠神刑部を交互に見ている。


「爺様。俺は帰りません。今、湯築屋で修行していて……いずれは、自分の店を持つつもりなんです。だから里にはしばらく帰りません。あと、俺の弟子を悪く言わないでください。狐ですが、こいつは将来、店の従業員になるんです!」


 そう言い切った将崇の顔は真っ赤であった。狸の姿でもわかるくらいに。そして、真剣だ。まっすぐ、隠神刑部に言葉をぶつけていた。

 将崇は料理の修業をするために湯築屋でアルバイトをしている。専門学校にも通い、がんばっているところだ。そんな将崇を九十九は応援したいと思っているし、実際、それを隠神刑部に伝えた将崇を見てスカッとした。


「いくら爺様の言うことでも、聞けません」


 隠神刑部の不機嫌はなおらないが、将崇は自分の胸に手を当てて主張する。


「嫁はどうするんぞね?」

「そ、それは……今すぐじゃなくても、いいと思います……」


 嫁の話になると、将崇は急に歯切れが悪くなる。だが、里へは帰らないという姿勢は崩さなかった。


「嫁を連れて帰る言うて息巻いて出ていったかと思えば、今度は人間の中で生活をはじめて。まー坊の芯がブレとるんやなかろうかと思うと、心配でならんわい」

「芯……」


 将崇は噛みしめるように、芯とくり返す。

 けれども、すぐに首を横にふった。そして、頭のうえに葉っぱをのせる。


「ぽんっ!」


 将崇はその場で宙返りする。もくもくと大量の煙が発生し、辺りが白くなった。しかし、その中でしっかりと、彼の姿が狸から人間へと変化していくのがわかる。

 人間の両足で、将崇は床に着地した。

 そして、大きな声で隠神刑部に訴える。


「それなら、俺の芯がブレてないか、確かめてください」


 あえて人間に変化した姿で将崇は言い放つ。


「俺、爺様を満足させますから。本気だと証明します」


 隠神刑部はむずかしそうな顔で、将崇を見据えていた。


「爺様、湯築屋にご宿泊ください」

 

 

 

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