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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
弐.引き籠りの神様は、だいたい強いんです!
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6.働いていないと落ち着かないんです!

 

  

 

 びっくりするほど、思考がクリア。

 昨日までの眠気が完全に吹き飛んで、九十九は思いっきり伸びをした。憑き物がとれたような気分だ。もしかすると、元々の疲れが蓄積していたのもあるのかもしれない。

 窓の外は、相変わらずの黄昏の藍色で朝か夜かもわからなかった。柱の掛け時計は九時を示していたので、たぶん、朝の九時かな? 夜かもしれないけれど。


「おはよう、お母さん」


 昨日まで寝込んでいたとは思えないくらい軽い足取りで部屋を出ると、登季子が驚いた様子でこちらを振り返った。

 カッチリと藍色の着物を着込んでおり、女将として旅館に立っていたのだとわかる。


「つーちゃん、もう大丈夫なのかい? まだ寝てなきゃダメだろう!」

「え……もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね、お母さん」


 登季子は心配そうに九十九の顔を覗いていた。だが、やがて九十九の神気が正常に保たれていることを確認して、表情を和らげる。


「三日も寝込んでいたら、そりゃあ、心配するさ」

「三日? え、それ本当? え? 寝込んだの、昨日じゃなかったの? 学校は?」

「嘘なんてつかないよ。学校のことなんて、子供が考えるんじゃありません。念のために、今日は休みなさい。いいね?」

「子供の本業は、本来学生なんですけど」

「社畜みたいな考え方は、やめなさい」

「普段から、割と仕事仕事の生活ですけどね!」


 昼は女子高生。夜は旅館の若女将。

 考えてみれば、毎日の生活が既にハードワークだった。


「まあ、もう九時だし……学校、遅刻だもんね……お仕事しようかな」

「だから、つーちゃんは寝てなさいって! こっちは、私がなんとかするから」

「でも、暇だし……」

「休みなさい」


 思えば、暇を持て余すことがあまりなかった。

 学校が休みの日は旅館の業務がある。九十九の日常に休みというものがなかったので、至極、不思議な気分だ。

 友達と遊びに行っても、午前中で帰ってくることも多かった。

 旅館はコマたちが回しているし、そもそもお客様でいっぱいになることも少ないので、一般的な接客業と比べて目が回るような忙しさはない。

 九十九が常に働く必要はないのだが……。


「動いてないと落ち着かないっていうか」

「いいから、いいから」


 暇なのは、暇なので困る。

 部屋に押し込められて、九十九はそんな感想を抱いた。

 ネットを使って、社会科の宿題レポートを終わらせてしまおうかと意気込んだが、それも三十分足らずで終わってしまった。

 テスト勉強するにしても、日々コツコツと勉強しているので、特別追加してやることもない。


「うーん」


 なにもすることなく、時計の秒針を聞いているのも退屈だ。

 一度読んだ漫画を意味もなく読み返す気分でもない。


 父の幸一が作ってくれたお昼ごはんはありがたく頂いたけれど。

 因みに、今日は鯛出汁ラーメンだった。塩ベースのスープに鯛の香りがふんわりと乗っていて、上品な味わいのご当地ラーメンである。

 飲み干せるくらいアッサリしたスープが美味しく、ほんのり香る柚子の皮も最高の相性だ。鯛の身はふわふわで柔らかく、上手く食べないと出汁に溶けてしまいそうだ。


「…………」


 暇。

 いや、違う。


「静か……」


 そうか。この状況は、「寂しい」のだと初めて悟った。


 いつもは、たいてい誰かと一緒にいる。

 学校に行けば友達。

 旅館ではコマや従業員、そして、お客様。

 あと、――。


「調子狂う」


 こういうとき、いつも出てきて付き纏うアレがいない。


 神様のくせにテレビばかり見ている引き籠りで、九十九にベッタリのかまってちゃん。ポテトチップスのように油揚げを食べて、人の世を謳歌している変わり者。

 考え方がいちいち神様視点で、九十九とはズレているけれど――たぶん、人が大好きなんだと思う。


「シロ様、大丈夫かなぁ」


 こういうときにこそ、なにか企んで顔を出しそうなものなのに。

 現れないとなると、逆に不安だ。


 誰も教えてくれなかったけれど、やっぱり……。


 部屋の外へと滑り出る。

 やはり、部屋でじっとしているのは性に合わない。

 聞き分けのない小さな子供や、徘徊老人か。自分が登季子の立場であれば、間違いなく怒るだろう。だが、九十九がこういう性質(さが)なのも確かである。


「あら、何処(いずこ)へ?」


 部屋を出るとすぐに声をかけられた。

 まるで、待ち伏せでもされていたよう。


「天照様……?」


 幼い少女の姿をした神が、九十九を見上げて小首を傾げていた。艶のある唇は意味深に微笑み、太陽の色の瞳は興味深そうに九十九から視線を外さない。


「たまたま通りかかっただけですわ。お気になさらず」

「まだなにも聞いてませんけど……」

「別に、隙あらば味見してもいいとか、思っていませんよ」

「いや、まだなにも聞いていませんって」

「邪魔などするつもりはありませんわ」

「は、はあ……」

「わたくし、ついて行くだけですから」

「は、はい……って、わたしお風呂入りに行くだけですけど!?」

「ええ。乙女の湯浴みは素晴らしい果実です」

「いやいやいやいや。乙女とか言われるほど、立派なモンじゃありませんし!?」


 天照に風呂を覗かれるのは初めてではないが。

 三日も寝込んでいたと聞かされたせいか、身体を洗いたくなってしまった。髪は皮脂でペタッとしているし、背中も若干痒い。インフルエンザで数日、風呂に入れなかったときと似た現象だ。いや、まさに同じ現象なのだが。

 因みに、神様はお風呂など入らなくとも清潔感ある容姿を保っていられるらしい。シロも温泉に浸かるのは、神気を癒すときくらいだ。


「一緒にガールズトークと致しましょう。触りあいこも、女子の楽しみですし」

「いやいやいやいや。お客様のなんて、触れませんよ!」

「勿論、身体を清めたあとの外出も」


 魅惑的な声で言われ、九十九は動きを止めた。

 天照が微笑みながら、九十九の手を引く。九十九は引きずられるように、姿勢を落とした。


「また行くのでしょう?」


 耳元で、蜜のような響きで囁かれる。


「悪い子。でも、好きよ」

 

 

 

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