2.新しい力
web版16章ですが、書籍版6巻ではまったく違う内容となっており
書籍版を基準に18章以降を書きましたので、こうなってしまいました……。
大変申し訳ありません。
九十九は温泉旅館、湯築屋の若女将。
そして、稲荷神白夜命の妻であり、巫女だ。修学中は巫女の修行は免除されていたが、大学に入ってからは少しずつ力の扱いについて学んでいる。
母であり、女将の登季子は海外営業をしており、あまり湯築屋へ帰ってこない。それでも、機会があれば習っていた。
同時に、九十九は夢の中でも修行をしている。
湯築の巫女は、代々夢を見るのだ。初代の巫女である月子が住まう夢である。そこで、原初の別天津神、天之御中主神の力を使うための術を習得していた。
稲荷神白夜命と天之御中主神の存在は表裏一体。二柱であり、一柱である。複雑な成り立ちの神様だ。ゆえに、巫女である九十九の在り方も、特殊なのかもしれない。そもそも、一般的な大学生とは違うので、九十九にとっては「変ったこと」が増えただけという感覚もある。
「あら、とってもお上手になりましたね」
そう評価してくれたのは、優しく甘い声だった。
九十九は縁側で自分の力を結晶に変える修練を積んでいる最中だった。九十九の両掌のうえには、花のような形の結晶がのっている。
最初は夢の中でしかできなかったが、今は起きている間でもできるようになっていた。あまり練習しすぎるのはよくないので、一日一回程度、こうやって結晶を作る自主練習をしていた。
「とても、素敵です」
うっとりとしながら結晶を見つめるのは、天照大神であった。湯築屋の常連客、というより、長期連泊の多いお客様だ。ほとんど住んでいると言える。今の滞在は、たしか七十四連泊目だ。
見目は少女のように可憐だが、どことなく魔性の色香も感じる。魅入られてしまえば、沼へ沈むかのごとく、抜けられなくなりそうな……。
そんな天照の言葉に、嘘偽りは見られなかった。
「そうですか?」
「はい、とても」
天照が結晶に触れた。ツンと尖った結晶の花びらは無機質だが、天照の肌色を跳ね返してやわらかな色彩を帯びる。
天照は日本神話の太陽神だ。天津神として、古くからこの国に存在する神の一柱である。そんな彼女に褒められると、素直に嬉しかった。
「でも……」
結晶を見おろし、九十九はふと不安になる。
「あのときの結晶は、何回やってもできないんですよね」
火の神、アグニと火除け地蔵が湯築屋で行った火消し対決の際。九十九は火除け地蔵の力とするため、自分の力を結晶に変えた。
そのとき、一度だけ……いつもと違う結晶ができたのだ。
水のような透明度と、虹色にも見える銀色の光彩が不思議だった。今まで作った結晶の中で一番美しくて、一番力の密度が濃かったと思う。
あれ以来、同じ結晶は作れていない。形や大きさはいろいろ変えられるが、色は再現できなかった。
「あれができるようになれば、もっと……」
「それは、どうでしょうね」
なにか方法はないか考えている九十九に投げかけた天照の言葉は、あいまいなものだった。ただ、なんとなく否定されているような気がする。
それでも、九十九が首を傾げると、天照は優しく笑ってくれた。少女の見目なのに、慈悲深い母親のような側面も持つ。
本当に、そのときどきで、印象の変わる神様だ。
「この結晶は、これで充分完成形だと思いますよ。もちろん、もっと精度はあがるはずですが……他の色にはならないでしょう。これは、あなたの力の色なのですから」
「わたしの」
改めて結晶を見おろす。
クリスタルのように透明な結晶。屋内の照明にかざすと、ほんのりと暖色の光を纏う。何色にでも変化するが、何色でもない。これが九十九の色なのか。
じゃあ、あれは……?
「神気の使い方を覚えたでしょう? 以前よりも、格段に扱えるようになっています。だから、あなたの神気にも特性が顕われはじめたのでしょう」
「特性ですか」
神気には特性がある。これは基礎的な知識として、九十九も知っていることだった。一通りの術は、覚えれば使えるようになるのだが、伸びやすい特性が存在する。個性のようなものだ。例えば、番頭の八雲は風の声を聞く聴覚に優れていた。
「わたしは、守り《・・》の術が覚えやすいって、小さいころに聞いたんですけど……」
特性の話は随分と昔に聞いたが、根本的なことなので忘れていない。九十九が身を守る盾の術を覚えたのにも、きちんと理由があるのだ。
「ええ、存じておりますよ。けれども、人間は不変ではないから」
天照は唇に優美な弧を描き、九十九の結晶を持ちあげる。
「あ……あの」
作った結晶は、不用意に他者へ渡さないほうがいい。これには九十九の神気が込められているのだ。火消し対決のときは、特例のようなものだった。
しかしながら、天照はお客様なので強く言うこともできない。
「食べたりなんてしないから大丈夫ですわ。ただ、輝きを愛でたくて」
ほう……と、恍惚の表情を浮かべながら、天照は九十九の結晶をながめていた。今にも、口に入れてしまいそうなくらい、顔が近い。それでも、天照が「大丈夫」と言っているので、九十九は信じるしかなかった。
「稲荷神に聞きなさいな」
天照はそう言いながら、結晶を再び九十九の手に返してくれた。なにかした様子もない。本当にただながめただけのようだ。
「シロ様、教えてくれるんでしょうか?」
「わたくしから言うのも、野暮ですから。それに、もうなんでも答えてくれると思いますよ。一番高い壁は越えられたようですから……わたくしは、最初から隠す必要などないと言っていましたけれどね」
一番高い壁とは、シロが九十九に隠していたことだ。
天之御中主神や月子の話。湯築屋や神様としてのシロの成り立ちに関わる部分だった。シロは、ずっと九十九に知られたくなくて隠していた。いや、九十九だけではない。湯築の代々の巫女の中でも、すべてを話してもらえたのは九十九が初めてだ。
だから、大丈夫。もう話してくれる。天照はそう言ってくれていた。
九十九もそう思う。だが、今まで黙ってこられたという前科もあって、疑心暗鬼でもあった。
「信じられませんか?」
天照から試すような口調で問われ、九十九は一瞬、息を止めた。
シロのことは……信じられる。
九十九はたしかめるように、自分の心に言い聞かせた。
「大丈夫です」
大丈夫。シロは話してくれるから。
言葉は思いのほか、すんなりと出てきた。
「そう。では、安心ですね」
天照の返答は、「シロは話してくれるから安心しろ」という意味ではない。きっと、九十九に対して、「九十九がシロを信じてくれて、安心した」と言っているのだ。天照は、あまり断言しない。けれども、その真意はちゃんとわかる気がした。
時計を見ると、そろそろお昼前だ。
今日は大学の授業が三時間目からなので、昼食を食べてから向かうつもりだった。そろそろ準備しなくてはならない。
「天照様、ありがとうございます」
「いいえ。礼には及びませんよ」
九十九は縁側から立ちあがり、天照に頭をさげる。
とりあえず学校へ行き、また改めて、シロに聞いてみよう。九十九はパタパタと廊下を歩き、着替えるために母屋へ向かった。




