5.それでよかろう?
鶯色の着物の袖をふりふり。
菊の髪飾りも、帯も落ち着いた色合いだ。それでも、柄が華やかなので可憐に調和がとれている。
今日は燈火と道後を巡った。
プリンを食べて、足湯して、パワースポット巡りをして……最後は飛鳥乃湯泉につかって帰った。飛鳥乃湯泉では、休憩室で茶と菓子を堪能することができる。道後温泉の別館として建てられた、新しいスポットだった。
個室や広間での休憩サービスは、道後温泉本館で行われてきたものだ。現在は改装工事中で利用できないが、新しい施設である飛鳥乃湯泉で楽しむことができる。
さらに、本館の観光ルートの一つである又新殿を模した浴場もあるのが面白い。又新殿は本館にある皇族専用の浴室だ。それを飛鳥乃湯泉で再現し、一般の人でも入浴を体験することができる。
今回は大浴場だけの利用となったが、非常に魅力がある名所の一つとなっているのだ。燈火は初めて入ったようで、終始、感激してくれていた。
今日は新しいところを中心に回ったが、まだまだ足りない。ちなみに、リーズナブルさを追及したので、水分補給のジュースもあわせて一日で二千円も使っていなかった。
久々に道後をガッツリ回って、九十九も楽しんだ。
京や小夜子だと、慣れているので名所巡りなどしない。新しい事柄があれば、ピンポイントで赴くことが多かった。
「九十九ぉ」
さてさて、楽しい思い出もそこそこにお仕事お仕事。九十九が気持ちを切り替えていると、不意にというか、案の定というか……情けない声で背後から話しかけられた。
「何故、儂を連れて行ってくれなかったのだ!」
「はいはい、そう言われるような気がしていましたよ」
どこからわいてきたのか。シロがうしろから抱きつこうとしてくる。九十九は、それをサッと避けて廊下を歩く。
「使い魔まで無視しおって!」
「だって、話しかけたら燈火ちゃんに説明しないといけないじゃないですか」
燈火は京などと違って、見たり感じたりすることができる。
当然、シロに話しかければ、普通の動物ではないとわかってしまう。そうなると、とても説明が面倒な気がするのだ。大学生なのに結婚しているとか、相手は神様とか……まだ伝えなくていい。
「説明すればよかろう。完全無欠で美丈夫な最愛の夫である、と!」
「誰が完全無欠でイケメンなんですか。寝言ですか」
「起きておる」
たしかに顔は恐ろしく整っているが、それはそれ。これはこれ。もっと威厳のある態度とおちつきを見せてから、完全無欠と名乗ってほしいものだ。
「儂は置いて行かれて寂しかったのだ!」
「だから、もうちょっと神様っぽい威厳とか、風格とか、そういうのないんですか。子供ですか!」
「儂を何歳児だと思っておる」
「そんな――」
――悠久のときが欲しいか。
頭を言葉がよぎった。
シロの……いや、天之御中主神の言葉だ。
そのせいで、九十九はつい口を閉ざしてしまう。
あれは、九十九に天之御中主神の巫女となれという誘いだった。稲荷神白夜命の巫女を辞し、そして……人であることをやめろという。
誘いにのれば、永遠の時間が手に入るのかもしれない。
そうすれば、シロとずっと一緒にいられる。
シロは、それを望むだろうか。
九十九がその選択をした場合、シロは喜ぶのだろうか。
衝動的に、聞いてみたくなった。
怖い。きっと、シロは喜ばない気がするのだ。悩ませてしまう。困らせるだろう。そんな顔が目に浮かぶのだ。
けれども、それは最初のうちだけで……もしかすると、時間が経てば、それが最良の道だったと納得してくれる気がした。気持ちとの折り合いがつけば、受け入れてくれるのではないか。なにせ、シロには長い長い時間があるのだ。
希望的観測だろうか。
そうなってほしいという都合がいい願望かもしれない。
だが……それは、そのときが来なければ、わからないことだ。
『であれば、それでよかろう?』
目を伏せていた九十九に、声が降りてきた。
正面に立つシロの声。だが、シロではない。
同じ声なのに、すぐにわかった。
「…………」
九十九は息を呑んだ。
心臓がバクバクと音を立てて高鳴っている。毛穴という毛穴から、汗が噴き出てきそうだった。ゾクゾクと背筋に悪寒が走って、身体が縮こまってしまった。
天之御中主神だ。
表に出てくることは滅多にない。普段はずっと隠れている。
無言が続くのに、ずっと圧を感じていた。シロとは明らかに違う空気に、押しつぶされてしまいそうだ。
「天之御中主神様」




