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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十六.おもてなしのしようがないんですけど!?
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10.神からの問い

 

 

 

 翌朝。


「お世話になりました」


 九十九が朝餉の膳をさげに行くと、アグニが律儀に頭をさげてくれた。お客様からこんなにていねいにお辞儀されると、逆に九十九は居心地が悪くなってしまう。


「また来てくださいね」


 九十九が微笑むと、アグニは顔をあげる。

 昨夜の花火(?)大会では、思いっきり庭を燃やしていた彼だが、今は穏やかさを取り戻していた。いつもの黒縁眼鏡と、おちついた色のシャツを身につけている。

 ちなみに、あれだけ派手にやったが、庭の被害は一切ない。すべてシロの幻影なので、当たり前か。一夜明けると元通りであった。もちろん、湯築屋にも傷一つない。いつもどおりの朝であった。

 アグニの内向的な雰囲気は、前日と変わっていない。神様らしい覇気もなく、やはり「凡庸」であった。

 だが、ちょっとばかり空気が違う。

 なにかが明確に変わったということはないが……楽しそうだと感じた。どことなく沈んでいた雰囲気が、軽くなったと思う。誤差かもしれないが、アグニの顔が晴れやかに見えたのだ。

 神様にも、抱えるものはある。それは様々で、単純ではないことが多い。

 けれども、一部でも湯築屋が役に立てたなら、九十九は嬉しかった。


「久しぶりに、発散できた気がします」


 アグニはそう行って、はにかんでくれる。


「神話の時代とは、もう違う。割り切っているのですが、自身で思っていたよりも抱えていたのかも」


 神話の時代とは、もう違う。

 その言葉が妙に引っかかった。

 神様と人が、もっと親密だった時代がある。彼らが今よりも人から畏れられ、信仰が強かった時代。そして、神様も人を愛し、関わり、大きな影響を与えていた。

 今よりも、もっと垣根が低く、境目があいまいだったのかもしれない。九十九は真っ先に月子のことを思い出してしまう。

 そういう時代と、現代は違う。

 移りゆく時代と変化に、神様たちも戸惑っている。特に古い神様はそうなのかもしれない。


「また来ます」


 本当にアグニの役に立てただろうか。

 だが、九十九はそう信じたかった。


「ぜひ、また」


 深々と頭をさげながら、九十九はお客様の再訪をねがうのだった。




 昼間のうちに、アグニやシヴァは湯築屋を去る。

 登季子もゆっくりと間を置かずに、また営業へ行ってしまった。飛び回るほうが性にあっているらしく、元気に「次はイラクにでも行こうと思って!」とのこと。メソポタミア神話の神々が目当てだとすぐにわかったが……いくらなんでも、アクティブすぎる。

 そんなこんなで、一段落。

 九十九は「ふぅ」と、縁側で背伸びをする。昨夜の光景は物凄かったが、その痕跡はどこにもない。

 とてつもなかった気がするが……なんだか、楽しかったなぁ。

 しみじみと、九十九は縁側に腰をおろした。足をぶらんぶらんと揺らしながら、藍色の空を見あげる。


「シロ様」


 いますよね?

 当然のように呼びかけてみた。


「嗚呼」


 ごく自然な返答がある。

 ほどなくして、隣にシロが座る気配を感じた。九十九が隣を見ると、やはりそこにはシロがいる。


「珍しいではないか」

「別に、シロ様を呼ぶのは珍しくないと思いますけど……?」

「否、用事もなく呼ばれるのは珍しい」


 用事もなく……そういえば、九十九はどうしてシロの名を呼んでみたのだろう。たいてい、なにか頼みごとをしたり、話があるときだ。

 一緒にてほしかったんです。

 そんな言葉が浮かんできて、今更、恥ずかしくなってくる。


「用事もないのに呼んじゃ駄目なんですか。まるで、わたしがシロ様を顎で使っているみたいじゃないですか」


 苦し紛れに意地を張ってみるが、なんだか違う気がした。

 あーあ、もっと素直になりたいのに。


「顎で使うときしか呼ばれぬものだと思っておった」

「……あながち、間違いでもない気がしてきました」

「そうであろう?」

「そうですね……」

「だから、九十九が儂とイチャイチャするために呼んでくれたのは嬉しい」

「どうして、そっちへ持っていこうとするんですか」


 油断も隙もない。また過剰なスキンシップを求めてくる気だ。


「ちょっと一緒にいたかっただけです……」


 あ、言っちゃった。

 九十九は心中で「やらかした……」と自覚しつつ、なぜだか再び口を開いてしまっていた。


「座ってお話してるだけじゃ駄目ですか?」


 なにをしたいわけでもない。

 ただ一緒にいたいだけ。

 それはシロにとって不満だろうか?


「ふむ……」


 シロは顎に手を当て、考える素振りをする。しかし、身体のうしろでは狐の尻尾がベシベシと縁側を叩いていた。

 わ、わかりやすいなぁ……。


「九十九がそう言うなら、儂もそれでよいぞ」

「ありがとうございます」


 表情はクールっぽいのに、尻尾が嬉しそうに反応している。頭のうえにのった耳も、ピクピクと動いていた。

 シロの尻尾が左右に揺れるたび、手持ち無沙汰な九十九の手に当たる。もふもふとした毛並みが非常に気持ちがいい。九十九は思わず、白い尻尾をなでてしまった。

 もふもふでもあるが、毛の一本一本が長くて滑らかな手触りだ。小さいころは、ここに頬ずりして昼寝をしていた。

 シロもそのころを思い出しているのか、優しい表情で九十九の頭をなでる。小さな子供に対するそれだ。だが、悪い気はしない。


『欲しいか?』


 なにを?

 九十九は唐突に投げられた問いの意味がわからず、改めてシロを見あげた。

 おかしい。


「…………!」


 シロ様じゃない。

 紫水晶のような瞳が、こちらを見ていた。絹のような白い髪は、深い墨の色に。背中で揺れていたはずの尻尾は消え、真っ白な翼が確認できる。


「天之御中主神様」


 その名を呼ぶと――天之御中主神は薄ら笑う。

 ようやく、話ができる。九十九は息を呑み、背筋を伸ばした。だが、心がまったく準備できていない。緊張で心臓の音が耳元まで聞こえ、背中に汗が伝った。


悠久ゆうきゅうのときが欲しいか』


 九十九は眉を寄せる。悠久……永遠?

 天之御中主神の問いがわからない――いや、わかる。どうして、それを投げかけるのかも、九十九は理解してしまった。

 九十九が永遠を手に入れれば、シロとずっと一緒にいられる。

 世の終焉まで生きるシロを孤独にせずに済む。


わしの巫女となれば』


 天之御中主神は九十九に選択を迫っているのだとわかった。シロや月子にしたのと同じように。

 手が震えていた。

 九十九には、月子のような気丈さなんてない。

 天之御中主神の問いに、ただただ竦むように震える手を押さえた。


「それって……」


 でも、なにか言わなきゃ。震えてるだけじゃ駄目だ。

 九十九は天之御中主神との対話を望んでいた。やっと機会が巡ってきたのだから、ここで震えるわけにはいかない。

 でも、唇が上手く動かなかった。

 天之御中主神の巫女となり、永遠を手に入れる――それは、九十九に人をやめろと迫る選択だ。

 九十九の思考を読んでいるかのように、天之御中主神は唇に弧を描く。シロとはまったく違う表情だ。

 愉しんでる。

 九十九が畏れる様子を見て愉しんでいるようだ。

 怖い。

 九十九は耐えられず、下を向いてしまう。両手が震えて、抑えられなくなっていた。どうしようもなくて、ただ小さくなるしかない。

 そんな九十九の手に、別の手が触れる。


「…………!」


 九十九はとっさに、その手を払いのけてしまった。


「九十九?」


 しかし、すぐに気づいた。

 琥珀色の瞳が、九十九を心配そうにのぞき込んでいる。肩から絹束のような白い髪がこぼれた。

 シロだ。

 なにが起こったのか理解していないようだった。シロと天之御中主神が入れ替わるとき。シロにはその自覚や記憶がないことがある。今回も、そのようだった。


「九十九、大丈夫か?」


 また機会を逃してしまった。せっかく、天之御中主神と対面したのに、九十九はなにも言えないまま黙っていた。

 後悔があとから押し寄せる。

 けれども、それ以上に天之御中主神の問いが頭に残っていた。

 あの問いは……。


「大丈夫です……すみません、疲れてるみたいです」


 九十九は弱々しく笑いながら立ちあがる。

 シロには気づかれたくない。

 そう感じてしまった。

 

 

 

11月12日発売予定の第6巻では、こちらの章は大部分書き直されています。ご了承ください。

とりあえず、アグニの性格が180度変わったのにあわせて、シヴァの要求内容も変化しています。火除け地蔵vsアグニも別の戦いになり、九十九の関わり方も違います。また、ここで九十九本人の能力に関する大事な伏線を作っていますが……こちら、また別の章でweb版にもそれっぽく入れて行けたらいいなぁと思っています。

とにかくちょっと……初稿が上手く書けなかったのです……(言い訳

改稿したら、かなりバチッといい感じになった気がするので、初稿はweb版として供養しています。

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