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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十六.おもてなしのしようがないんですけど!?
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7.夏の牡蠣も美味しいんです

 

 

 

 花火大会のお供は、手持ち花火ばかりではない。

 厨房では花火を楽しむための料理が作られている。


「うわぁ! 師匠っ! とっても綺麗です!」


 厨房の外まで聞こえる声で、コマが騒いでいた。中から、「お、おう! そうか!?」と、将崇の声も聞こえる。

 まだ広間の準備が済んでいないが、九十九はつい厨房をのぞき見てしまう。思った通り、コマが尻尾をふりながら、将崇に拍手をしていた。


「あ、お、おま!」


 突然入ってきた九十九を見て、将崇が料理の入った器を隠そうとする。大きな寿司桶のようだ。今日はみんなで取り分けて食べる宴会料理をおねがいしていた。


「師匠、なんで隠すんですか?」

「うるさいぞ!」


 必死な様子の将崇に、コマが不思議そうに問う。

 なにか不都合でもあっただろうか。もしかして、九十九は邪魔だった?


「恥ずかしがらなくていいんだよ、将崇君。とっても素敵な盛りつけだから、みんなに見てもらわなきゃ」


 奥の流しで作業をしていた幸一がふり返る。いつもながら、見ているだけで心が和む笑みだ。

 幸一に言われても、将崇は寿司桶を隠している。顔が真っ赤で、恥ずかしそうだ。


「将崇君が初めて一人で盛りつけたんだよ」

「え? 本当に?」


 幸一の解説を聞いて、九十九は思わず声を弾ませた。なぜか、コマが「ウチの師匠は、なんでもできるんですっ! すごいんですっ!」と、胸を張っている。


「見せてくれる?」


 九十九は両手をあわせながら、将崇におねがいする。

 あとで配膳のときに見えてしまうのだが……どうせなら、見せてほしい。

 将崇は九十九を見ないようにしていたが、やがて、ぎこちない動作で寿司桶を見せてくれた。


「わあ! すごく綺麗で可愛い!」


 もっとよい褒め言葉があった気もするが、感動したときというのは往々にしてこんなものだ。と、九十九は割り切った。

 並んでいたのは手鞠てまり寿司だ。

 サーモンやコハダ、マグロに鯛、ブリといったネタだけではない。きゅうりやイクラ、とびこなどを使って、花火の模様に飾りつけられていた。ちょこんと丸いお寿司が並んでいるだけで可愛いのに、彩りまで完璧だ。


「サーモンと鯛、ブリはみかん魚だよ」


 幸一の補足に、九十九は目を輝かせた。

 いわゆる、フルーツ魚の一種だ。養殖の魚の餌として、みかんを与えている。露骨にみかんの味や甘みがするわけではなく、サーモンやブリにありがちな脂っこさや、しつこさが軽減されるのだ。魚の生臭さもあまりなく、後味でほんのりと柑橘の香りがする。

 とても上品で食べやすい養殖魚であった。

 愛媛県は養殖魚にも力を入れており、天然物とは違った美味しさを楽しめる。魚は天然であればいいという概念は、古くなりつつあるのだ。


「つ、作ったのは俺じゃない……から」


 将崇は顔を赤くしたまま、声をすぼめていく。


「手鞠寿司だもの。可愛く盛りつけられるセンスも大事だと思うよ」


 幸一に褒められると、将崇は満更でもなさそうに唇を緩ませた。

 ふと、九十九はいい匂いに気づく。


「海の匂い?」


 潮の香りがした。まるで、海辺に立っている気分になる。


御荘みしょうの岩牡蠣だよ」


 そういえば、幸一は両手に軍手をはめている。流しを見ると、殻付の岩牡蠣がたくさんあった。今、殻を剥いているところだ。

 この時期の養殖と言えば、なんと言っても岩牡蠣である。冬に食べる真牡蠣と違い、夏が旬だ。冷水でシメて生で食べるのが一般的である。愛南あいなん町の御荘は、牡蠣の養殖が盛んだった。

 牡蠣に関しては、養殖のほうが豊富なプランクトンを得て実が大きく育つ。栄養も豊富だ。


「うわわ」


 九十九の隣で、コマが両手で口を押さえた。尻尾が激しく左右にふれている。喜んでいるときのシロみたいだ。


「すみません……よ、よだれが……つい」


 コマは恥ずかしそうにもじもじと顔を隠した。言わなければ、よだれなんて誰も気がつかなかったのに。


「ちょっとつまみ食いしようか」


 コマの様子を見た幸一が、殻を剥いた牡蠣をいくつか洗って冷水でシメてくれる。それぞれレンゲに盛り、軽くレモンをかけた。


「はい、どうぞ」


 九十九とコマ、将崇の前に岩牡蠣が差し出される。

 生の牡蠣はキラキラと輝いて見えた。真牡蠣よりも小さいが、ここに旨味がぎゅっと詰まっていると思うと、期待が膨らむ。


「ウチ、牡蠣も大好きですっ!」


 コマはそう言いながら、パクりと一口。すると、美味しかったのか、身が震え、毛が一瞬逆立った。とてもよい反応だ。


「ん……やる」


 あまりにコマがよい反応だったからか。将崇が自分の牡蠣をコマに差し出した。


「え、でも……師匠が食べてくださいよ」

「俺はいいんだ。で、弟子が喜ぶ顔も……悪くないからな!」


 すっかり、師匠と弟子である。


「コマ。デザートはスイカだよ。従業員用にとってあるから、お腹を空かせておいたほうがいいかも」


 ぎこちなく、牡蠣を受けとるか迷っていたコマに、幸一が投げかける。瞬間、コマは「スイカ!」と跳びあがった。

 コマはスイカが大好きなのだ。おそらく、一番。


「また食べすぎて、動けなくなるといけないからね」

「わ、若女将っ。あのときは、すみませんでした……師匠。ウチ、スイカのために、ここは我慢します。どうぞ、食べてくださいっ!」


 去年、コマはスイカを食べ過ぎて動けなくなってしまったのだ。神様と違って、コマたち妖はお腹もいっぱいになるし、食べすぎれば太る。動物と変わらないのだ。

 そういうことなら、と。将崇は牡蠣を自分で食べることにした。


「じゃあ、わたしも」


 九十九も続いて食べる。

 口の中に、爽やかな磯とレモンの香りが広がる。つるりと呑めてしまいそうな、ほどよい大きさだ。噛むとプルプルでクリーミーな牡蠣で口の中がいっぱいになった。コマと同じく、たまらず身を震わせたくなる。

 岩牡蠣も真牡蠣と同じく、蒸したり揚げたりしてもいい。だが、やはり旬の食材。せっかくの岩牡蠣。この食べ方が一番だ。


「美味しい!」


 これなら、きっとお客様たちも喜んでくれるはずだ。

 準備は万端。

 あとは――。

 

 

 

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