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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十六.おもてなしのしようがないんですけど!?
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6.火除け地蔵

 

 

 

 湯築屋の花火大会は夜に開催される。

 打ち上げ花火はシロの幻影によるものだ。結界の空は、ずっと夕暮れのような澄んだ藍色が広がっており、昼夜の区別がない。

 それでも、やはり夏の風物詩を感じるために開催するイベントだ。夜に行ってこそだろう。


「楽しみだね、九十九ちゃん」

「うん! お客様、喜んでくれるといいなぁ……」


 両手には、レジ袋いっぱいに詰め込まれた手持ち花火。

 近くのスーパーまで、小夜子と二人で買いに行ったのだ。登季子の言うような爆竹はやめておいた。危ないし、そもそも、そんなにたくさんの爆竹なんてスーパーに売っていない。


「買い過ぎちゃったかな?」


 九十九は花火を見おろす。

 あくまでも、メインは打ち上げ花火だ。手持ち花火をたくさん買って、アグニと交流しようと考えたが、さすがに多すぎた気がしてくる。

 隣を歩く小夜子も同意してくれるのか、やや眉をさげた。


「私としては……ロケット花火が、もっとあればよかったなぁって……」

「ロケット花火? え?」


 思いもよらぬ言葉が出てきて、九十九は小夜子の顔を二度見する。だが、小夜子は「ちょっぴり残念」といった表情で息をついた。


「だって、湯築屋は火事にならないから……ロケット花火祭がやってみたくて」

「な、なにそれ……?」

「九十九ちゃん、知らないの? 外国のお祭りだよ。テレビで見たの。イースターに教会対抗で何万本もロケット花火を撃ち込むの」


 そう説明されてみると、たしかに聞いたことがある。たしか、ギリシャのお祭りだ。ゼウスが話してくれたことがあった。

 とても過激で楽しいので、キリスト教の祭りだが、ついつい見に行ってしまうらしい。

 これは九十九個人の感覚なのだが、日本神話といい、ギリシャ神話といい、多神教に属する神様たちは宗教の垣根についておおらかだ。おそらく、長い歴史の間に同一視されたり、要素を取り入れたりして信仰されているからだろう。

 また、元々、神の一柱一柱が力と役割を持っているとされている。そのため、別の宗教や文化に触れても、「そういうものだ」と受け入れやすいのだろう。そのような気質は、人々の心にも息づいている。

 神様と人は隣人だ。


「小夜子ちゃん、なんかそういうの好きだよね……過激っていうか、アクティブっていうか……」

「そうかな?」

「そう思うよ。絶叫マシーンとか好きじゃない?」

「好きかも」


 小夜子は鬼使いだが、特異体質のせいで神気がほとんど使えない。そのせいで、湯築屋へ来た当初は自分に自信がなく、大人しかった。だが、湯築屋での仕事に慣れ、家族とも和解したあとは……結構強引だ。楽しいことが好きで、行動が大胆なときがあった。

 しかし、小夜子の存在は湯築屋を変えるきっかけになっている。結界にお客様が入ると、鈴の音が聞こえるのも、彼女の提案だ。受験で根を詰めすぎた九十九のために、一肌脱いでくれたこともあった。


「あ……」


 楽しく会話をしていると、あっという間に湯築屋が見えてくる。

 伊佐爾波いさにわ神社へ続く緩やかな坂道の途中、なんの変哲もない木造平屋の建物。外から見る湯築屋は、結界の中とは大きく違った。

 その門の前に、立っている影が見える。


「あら、お久しぶりね。九十九ちゃん」


 軽く手をふられて、九十九も笑い返した。

 華やかな柄の浴衣が、遠くからでも目を引く。肩におろした髪は三つ編みなのに、光沢があって艶やかだ。

 整った顔立ちと白い肌は美しいが、なによりも印象的なのは唇に引いた紅であった。魔性の色香がありながら、優しく見守るような笑顔を強調している。


「いらっしゃいませ、火除け地蔵様」


 道後温泉本館からほど近い位置に、圓満えんまん寺というお寺がある。馬頭観音像を本尊としているのだが、その前に建った仏堂には地蔵が鎮座しているのだ。

 湯の大地蔵尊と呼ばれる大きな木造の地蔵である。奈良時代の僧侶・行基ぎょうきが彫ったとされていた。

 鮮やかな衣に身を包み、白く塗られた肌と美しい赤い唇を持つ。古くは火除け地蔵と親しまれており、その名から転じて、浮気防止や夫婦円満のご利益りやくがあると言われていた。

 湯築屋にも、ときどき顔を出してくれる。そのため、湯築屋では昔ながらの「火除け地蔵」の名前で呼んでいた。

 ちなみに、お地蔵様は各地で祀られているが、性別の概念がないと言われている。火除け地蔵についても、本人は「性別なんてないわ」と述べていた。

 ただ、見目はとても麗しいが、声は案外野太い。背は高く、肩も張っているので……たぶん、女性寄りの男性なのでは? と、九十九は常々想っていた。だが、それを指摘すると、本人は怒る。触れないに限る事項だろう。


「あらぁ、手持ち花火ね? やだ、今日は稲荷神のショボい花火を見るだけのイベントじゃないのね?」


 ショボいは余計ですね! 九十九は苦笑いで答えた。

 幻影の花火なので本物ではないが、それ自体はとても豪華で美しいのだ。だが……どうしても、リアリティに欠ける。いや、とてもリアルなのだが……幻は幻なのだ。美しすぎる。

 音は鳴るが、空気が震える感覚や火薬の匂いはない。空に滞留する煙も、風もない。

 美しいが、本質的に違うもの。

 とくに、本質を重視する神様たちにとっては顕著だろう。だが、それでも風物詩や文化を楽しむのが彼らでもあった。たとえ、どんなに後世で作られた新しいものであっても。

 本質的に神様たちはお祭り好きなのだ。

 にぎやかで楽しい場を好む。


「あとは……そうねぇ。中で、ちょっと燻っているみたいだわ」


 火除け地蔵は湯築屋の門を見ながら、静かに言った。


「え? 燻る?」


 湯築屋はシロの結界に守られている。いくら火を焚いても火事にならないらしい。

 どこで燻っているというのだろう。


「ま、いいわ……いやー! 今日は楽しめそうね!」


 首を傾げる九十九と小夜子の背を、火除け地蔵がポンッと推す。


「お・も・て・な・し、よろしくね」

「あ、はい……もちろんです! おまかせください」


 九十九は慌ててうなずいた。

 

 

 

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