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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十六.おもてなしのしようがないんですけど!?
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2.シヴァの要求

※※シヴァの初登場は書籍版2巻の書き下ろしパートです※※

 

 

 

 湯築屋の湯は神気を癒やす。足湯のある五色の間は、長期療養目的のお客様にも人気だった。今は、ちょうど誰も使っていない。


「若女将よ」


 五色の間へ向かう九十九に、シヴァが声をかける。


「はい、なんでしょう?」


 なにか不都合があっただろうか。それとも、気が変わった? 九十九はなんにでも対応するつもりでシヴァを見あげた。

 だが、シヴァの表情がいつになく神妙だったので、背筋に緊張が走る。

 威圧感ではないが、圧倒するような空気が立ち込めた。

 アグニと違い、シヴァは実に神様らしい神様だ。そこに存在するだけで、手が届かぬ輝きのようなものを感じる。自然と畏怖し、頭を垂れてしまいたくなるのだ。このような神様は、湯築屋にはよく訪れる。

 だが、出会うたびに、改めて恐ろしさと偉大さを思い知らされた。慣れることはない。そして、お客様が本物の神様である限りは、この緊張感は忘れてはならないとも思っている。


「其方はアグニをどう思う」


 投げかけられたのは問いだった。


「どう……って?」


 九十九は困惑しながら、問いに答えようとつとめる。シヴァは九十九になにを言わせたいのだろう。


「正直に申せ」


 九十九が思っていることを、そのまま伝えるべきなのだろうか。


「…………」


 迷っている九十九の背後に、フッと風のような気配を感じた。なにかが、うしろに現れた? ――しかし、ふり返る前に、九十九はその正体について察する。

 シロがいてくれているのだ。

 霊体化して気配しか感じないが、九十九は確信していた。

 だが、うしろは見ない。

 シヴァが九十九から一瞬も目をそらさないからだ。

 瞬きせず、じっと九十九を凝視している。

 九十九の答えを待っていた。

 大丈夫だ。


「……覇気がないように思いました」


 アグニについての所感だった。

 正直に述べるが、シヴァはまだ九十九を見ている。


「湯築屋には、様々な神様がいらっしゃいます。シヴァ様のような神様もおられますが、庶民的で人間らしい神様も多いです。でも……アグニ様は、今まであまり見たことがないタイプのお客様だと感じました」


 貧乏神のように、自身の特性をよく思わず自嘲する神もいる。だが、それでも神様だ。そういうものだと割り切って、神である役割は果たそうとしている。


「悪い意味で神様らしくない気がします」


 この答えがいいのか悪いのか、九十九には判断できない。神様にいいも悪いもないからだ。

 けれども、シヴァの問いは……九十九に、こう言わせようとしている気がした。

 九十九の答えを聞いて、シヴァはようやく目を細める。縛りつけるような圧力が消えた。その途端に、呼吸が楽になる。今まで、息苦しいことにも気がついていなかった。身体中から、汗が噴き出る。


「其方は昨年も我の要求を見事に叶えた。野球拳とやらは、なかなかどうして楽しいものであったぞ」


 シヴァの前で披露した野球拳を思い出す。

 全国的には、バラエティ番組などの影響で、ジャンケンの勝敗によって脱衣する踊りというイメージが根強い。だが、松山を発祥とする野球拳に、本来そのような振り付けはない。シヴァとは、純粋な野球拳おどりを楽しんだ。

 シヴァは破壊と再生の神だが、舞踏の神でもある。

 強い神様との闘争を望んだ彼の望みは、湯築屋を囲った結界の性質上不可能だ。考えたすえに、舞踏と勝負の両方を楽しめる方法を提案した。

 結果、シヴァに喜んでもらうことができ、今回の再来に至ったのだ。


此度こたびも命じよう。若女将よ、アグニの望みを叶えるのだ」


 シヴァの言葉に九十九は目を丸くする。


「アグニ様の……?」


 登季子が言っていた。

 アグニが来ることになったのは、いきなりだった、と。

 シヴァは最初から、アグニの望みを叶えるために湯築屋へ呼んだのだ。

 しかし、わからない。

 アグニの望みは、なんなのだろう。どうすればいいのだろう。九十九に、なにができると言うのだろう。

 もしかすると、その答えはシヴァにも見えていないのかもしれない。だからこそ、このような手段を使ったのだ。部屋を変えたいと言ったのも、九十九にこれを伝えるためだった?

 どうしよう。

 できるだろうか。

 九十九は不安になる。なにせ、なにもわからない。解決の糸口がないのだ。失敗すれば、シヴァを落胆させるだろう。アグニにとっても、よい結果にならない可能性がある。

 だが、


「わかりました」


 ここは湯築屋だ。

 神様が訪れる宿として、脈々と受け継がれてきた。九十九はその若女将である。

 お客様のご要望には応える。

 できるか、できないか。それは、やってみなければわからない。

 やる前にあきらめるのは、九十九の性分ではなかった。


「おまかせください!」


 九十九はできるだけ声を張って答える。

 その返答を、シヴァは満足そうに聞いていた。

 

 

 

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