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14.たぶん大丈夫

 

 

 

 この日は、深く深く……もぐっていけた。


 水の底へと沈んでいく感覚。

 これは夢である。

 九十九は深い眠りの夢にもぐっていた。いつもの夢だ。別段、変わったことはない。

 それでも、九十九は暗い闇の中で両目を開けた。周囲はどこまでもどこまでも、透き通った夜のような藍色。星も月もない。なんの光も見えぬ虚無だ。

 湯築屋の空と同じ。

 普段どおりなら、目を閉じて身を委ねていれば「迎え」が来る。

 だが、不安になってしまったのだ。

 またどこかから、白鷺が現れないだろうか……。

 いや、心のどこかで現れてほしかったのだと思う。

 九十九は、まだ白鷺――天之御中主神と、ゆっくり対話していない。

 いつか。

 いつか、話すべきだと感じている。シロは嫌がるかもしれないが、九十九はその必要性があると思っていた。


「ごめんね、お待たせ」


 はっ、と気がつく。

 それまで、九十九は虚無のような闇をもぐって泳いでいた。気が遠くなるほど広く、なにも見えない空間だ。

 だが、いつの間にか別の場所にいる。

 両足は地面につき、しっかりと立ってた。もぐっていく感覚は消え、妙にリアルな風が頬をなでる。見回すと、鬱蒼とした木々が辺りに茂っていた。

 ここは、いつもの夢。

 迎えが来たのだ。


「月子さん」


 ふり返ると、白い装束の女性が立っていた。微笑むと、しなやかで長い黒髪が肩から落ちる。儚げだが、強かでもあった。少女のようにも、大人のようにも見える……不思議な女性だ。

 月子は湯築の初代巫女であり、この夢に住む。彼女の意思は夢の中にあり、代々の巫女に秘術を伝承する役目を持っていた。九十九も、今は彼女に様々なことを教わる立場である。

 いつもの夢であった。

 天之御中主神は、現れない。

 先日は気まぐれだったのだろうか。

 それとも、なにか言いたいことがあったのか。


「そのうち」


 迎えに来たというのに、九十九が辺りを見回していたからか。月子は九十九の肩に手を置いた。いつの間に、こんなに近づいていたのだろう。思ったよりも、月子の顔が間近に迫っていた。


「きっと、また来るよ」


 九十九の考えなど見通している。そう言われている気がした。


「そう……ですね……」


 九十九は気を取りなおそうと、目を伏せた。


「またシロが邪魔するかもしれないけど」


 そのとおりだった。

 以前に天之御中主神が夢に現れたときは、シロが邪魔をしている。次も同じようなことは起きると思う。そうなると、永遠に天之御中主神との対話はできないような気がする。以前よりも強固に、シロは天之御中主神をことを押さえ込もうとしていた。

 シロ本人はとくに言わぬが、なんとなくわかる。

 少し……無理をしている気がした。本来の力関係は、シロよりも天之御中主神のほうが強いはずだ。

 こんなことが続くのは、よくない。


「そのときが来ても、たぶん大丈夫」

「え?」


 九十九の不安を読んだかのように、月子は笑う。その笑みがとても頼もしくて、妙な説得力があった。

 月子はそっと、九十九の胸の辺りを指さす。


「きちんと練習してるから」

「でも、月子さん……わたし……」


 月子が夢で授けるのは、天之御中主神の力の使い方だった。白鷺の羽根を依り代にした術の使い方である。

 シロの力とは独立した術だ。

 たしかに、この羽根を使えば、シロからの介入を防ぐことができそうだが――。


「わたし、まだ夢の中でしか力を使えないんです……」


 九十九はまだ夢でしか白鷺の羽根を扱えない。現実の世界で使えるのは、シロの髪を依り代にした退魔の盾だけである。

 やり方が悪いのだろうか。九十九が未熟なのだろうか。とにかく、夢の中で教わるように、現実では力を行使できなかった。

 半人前だ。

 とくに九十九は最近まで、月子との夢を忘れていた。シロが夢での記憶を忘れさせていたからだ。そのせいか、代々の巫女よりも力の使い方が拙い。神気そのものは随一のはずなのに。

 これは仕方がない。夢への介入もあったし、九十九の場合は学業を修めるまで登季子からの指導を受けないことになっている。

 仕方のない事情はあるが、やはり焦りはあった。


「大丈夫だから」


 月子が九十九の頭をなでる。

 夢とは思えない温かさが、身体に伝わってきた。

 シロがときどき髪をなでてくれるが、それとは違う。まるで慈しむような優しい気持ちが流れ込んでくる。

 親から子へと受け継がれるような……しかし、登季子のそれとは異なっていた。不思議と落ち着いてくる。


「自分を信じてあげて」


 月子の言葉が胸に染み込んでいく。


「あなたなら、シロの寂しさを救えるから」


 シロ様の……寂しさ。

 どうやって?

 九十九の脳裏に、シロの顔が浮かぶ。

 だが、呆然とする九十九に、月子は解決の方法を教えてくれなかった。頭上に浮かんだ大きくて丸い月は、そんな二人をずっと照らしている。ぼんやりと、スポットライトのようだと感じた。


「さあ、今日も覚えてもらいましょうか」


 月子は九十九から距離をとる。


「あなたたちのために」


 改めて、月子は九十九の前に手を差し出した。

 九十九をいざなっている。

 だが一方で、選択を迫っているようにも見えた。


「――はい」


 九十九が返事をすると、身が引き締まる気がした。

 適度な緊張感で、雑念を忘れようとする。

 しかし、重ねた月子の手は、変わらず優しかった。

 

 

 

15章はここで終了です。

次回、16章は9月更新予定です。

書籍版「道後温泉 湯築屋」の6巻は11月発売予定です。

また、9月8日には書き下ろし小説「大阪マダム、後宮妃になる!」を小学館文庫キャラブン!より刊行予定です。

どうぞ、よろしくおねがいします。

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