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12.松づくし

 

 

 

 ステージを中心に、大音量で音声が流れる。

 三味線と太鼓にあわせて、陽気な歌声が響き渡った。間に語りが入る、伊予万歳の基本的なスタイルだ。だが、前に演じていた小学生の調子とも違う。保存会ごとに独自の踊りを継承する伊予万歳らしい在り方だ。


「九十九ぉ!」


 九十九がステージの前に移動すると、シロが駆けてくる。どうやら、ずっと九十九を探していたらしい。


「あ、シロ様……」


 そういえば、りんご飴を買い忘れていた。なにを言われるのか察して、九十九は「あちゃー」と表情をゆがめる。

 だが、今は……。


「シロ様、すみません。りんご飴が買えていなくて……帰りでいいですか?」

「それは、もちろんいいぞ。それより、彼方あっちの味噌汁に松山あげが入っているようなのだが――」

「ごめんなさい。あとにしてもよろしいですか……大事な用事があるんです」


 ピシャリとシロの希望を遮って、九十九はステージを示す。シロも、つられるようにステージを見た。これだけ大音量で音楽が流れているのに、彼にとっては「今、気がついた」ことのようだ。

 やはり、九十九とは視点が違う。伊予万歳は神事ではないため、シロにとっては九十九との「デート」のほうが大事だったのだろう。

 ここで譲ることもできる。

 だが、九十九は一生懸命、「わたしはこれが見たいんです」と訴えたつもりだ。


「そうか、わかった」


 九十九の言葉を受けて、シロはすんなりと了承した。そして、九十九と一緒にステージを見てくれる。

 九十九と一緒なら、シロにとってはなんでもよかったのかもしれない。しかし、それでも受け入れてくれたのが、九十九にとっては嬉しかった。


「ありがとうございます」


 ちょうど踊り手が一人出てくるところであった。

 演目は「松づくし」だ。

 鮮やかな衣装に身を包み、額に松の扇子をつけている。髪は全部隠れているが、生え際から脱色された金髪が見えた。

 燈火は一人でステージの真ん中に立ち、舞いはじめる。

 両手に持った扇子は閉じた状態だった。そのまま、円を描くような動作をしながら、三味線にあわせて手をふる。身体を一回転させると同時に、両手をふると二本の扇子がバッと開いた。

 三本の松が開いた状態になる。音楽の節目にあわせて、燈火は扇子でポーズを作った。両手に広げた扇子と、額の扇子で三つの松ができる。

 次の節目ではステージの横から、踊り手が二人増えた。今度は三人の扇子を組みあわせて、松の木が三本になる。曲の合間合間に人数が増え、立ち位置が組み変わり、全員で大きな松を作るようになっていく。

 観客たちは、松が仕上がるたびに、拍手をした。

 終盤に向けて、ステージがどんどん華やかになっていった。独特の扇子使いや足さばき、リズムのとり方が陽気で心地よい。刻まれる旋律に、こちらまで呑まれて身体が揺れてしまいそうだ。

 それは伊予万歳特有の調子のせい。

 それもあるだろう。

 しかし、九十九には違うように感じられた。


「楽しそうだ」


 ステージを見あげていた九十九の隣で声がした。シロとは反対側だ。

 作兵衛も、ステージをながめて腕組みしていた。彼も、とても楽しそうである。


「本当に、そうですね……」


 九十九は改めて燈火を見あげる。

 表情は真剣だ。集中して舞っているのが伝わった。

 だが……大学で扇子を隠して恥ずかしそうにしていた燈火とは、ちょっと違う気がする。

 緊張もしているが、作兵衛の言うとおり楽しそうだった。

 踊り手の楽しさが伝わってくる。すると、不思議なことに、見ているこちらもつられてくるのだ。

 そして、それ以上に感じる。

 燈火ちゃんが楽しそうで、なんか嬉しい。

 あとで話すと言っていたが……九十九はなんとなく、燈火に自分の意見を伝えられてよかったと思えた。





 演技が終わると、伊予万歳の面々は着替えのためさがっていく。

 九十九は燈火と話せないかと思ったが、やはり逃げるようにいなくなってしまった。さきほどの踊りの様子を見て大丈夫そうだと思っていたが……少しばかり不安になってくる。


「九十九、九十九。松山あげ」


 シロの傀儡がわくわくとした面持ちで九十九に呼びかけた。きっと、湯築屋にいる本人の背中では、尻尾が揺れていることだろう。どんな顔をしているのか想像できてしまって、九十九も思わず笑ってしまう。


「はい、わかりました……でも、シロ様?」

「なんだ?」

「お味噌汁は美味しそうですし、松山あげも入っているみたいですが……傀儡では食べられませんよね?」

「あ」

「この場で配布しているものなので、持って帰るのもむずかしいですし……」

「あ、ああ、あ……」

「わたしだけ食べちゃう形になりますね」

「あああああああ………」


 九十九の指摘で、シロは大いに落胆した。傀儡の頭を抱えて、がっくりと項垂れてしまう。

 先に指摘しておくべきだっただろうか。まあ、どっちみち、似たようなものか。


「りんご飴は持って帰って食べられますよ」

「そう……だな……」

「冷やして、しゃりしゃりのりんご飴にして食べましょう」

「儂、あーんしてほしい……」

「セルフあーんでもしておいてください」

「口移――」

「調子にのらないでください」


 最近、シロの要求はエスカレートしがちだ。譲歩すると、なし崩し的にいろいろ失うことになりかねない。ここは心を鬼にして、順当に……ところで、順当ってなんだろう。

 

 

 

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