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10.ツルとカメに背を押され

 

 

 

 義農神社は伊予鉄道松前駅から歩いてすぐだ。

 毎年、四月二十三日に義農祭が開催されている。公園に縁日の屋台が並び、特設ステージで地域や学校による演目が催されていた。

 今は小学生による義農太鼓の音が鳴り響いている。小さな身体で和太鼓を叩く姿は微笑ましいが、勇ましくもあった。

 そんなステージ上の催しを見あげて、九十九も心が明るくなる。今日はよく寝たためか、気分もすっきりしていた。


「シロ様、りんご飴食べますか?」


 すっきりとした面持ちで、九十九は隣に立つシロを見あげた。と言っても、シロ本人は湯築屋の結界から出ることができない。外へ出るために操っている傀儡くぐつである。

 鴉の濡れ羽のように深く艶のある黒髪に、陶器のような白くて滑らかな肌。白いシャツにブラックジーンズというシンプルな装いだったが、マネキンのように整った顔のせいか、いやに絵になる。美形はなにを着ても美形であるとストレートに証明しているようだった。

 シロの傀儡は本人と同じくらい美形の青年の姿をしている。だが、九十九の主観では本人よりも感情表現に乏しく、体温も感じにくいので、とても「人形めいている」と感じてしまう。なんとなく、九十九はこの傀儡が苦手だった。

 あと……動物の姿をしている使い魔と違って、周囲に誤解されやすい。現に、行き交う人々は、みんなシロの傀儡を二度見していた。そして、とても気分が「デート」っぽくなるのだ。

 無駄に緊張する。

 宿泊客である作兵衛の祭りなので来ているはずなのに、なんだか、目的が違うような気がしてきた。


「儂は……いらぬ」


 シロの傀儡は沈んだ声で返答した。傀儡を介すると、シロの感情表現が少し小さくなる。それなのに、しっかりと「今、落胆しておる」という空気が感じとれてしまう。


「傀儡だと食べられませんが、ちゃんと持って帰りますよ」

昨夜きのう、九十九に結局殴られた……痛かった……儂はせっかく妻といちゃいちゃできると期待しておったのに……」

「もうそのことはいいので、りんご飴のことでも考えてくださいって言ってるんです!」


 今朝から、ずっとこの調子であった。

 昨夜、九十九も合意のもと、シロと一緒に布団で眠ったわけだが……朝起きると、シロはこのようにいじけていた。

 理由は単純で、九十九の寝相が悪くてシロを布団の外に蹴り出してしまったから。である。眠る前は繋いでいたはずの手も、いつの間にかグーパンになっていて顔面を見事に殴打したらしい。


「本当にすみませんって。謝ってますから、機嫌なおしてくださいよ」

「儂、嬉しかったのに……嬉しかったのに……」


 正直な話、ぐっすりと眠れたはずなのに、起きると九十九は汗だくだった。

 おそらくだが、シンプルに添い寝が暑かったのだろう。普段は一人で寝ているため、近寄ろうとするシロを異物として、身体が勝手に退けてしまった。そんなところだと思う。たぶん。

 なんて、可愛げがないのだろう。と、九十九は我ながら恥ずかしくなる。だが、そっちのほうが、自分らしいとも思ってしまった。


「シロ様、りんご飴は冷蔵庫で冷やすと美味しいんですよ。冷え冷えのりんご飴を包丁で切って、フォークで食べるんです。帰ったら、一緒に食べましょ」


 これで機嫌をなおしてくれればいいのだが。

 九十九が提案すると、シロの傀儡は背筋をピンと伸ばした。やっぱり、りんご飴食べたいですよね。そうですよね。


「九十九と一緒に。それもよいな」


 あ、そっちなんですか。そっちが嬉しかったんですね。

 何気なく言ったつもりだったが、効果がありそうでよかった。


「儂、あーんがよいぞ」

「どこで覚えたんですか、それ!」

「昨日のドラマでやっておった」

「だから、そういうの覚えるのやめましょうよ!」

今日日きょうび、神も学習せねばなるまいよ」

「いや、そういうの別にいいんで」


 九十九は手を「ナイナイ」とふりながら、ピシッと断っておく。シロはさきほどまでとは別種の不機嫌を顔に作りながら、「とかく、りんご飴を手に入れねば」とうなずく。


「じゃあ、わたしりんご飴買ってきますね」


 九十九はそう言って、縁日の屋台へ歩いた。

 義農祭は松前町の祭りだ。松山市のものと比べると規模は小さく思える。それでも、義農神社の敷地には縁日の屋台が並び、多くの人が楽しんでいるようだ。

 地元中学生によるギノー味噌を使った味噌汁の配布や、婦人会のじゃこ天実演販売。近所の商店からの出店もあり、和気あいあいとしている。そこには交流があり、祭りという非日常なのに、日常の温かさが感じられた。

 目立つ場所に、作兵衛の像がある。種麦の入った俵の傍らで座っていた。神様となった作兵衛とはあまり似ていないが、人々の思い描く彼と言えば、この顔である。後世に作られた像なので、こんなものだろう。作兵衛は百姓だったので、細密な絵姿もない。

 それに、人間から神様となったときの姿は生前とは変わることがあると聞いた。神様は人間の信仰があって、初めて成り立つ存在だ。神となるのはもとの人間ではなく、信仰の形である。

 死んだ人間が生き返るというわけではない。

 作兵衛は自分だって堕神になるかもしれないと言っていた。義農祭が毎年あるものの、義農神社は管理者がおらず、いずれ廃れてしまうかもしれない。その危惧はあった。

 だが、祭りの様子を見ていると……やはり、九十九にとってはずっとずっと遠い未来に感じるのだ。いや、そんな未来は訪れない。きっと、いつまでもこの光景が続いていくはずだと思える。

 祭りを盛りあげようとする試みもあるのだ。こうやって、何年も何年も積み重なって、次の世代へと繋いでいる。

 人間は神様とは違う。

 何百年も何千年も生きたりできない。

 だが、継ぐことはできる。

 何代も何代も、受け継いでいくのだ。

 その過程で失われるものもあるだろう。だが、進歩するものもある。少しずつ形を変えながら歩んでいくのだ。

 そうやって、変わるものや変わらないものを内包しながら時代が過ぎていく。


 ――ほっといてよ……あんまり、見られたくない。ダサい。


 ふっと、頭の端を過った。

 燈火は……もしかしたら、義農祭にいるかもしれない。伊予万歳の演目は、もうすぐはじまる予定だった。地元の小学生のあとに、地域の同好会が演じるはずだ。

 はっきりと燈火が義農祭で踊るか聞いていないが……ここにいる気がする。九十九は燈火を探して辺りを見回した。

 だが、踏み出そうとした足を止める。

 迷惑じゃないかな。

 九十九は戸惑って、動けなくなってしまった。

 燈火は、きっと自分の姿を見られたくないのだ。彼女には彼女の事情があって、明確な拒否反応を示している。なにも知らない九十九が割って入って、偉そうなことなんて言えない。

 九十九はまだ燈火をあまり知らないのだ。

 つきあいの長い京や、すぐに仲よくなれた小夜子とは違う。


「こっちこっち、ばあちゃん」

「なんぞね、カメ?」

「こっちにおるよ」

「ほんとよぉ」


 九十九の足元を、見覚えのある小動物が歩き回る。

 ツルとカメだ。周囲の人々には見えていないので、自由に遊んでいた。カメは身体を丸くして、ツルがそれを羽で打つ。すると、カメはぽよんぽよんとボールのように跳ねていった。本物のツルやカメとは、比べないほうがよさそうだ。


「あんた、なんしよん?」

「はよ行かんと?」


 ツルとカメは口々に言って、九十九の身体を押した。


「え? え、ええ?」


 九十九が戸惑うのも構わず、カメが背中にボディアタックする。うしろから、ボールを投げられたような衝撃だ。


「ちょっと待ってください。えええ?」

「はよせんかね」


 ツルもポニーテールになった頭の辺りで、バサバサと羽を広げる。


「ま、待って。なにが……すみません!」


 九十九は、ついツルを手で払ってしまう。再びうしろから突撃してくるカメも、辛うじて受け止めた。

 ツルとカメが見えていない周囲からすると、九十九がパントマイムしていると誤解されているかもしれない。


「こら、ツルさん。カメさん。もっと、ていねいに言わねぇと……若女将が困っとるぞ」


 バサバサと羽ばたくツルを、誰かがつかんでくれる。


「作兵衛様……」


 作兵衛だった。穏やかな表情で、暴れるツルをなでている。カメのほうも、作兵衛が来るとうしろにさがった。

 着古したパーカーとジーンズは、湯築屋と同じ格好だ。むしろ、外のほうが妙に馴染んでおり、周囲で祭りを楽しむ人々とあまり変わらない。義農祭の主役であるのに、作兵衛はいつもの作兵衛であった。


「ほら、行け」


 と、作兵衛は九十九の背を押した。


「?」


 九十九がふり返ると、作兵衛は人好きのする顔で笑った。素朴で、どこにでもありふれた、しかし、頼もしい。


「他人に気をつかってもいいことはねぇぞ。どうせ、同じ人間はいやしねぇ。つきあっていれば、どっかでぶつかるもんだからさ」

「あ……」


 燈火のことだった。

 九十九が戸惑っていたからだ。それで、ツルもカメも、九十九の背中を押していたのだろう。強引すぎるが。

 迷っても、言いたいことは言え。

 それが燈火を傷つける言葉なら、駄目だ。

 しかし、九十九の意図は違う。


「はい、ありがとうございます……!」


 作兵衛の言葉を受けて、九十九は踵を返した。その頭に、カメが飛び乗った。ツルもうしろをついてくる。

 燈火にとっては迷惑かもしれない。大きなお世話だろう。

 だが、九十九は燈火に、どうしても言いたいことがあった。

 

 

 

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