5.少年式って他ではやってないんですか!?
九十九は大学生になり、初めて知ったことがある。
少年式は愛媛県にしかないらしい。
本当に……ないのである。
九十九が春から通っている大学は、松山市内の学校だ。だが、意外と県外からの学生も多い。ふと、中学時代はなにをしていたのかという話題があがったため、「少年式に作った砥部焼のお皿、今もまだ使ってる」と話したところ、「しょうねんしき?」と首を傾げられてしまったのだ。
愛媛県では中学二年生、すなわち、十四歳の年に「大人への一歩を踏み出す」式が行われる。学校の体育館で講演会を聞いたり、ボランティアをしたり。九十九の学校は、砥部焼の皿に絵付けをして、それを記念品とした。
昔の元服に由来して行われ、成人式より前に大人になるための心構えをする。そのときにクラスで作った文集も、まだ家の引き出しにあるはずだ。
当たり前のように経験した儀式である。湯築屋の仕来りや、シロとの結婚に比べると、だいぶ一般的な通過儀礼だと思っていた。しかし、この少年式……愛媛県にしかない行事らしい。びっくりである。「立志式」や「立春式」という呼び方で、似たような行事をする県もあるらしい。だが、「少年式」という呼称は、愛媛県特有ものだった。
初めて知った。
県外から来た学生は「なにそれ?」と言った表情であったが、九十九からしても「なにそれ?」という話である。カルチャーショック。同じ日本人なのに!
新しい出会いや環境は、そのような小さな衝撃も多々与えてくれる。逆に言えば、新鮮だ。これも楽しみの一つだろう。
九十九は、マッチ箱のようなオレンジ色の路面電車から降りて、キャンパスへ向かう。電車から降りて、九十九と同じ方向へ歩く学生もたくさんいた。
大学生活は高校までとは明らかに違う。
新しい出会いによる刺激もそうだが……まず、服だ。
高校までは制服なので、着るものに迷うことはなかった。だが、大学は私服だ。毎日、服を選ぶのは、地味に朝の悩みとなっている。
なにせ、授業を受けやすい服装で、且つ、それなりに可愛くしておきたい。派手すぎるのは駄目だが、地味すぎるのも浮いてしまう。周囲の雰囲気にあわせたコーディネートを選ぶ必要があった。
さらに、一週間同じ服もよくない。さらにさらに、曜日ごとに受ける授業が決まっているので、一週間ローテーションで着回そうとすると、毎週同じ服で同じ授業を受けることになり……要するに、とても面倒くさい。とてもとても、気を遣う。
うなじで、ぴょんっぴょんっとポニーテールの毛先が跳ねるのは、いつものことだ。ブラウスについたひかえめなリボンと、膝丈のスカートが歩調にあわせて揺れる。入学前に買い、まだ二回ほどしか着ていない新しい服だ。周りから見ておかしくないか、子供っぽすぎないか、気になってしまう。
「ゆづー!」
周囲を気にしながら歩いていると、うしろから肩に衝撃を受けた。びっくりしてふり返ると、予想したとおりの友人の顔がある。
「京!」
麻生京も、九十九と同じ学校に通っている。高校から、いや、幼稚園からのつきあい。いわゆる、幼なじみだ。
ニカッとさっぱりした笑みを浮かべる京の顔を見たら、なんだか安心する。大きめのリングピアスが、京のベリィショートの髪と、よく似合っていた。赤っぽく染まった髪も、高校のころとは変わってしまったが、彼女の印象と調和している。
「京……今日もジャージだね……」
だが、首から下は、上下有名メーカーのジャージだ。それでも、スニーカーやリュックが派手なので、結構オシャレには見える。
指摘され、京はキョトンとした表情で両手を広げた。
「毎日、服選ぶのめんどくない?」
そうだね。そうだよね! 面倒だね! 九十九は思わず同意したくなる。が、忘れてもいない。春休み、京のほうから「大学で浮いたら嫌やけん、ゆづも一緒に服選んでやー!」と、誘ってショッピングモールへ買い出しへ行ったことを。
あのとき、アレコレこだわって選んだのは、いったいなんだったのか。まだ四月なのに、早々に「めんどくない?」とコーディネートを投げて上下ジャージ族になるとは思っていなかった。
「あと、ジャージのほうが、バイト行くとき楽なんよね。ゆづみたいに、家業じゃないけんね。買った服は、飲み会に着て行けば問題ないんよ。あんまり着んけん、傷みも遅いしねぇ」
実用性重視! そう言いながら、九十九の肩に手を回す。
「まあ……うん、そうだね」
うん。京らしい。実に京らしい……。
こういう面は、サッパリしている。同調圧力に弱いようで、面倒になってきたら屈しない。負けず嫌いではあるが、火がつかない分野には我関せず。大学に入っても、全然変わっていなかった。
「ゆづは偉いなぁ。なんか、デート行けそうな格好して!」
「で、デートって」
「気合い入ってそうに見える」
「気合いなんて、入ってない……はず」
スカートが可愛すぎたのだろうか。それとも、ブラウスのリボン? はたまた、勉強中のお化粧だろうか……アイシャドウのピンク色が上手く発色していない気がして、塗りすぎてしまったのかも……?
「ま! 可愛えよ! じゃ!」
京はそう言って九十九の背中を叩いて、手をふった。九十九は一瞬、「あれ? 京、どこ行くの?」と言いかけてしまう。
そっか。
京とは学科が違う。
基礎教養科目は共通の授業も多い。だが、学科の固有科目では別々の教室へ入るのだ。なんだか寂しい気がしてきた。
大学生活は戸惑うことばかりだ。
しかし、出会いも多い。
様々な出身地や価値観の学生と話す機会もあって、常に驚かされる。九十九にとって、それは実りのある時間に思えた。
湯築屋と同じだ。
いつだって、新しい出会いが楽しい。そして、九十九自身も成長させてくれる。だから、出会いの一つひとつは大切にしたい。




