表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/288

5.少年式って他ではやってないんですか!?

 

 

 

 九十九は大学生になり、初めて知ったことがある。


 少年式は愛媛県にしかないらしい。


 本当に……ないのである。


 九十九が春から通っている大学は、松山市内の学校だ。だが、意外と県外からの学生も多い。ふと、中学時代はなにをしていたのかという話題があがったため、「少年式に作った砥部焼とべやきのお皿、今もまだ使ってる」と話したところ、「しょうねんしき?」と首を傾げられてしまったのだ。

 愛媛県では中学二年生、すなわち、十四歳の年に「大人への一歩を踏み出す」式が行われる。学校の体育館で講演会を聞いたり、ボランティアをしたり。九十九の学校は、砥部焼の皿に絵付けをして、それを記念品とした。

 昔の元服に由来して行われ、成人式より前に大人になるための心構えをする。そのときにクラスで作った文集も、まだ家の引き出しにあるはずだ。

 当たり前のように経験した儀式である。湯築屋の仕来りや、シロとの結婚に比べると、だいぶ一般的な通過儀礼だと思っていた。しかし、この少年式……愛媛県にしかない行事らしい。びっくりである。「立志式」や「立春式」という呼び方で、似たような行事をする県もあるらしい。だが、「少年式」という呼称は、愛媛県特有ものだった。


 初めて知った。


 県外から来た学生は「なにそれ?」と言った表情であったが、九十九からしても「なにそれ?」という話である。カルチャーショック。同じ日本人なのに!

 新しい出会いや環境は、そのような小さな衝撃も多々与えてくれる。逆に言えば、新鮮だ。これも楽しみの一つだろう。

 九十九は、マッチ箱のようなオレンジ色の路面電車から降りて、キャンパスへ向かう。電車から降りて、九十九と同じ方向へ歩く学生もたくさんいた。

 大学生活は高校までとは明らかに違う。

 新しい出会いによる刺激もそうだが……まず、服だ。

 高校までは制服なので、着るものに迷うことはなかった。だが、大学は私服だ。毎日、服を選ぶのは、地味に朝の悩みとなっている。

 なにせ、授業を受けやすい服装で、且つ、それなりに可愛くしておきたい。派手すぎるのは駄目だが、地味すぎるのも浮いてしまう。周囲の雰囲気にあわせたコーディネートを選ぶ必要があった。

 さらに、一週間同じ服もよくない。さらにさらに、曜日ごとに受ける授業が決まっているので、一週間ローテーションで着回そうとすると、毎週同じ服で同じ授業を受けることになり……要するに、とても面倒くさい。とてもとても、気を遣う。

 うなじで、ぴょんっぴょんっとポニーテールの毛先が跳ねるのは、いつものことだ。ブラウスについたひかえめなリボンと、膝丈のスカートが歩調にあわせて揺れる。入学前に買い、まだ二回ほどしか着ていない新しい服だ。周りから見ておかしくないか、子供っぽすぎないか、気になってしまう。


「ゆづー!」


 周囲を気にしながら歩いていると、うしろから肩に衝撃を受けた。びっくりしてふり返ると、予想したとおりの友人の顔がある。


みやこ!」


 麻生あそう京も、九十九と同じ学校に通っている。高校から、いや、幼稚園からのつきあい。いわゆる、幼なじみだ。

 ニカッとさっぱりした笑みを浮かべる京の顔を見たら、なんだか安心する。大きめのリングピアスが、京のベリィショートの髪と、よく似合っていた。赤っぽく染まった髪も、高校のころとは変わってしまったが、彼女の印象と調和している。


「京……今日もジャージだね……」


 だが、首から下は、上下有名メーカーのジャージだ。それでも、スニーカーやリュックが派手なので、結構オシャレには見える。

 指摘され、京はキョトンとした表情で両手を広げた。


「毎日、服選ぶのめんどくない?」


 そうだね。そうだよね! 面倒だね! 九十九は思わず同意したくなる。が、忘れてもいない。春休み、京のほうから「大学で浮いたら嫌やけん、ゆづも一緒に服選んでやー!」と、誘ってショッピングモールへ買い出しへ行ったことを。

 あのとき、アレコレこだわって選んだのは、いったいなんだったのか。まだ四月なのに、早々に「めんどくない?」とコーディネートを投げて上下ジャージ族になるとは思っていなかった。


「あと、ジャージのほうが、バイト行くとき楽なんよね。ゆづみたいに、家業じゃないけんね。買った服は、飲み会に着て行けば問題ないんよ。あんまり着んけん、傷みも遅いしねぇ」


 実用性重視! そう言いながら、九十九の肩に手を回す。


「まあ……うん、そうだね」


 うん。京らしい。実に京らしい……。

 こういう面は、サッパリしている。同調圧力に弱いようで、面倒になってきたら屈しない。負けず嫌いではあるが、火がつかない分野には我関せず。大学に入っても、全然変わっていなかった。


「ゆづは偉いなぁ。なんか、デート行けそうな格好して!」

「で、デートって」

「気合い入ってそうに見える」

「気合いなんて、入ってない……はず」


 スカートが可愛すぎたのだろうか。それとも、ブラウスのリボン? はたまた、勉強中のお化粧だろうか……アイシャドウのピンク色が上手く発色していない気がして、塗りすぎてしまったのかも……?


「ま! 可愛かわええよ! じゃ!」


 京はそう言って九十九の背中を叩いて、手をふった。九十九は一瞬、「あれ? 京、どこ行くの?」と言いかけてしまう。

 そっか。

 京とは学科が違う。

 基礎教養科目は共通の授業も多い。だが、学科の固有科目では別々の教室へ入るのだ。なんだか寂しい気がしてきた。

 大学生活は戸惑うことばかりだ。

 しかし、出会いも多い。

 様々な出身地や価値観の学生と話す機会もあって、常に驚かされる。九十九にとって、それは実りのある時間に思えた。

 湯築屋と同じだ。

 いつだって、新しい出会いが楽しい。そして、九十九自身も成長させてくれる。だから、出会いの一つひとつは大切にしたい。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ