1.夢から覚めても
1章分更新です。
書籍版6巻は11月発売予定です。
よろしくおねがいします。
深い水の底へ意識が沈んでいく。
もうこの感覚には慣れたもので、九十九はなすがままに身をまかせていた。
ここは夢の中だ。
夢と言っても、九十九にとっては日常の一部と化しつつあった。これは湯築の巫女が代々受け継ぐ夢――。
夢の中で学ぶのだ。
湯築の巫女は継承されていく。その流れを絶やさぬための夢だった。九十九は最近まで、この夢に関する記憶が消えていたが、今ははっきりとおぼえていられる。
ここには、月子がいるのだ。
湯築での最初の巫女であり、神様のために開かれた温泉旅館「湯築屋」の創業者でもある。今は巫女の夢の中に住み、神様の秘術を継承する役割を持っていた。
九十九が夢にもぐると、月子が迎えに来る。それを待っていればよかった。
だが、この日は具合がちがうようだ。どこまで奥へ意識が沈んでも、月子に出会える気配がなかった。
九十九は不安になって、辺りを見回す。
水に沈む感覚があっても、実際に水の中ではない。周囲は昏い夜空のような、澄んだ闇が広がっている。遠くまでは見えない。
寂しい場所だ。
夢であり、これはイメージだ。現実にこのような場所があるわけではない。それに、これは九十九の主観であった。
しかし、一人で投げ出されるには、広くて寂しい世界だと思う。
「月子さん?」
どこかにいますか? 九十九は虚空に投げかけた。
手には、いつの間にか白い羽根が一枚にぎられている。「羽根のように軽い」とは言うが、重さという概念がないように感じた。なにもない闇の中でも、純白の光をまとっているかのうようだ。
九十九は羽根をふる。
まばゆい光とともに、白い羽根が上から降ってきた。羽根は沈んでいく九十九の足元に、雲のように集まる。九十九は、そこに足をのせた。
歩ける。
前に進めるのを確認して、九十九は一歩踏み出した。
この羽根はシロ――否、天之御中主神のものだ。この力を使いこなすために、九十九は月子に術を学んでいる……まだ夢の中でしか使えない。
「月子さん」
九十九は呼びながら、羽根の上を歩いていく。
だが、同時に予感もしていた。
誰かが、こちらを見ている。
足元を漂う羽根の道が、ふわりと揺れた。風など吹いていないのに、風になびくようだった。
やがて、頭上から白い光が降りてくる――闇を洗うような色の、白鷺だった。
白鷺は神の使いだと言われるが、ちがう。この白鷺は神である。九十九はその正体を知っていた。
「天之御中主神様、なにか?」
九十九は目の前に降り立った白鷺――天之御中主神に問う。
天地開闢の際、最初に現れた原初の神。別天津神と呼ばれ、天津神や、国津神とはわけて考えられ、根本的な影響力を持つとされている。日本神話において、最初に記述されるが、以降の詳細を誰も知らない。
だが、すべての神に役割がある。
九十九はその役割について聞かされていた。
天之御中主神は、原初の神であり、終焉を見届ける神。ただ世を見届けるために存在している。
そして、今は――。
『其方は』
白鷺の嘴が少し開くと、声が聞こえてきた。頭の中に直接流れ込むような声だ。耳を介さないため、不思議な気分になる。夢なのに、妙にリアルだ。
『虚しくはならぬか?』
「虚しい?」
九十九は眉を寄せる。
なにを意味しているのか、わからない。
だが、なぜだか九十九の脳裏には、浮かんでくる顔があった。
『我のものになればよいのに』
「!?」
九十九の足場に敷き詰められていた白い羽根が、一斉に舞いあがる。それは一瞬のできごとで呆気なく。九十九には為す術がない。
「――――!?」
身体を支えていた羽根の足場が消え、九十九の身体は再び闇の中へと沈んでいく。水の底へもぐっていくような、独特の感覚である。
落ちていく恐怖心はない。
ただ手を伸ばして、天之御中主神を見あげた。
まだ、話したいことが――。




